漫画家死亡(ただ、単に漫画を1000枚描いても無駄だ!)

今回は、漫画家死亡 不思議鰯先生の漫画について論評しよう。
今回は、やや、辛口の論評になるかもしれない。

この漫画を論評するために、1週間、考え抜き、やっと結論らしきものにいったっのであるから、多少の辛口は、ご容赦願いたい。

最初に考えた副題は、「なぜ、褒めるところが全くないのに、この漫画は面白いのか?」だったので、それに比べれは、僕の認識も大分前進しているのである。


1 そもそも 漫画家死亡は、面白い漫画なのか?

最初、この漫画を見たとき、実は、既視感がめちゃくちゃあったために、あまり評価してなかったのだ。ストーリーもありきたりだったと思っていた。ただ、
不思議鰯先生が更新されるたびに、なんとなく読んでいて、なんとなく、何回も読み返してしまっていた。

「何回も読み返す漫画 = 面白い漫画」という、「ERIERIの法則」により、この漫画は、面白い漫画であると認識を改めた次第である。

2 不思議鰯先生は、絵が下手だ。

これは、もう単刀直入に言ってしまおう。不思議鰯先生の絵は、中学あたりのクラスで1番絵が上手い子が、石膏デッサンを5枚くらい描いたレベルの絵だと思う。

たぶん、一般の人から見たら、ものすごく上手に見えるが、訓練した人から見たら、描けないのと同じレベルの絵であると思う。

これは、不思議鰯先生の画才の問題ではない。絵の練習量が足りてないのだ。


3 漫画家死亡は、黒田硫黄の絵に変換して、読むと、作者の意図がわかる。

で、絵の技術に問題があるのに、なぜか、該当の漫画は、つっかえずにすらすら読めてしまって不思議だなあとずっと思ってたのだ。不思議鰯先生は、誰の影響を受けて、この漫画を描き始めたのかしらんと漠然とずっと考えてたのだ。

で、「この絵はもしかして、黒田硫黄??」と気付いて、漫画家死亡を黒田硫黄の絵に脳内変換してみたところ、確かに非常に面白い。黒田硫黄の絵にすると、漫画家死亡は、確かにキャラクターがに生き生きと動く、非常に動的で、面白い漫画だとわかった。

黒田硫黄の絵としてみれば、確かに空間表現なども、よくできていると思う。
日高屋みたいなところで、主人公が、友人たちと飲んでいる場面なども、それぞれの人物がどこにいて、どのような行動をとっているのか、ちゃんと表現されている。

4 ただ、単に漫画を1000枚描いても無駄だ。

不思議鰯先生は、画力が必要になる漫画を目指しているように思える。ほかの作品を見て、感じたのだが、空間の表現が必要になるような漫画ばかり描かれているのだ。しかしながら、画力の向上のために、漫画だけ、1000枚描くという方法はおすすめできない。たぶん、漫画だけ描いても、画力はあまり向上しないと思う。

5 プロを目指すなら、絵の先生に入門しよう。
 
説教くさいモードになって恐縮だが、不思議鰯先生は、一度、ちゃんとした先生について本格的に絵の訓練をされることをお勧めしたい。町のお絵かき教室などは温くて、駄目である。ビシバシ鍛えてくれるところが、たぶん良い。

6 結論

と言うことで、漫画家死亡は、非常に面白い漫画であるというのが、最終的なぼくの結論である。恐らく、作者が描きたい明確な雰囲気が、あるのだ。今後の不思議鰯先生には大変期待している。

sage