高畠エナガ先生の訃報に触れて(漫画家は長生きした方がいい。)

漫画家は、長生きした方がいい。
そして、道を踏み外さない方がいい。

高畠 エナガ先生の訃報に触れて、いろいろ考えることがあったので、今回は、
そのことについてを述べてみたい。話は全然違うが、小池一夫先生が、詐欺疑惑がネット上で吹き上がってるので、そのことにも述べておきたい。

最後まで読むと結局、おまえの自慢話かよ!と突っ込みたくなる読者がいる可能性があるので、事前にそのような話だと予告しておく。

1 ぼくは、小池一夫の劇画村塾から30万円の賞金をもらったことがある。

80年代か90年代かに、小池一夫先生は、出版社を経営してて、劇画村塾と言う雑誌を出版していたことがある。そこで開催していた新人賞で、ぼくは佳作を受賞したことがある。賞金は30万円である。

確か、大学2年か3年の頃である。地方の出版文化なんてテレビの世界だけの話?みたいな世界の大学生を想像してもらいたい。

出版社で開催した授賞式(なぜか、リイド社の近くの喫茶店だった。)には、小池先生は出席されなかった。ぼくの技術があまりにも稚拙なため、ほかの編集者が全員反対したのだが、小池先生が猛烈にぼくの漫画を押したために受賞になったとのことだった。

実は、稚拙なのには、理由がある。

この漫画は、ぼくが描いた2作目の漫画だったのだ。ぼくは、もともと漫画少年ではなかったのだが、何故か最初から何の訓練もなく、漫画のストーリーが浮かんで、コマが割れた。

で、ほとんど自動的に描きあがった最初の漫画を、ヤングジャンプ編集部に持ち込んだ。当時、ほんとに漫画の描き方とか知らなくて、まず、ネームなしで、直接、スケッチブックに漫画を描きこんだ。でGペンもスクリーントーンも知らなかったので、ボールペンで、描き上げた。このスケッチブックを出版社に持ち込んだ。

この漫画が、ヤングジャンプの月例奨励賞に入ったのだ。

で、担当編者から漫画の描き方の本を読むように勧められて、そしてケント紙とかGペンとかの存在を知るようになった。その後、ヤングジャンプの担当編集者からネームを郵送するよう催促の電話が家にかかってきた。郵送したネームの感想の電話もすぐにかかってきたのだが、向こうが電話をかけてくるのが、夜中の⒓時とかなんである。で、1時間~2時間くらい、感想や改善点等を電話で延々聞かされるのである。

カルトか何かの勧誘と勘違いしたうちの父親が、ブチ切れて、電話を切るようにぼくを恫喝したりした。

その編集者とは、数回、ネームのやりとりをした後、方向性が違ってきたらしく突然、向こうから連絡をしてこなくなった。

その後に、完成原稿を郵送した雑誌が劇画村塾だったのだ。なぜ、この雑誌を選んだかと言うと、表紙が高橋留美子先生だったからという理由につきる。ぼくは、めぞん一刻の大ファンだったのだ。

これで、佳作を受賞し、賞金30万円をいただく。

ただし、技術的には、シャレにならないほど、低かったらしく、小池先生が強引に押し切って受賞させたとのこと。このころは、小池先生も漫画に対する情熱を失っていなかったのだ。劇画村塾は、雑誌が、この直後廃刊になってしまったため、その後関係は切れてしまった。

その後、いくつかの出版社に持ち込みを行った。だいたい奨励賞か佳作まではいき、担当編者がつくのだが、ネームのダメ出しをされるのに嫌気がさして、持ち込む雑誌を次々と変えた。

で最後に行きついたのが、ヤングチャンピオン。

持ち込みに行ったぼくの原稿を見た編集者に、「あまりにも技術がないので、この状態では賞にも何も引っかからないが、賞に出すか?」と聞かれたので、一応新人賞に出したところ、佳作か奨励賞か何かをいただいた。これも、審査員になっていた大御所漫画家が強く推薦したからとのことだった。

このころ、ぼくは大学4年生で、就活で東京に頻繁に出かけていた。で、その就活の際に、ついでにネームをヤングチャンピオンの担当者に見せに行っていた。

で、その担当編集から、最低、10回はネームの描きなおしに応じなければデヴューさせないと宣言され、ここでぼくの心は折れた。

その頃の、ぼくは、漫画業界のことを知らな過ぎたし、何よりも漫画家になりたいという動機が薄すぎた。

で、それでよかったのだと心底思っている。こんな状態で、この業界に入ったら、不幸になっていただけだ。

2 高畠 エナガ先生は新都社で知った。

個人的に知り合いだったわけではない。非常に美しい描線のその作品に魅了されたのだ。士郎正宗の漫画の描線を繊細にしたような感じ。ドロヘドロの林田球などにもちょっと似てる。プロになった直後に出版された最初の単行本は出版直後に購入させていただいた。

訃報に驚いて、高畠 エナガ先生のツイッターにあげられていたイラストを拝見させていただいたのだが、エナガ先生自身がたぶん、自分自身の絵に魅了されている。

その結果なのか。

それにしても、あまりにも若すぎる死。

理不尽である。

3 漫画家は、長生きした方がよい。

漫画家として、生きたいのなら、まずは死なないこと。これは絶対に必要ではないだろうか。生き急ぐ必要はないのだ。たとえ取りついているのが、自分の才能であったとしてもである。あなたの才能は、あなたを生き急がせ、最悪、あなたを殺そうとするかもしれない。ここはぜひ見極めてもらいたい。

あなたの才能は、あなたを破滅させる悪魔かもしれないのだ。

4 才能を失った、漫画原作者の哀れな姿

詐欺疑惑が吹き上がってる小池一夫先生のことである。かつては、漫画への情熱に溢れていたこの人物は、今は、漫画家志望者から金をだまし取る詐欺者に成り下がった。

諸行無常だなあ。