俺は小田原ドラゴン先生を100%擁護する。(駄目な自分をネットで晒さなくてはいられない女の精神性について)

漫画家の小田原ドラゴン先生に対するストーカー女について論評しておこう。なんで、こんなことを論評しようと思ったかと言うと、このストーカー女がネーム大賞に応募していたらしいという点で、弱い設定があることと、何故か小田原ドラゴン先生に対する批判がネット上で、湧きあがっているので、その点を訂正しておきたいという動機からである。

まず、はっきり言っておこう。小田原ドラゴン先生には、何の罪もない。小田原ドラゴン先生は完全な被害者である。救済しなくてはいけない対象である。もし、このケースで小田原ドラゴン先生が批難されるようだったら、殆どのレイプ被害者、いじめ被害者も全く救済されるべきではないと言ってんのと同じだと言うことは主張しておきたい。

ぼくは、ストーカーに対して、警察の対応がどのくらい鈍いものなのか知っている。容疑者が女性で、それにも関わらず、警察が逮捕まで踏み切るのはよっぽどのことが行なわれたのだろうなというのは、ある程度想像がつく。

で、このストーカー女についてである。ネット住民は、このストーカー女が自分のブログに上げている写真をみて、容姿に問題があるような書き方をしている人がいるが、擦れまくっているぼくには、実はそのように見えていない。

ぼくが気になっているのは、このストーカー女は、何故、あえて、自分が最も醜く見えるだろうと思われるとっておきの写真をツイッターに投稿したのかとその動機である。

で、それと、このストーカー女が、食べ物の写真をツイッターに延々と上げ続けているのを見て、「ああ、食いしん坊だな」とネット住民は見ているようだが、擦れまくっているぼくにはそのようには見えない。

ぼくには、このように見えている。

とっておきの醜い写真 ⇒ 本当の自分
食べ物の写真     ⇒ 体重のコントロールに失敗した本当の自分

ここから、浮かび上がってくるのは、このストーカー女が極めて低い自尊心の持ち主で、同じく、自尊心が低い(ことを売り物にしている)、漫画家に接近したのだろうと言うことである。

やっているのは、「この醜い私をどこまで受け入れられるのかしら」という一方的、かつ自己中心的な試し行為であり、こんなことをしかけられたら、漫画家とファンと行った関係性の間だったら破綻するのが当然である。

このつきまといに対して、小田原ドラゴン先生はどうしたらよかったのか、なかなか妙案が思い付かないのだが、警察だけでなく、他の法的機関等への相談は可能だったかもしれない。あえて非難をすると、ツイッターでの不用意な発言、ネット上にこのストーカー女の動画を流したのは、非常にまずいやり方だったというのは、指摘しておこう。

それと、ストーカー女のような人間は、最後まで救いがない奴かどうかというのは、時間が発ってみないとわからないというのは言っておこう。
この手のストーカー女が一定の年齢を経過すると天使のようになってしまう場合もあるからである。単に未熟な人間なのか、心底、救いがないやつなのかは、本当に時間が経過しないとわからないのである。

ぼくは、ナイチンゲールもマザーテレサもきっと若いころはストーカーだったに違いないと確信している。








sage