Neetel Inside ニートノベル
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排熱鬼
排熱鬼

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 家族を解散することになった。
 友達に言ったら「えぇー? お前んち、イカれてんなあ」などと言われてしまったが、べつに俺は不思議でもなんでもなかった。
 うちは親父が冒険家という無茶もいいとこな職業に就いているということもあって、いろいろとメチャクチャなのだ。
 じゃあお袋はまともかというと、これがバリバリのキャリアウーマン、大企業で名門大学を出ただけのお坊ちゃま社員を顎でこき使って高笑いし、秒刻みのスケジュールで世界各地にあっちこっち飛び回っている。
 親父と出会ったのも出張先の南米で一緒にゲリラに襲われて恋が芽生えた、なんて話もある。
 俺と妹の小牧はそんな話を昔っから聞かされているわけで、いまさら両親が何を言いだそうとビックリしたりはしない。
 そんな弱音は一度親父に連れていってもらった海外旅行で吹っ飛んだ。
 まさか古代遺跡には本当に転がる鉄球が設置されているなんてな。
 今でも妹の小牧はテレビで探検モノの映画なんかがやっているとぷるぷる震えてチャンネルを変える。気持ちは分かる。
 そんな我が家――鷹藤家に最後の爆弾が落ちた。
 突然、親父が家族全員を集めて、傷だらけの顔でこう言ったからだ。

「家族、解散しま――――――す!!」

「ちょ、ちょっと待って、お父さんどういうこと!?」
 ……と食卓をぶっ叩いて立ち上がったのは、俺の妹の小牧。
 現在中学一年生、今年の春から二年生になる予定のJCだ。子供の頃はショタだったというワケわからんことを言ってるうちの親父の遺伝子を強く継ぎ、顔立ちは整っている。
 ちなみに俺は三角眼鏡がよく似合うお袋のきつーい目元を強く引いちゃった。
「いきなり解散って……そ、そんなこと言われても困るよ!」
「うん、気持ちは分かる」とイケメンフェイスを冒険でズタズタにした親父がうんうんと頷く。
「だがな小牧、父さんと母さんはよく考えたんだ」
「そうそう、小牧、だから分かって頂戴」とお袋は今日からうちは麦茶派からそば茶派になった、くらいの軽さで言う。小牧はがあーっと吼えた。
「あたしとお兄ちゃんは何も聞いてないよっ! ねぇ、お兄ちゃんからもなんとか言ってよ」
「よく考えたのか、史雄」
「ああ、もちろんだよ父さん」と親父は俺に言った。誰が父さんじゃボケ。
「ならば仕方ないな……」
「お、お兄ちゃーんっ!!」
 小牧に首根っこを掴まれてぶんぶん揺さぶられたが、こうなっちゃ仕方ない。親父は冒険家、お袋はキャリアウーマン。二人とも外で生きていくことを好んできた人間だ。俺には親父が家で新聞読んでる姿なんて想像できないし、お袋が味噌汁なんか作り始めたら気が動転してたぶっ倒れる。だから、これでいいんだ。
「ま、いいんじゃねーか。二人とも自由に生きたいんだろ? 俺は構わないぜ。ただ、明日から喰いっぱぐれる」
「そのことなら安心しとけ。お前たちの引き取り先はすでに決めてある。昔、俺が世話になった男がいるんだが、そいつ金持ちでな。お前らぐらいなら養ってくれるだろう」
「マジで? ラッキー。親父なかなかやるじゃん」
「まーな」と親父は照れながら傷だらけの顔を撫でる。
「そういうわけで、史明は春から高校生だし、ちょうどいいから向こうの学校へいけ。小牧、好きな人はいるか?」
「え、い、いないけど……」
「田舎の男の子は童顔が多くて可愛いぞ。掘り出し物の王子様フェイスが眠ってるかもしれん」
「え、ほんと?」とその気になる小牧。王子様、という単語に目をキラキラさせるあたりまだまだガキである。
「でもよ親父、俺、向こうの学校の試験なんか受けてねーよ」
「お前が合格した高校のテスト結果を向こうの学校に送っておいた。なーに、心配するな。俺が全部上手くやっておいたからよ! がっはっは」
 豪快に笑う親父。そしてキリッと真面目な顔になり、
「そういうわけで、解散!」
 こうして、鷹藤家は終わった。

 ○

「お兄ちゃん、あたしたち、どうなっちゃうのかな……」
「とりあえず降りろ」
 俺たちの荷物を詰め込んだスーツケースに座っている小牧、そしてそれを引く俺。駅から狼の通り道みたいなあぜ道をガタゴトガタゴト、まだ肌寒い三月とは言え、暑くて死ねる。
「いくら向こうに大きい荷物は送ったって言ってもな……小牧、お前のお兄ちゃんは貧血気味なんだぞ」
「だってあたし、こんな泥道歩いたらお嫁にいけなくなるし……」
「花嫁の資格はそんな物理的な汚れではないぞ」
 だいたい小牧は面食いなので、今まで何度かイイ話はあったみたいだが、全部ポシャったというのをお兄ちゃんは友達から聞いているのだ。俺の見込みではこの妹が婚期を逃すことは間違いない。
「それにしても、本当に田舎なんだね。ていうか、未開地?」
「ああ、なんか林業で喰ってる土地柄みてーだな」
 俺は周囲を取り巻く木々を見上げた。時々、なんか恐ろしげな鳥がカァカァ鳴いては飛び去っていく。
「このへんのは全部杉の木だな。これを切って加工して、家具とか木材とかにしてるらしい」
「へぇー、そうなんだ。お兄ちゃん詳しいんだね」
「さすがにちょっと調べたわ。……まったく親父め、なんの説明もしないで出て行きやがって」
 俺はポケットから紙切れを取り出した。向こうの住所が書いてあるメモなんだが……
「電信柱もねぇーから番地なんかわかんねーっての!」
「仕方ないじゃん。駅員さんはこっちだって言ってたし、大丈夫でしょ」
 田舎の支線の終着駅に、まさか若い女の駅員さんがいるとは思わなかった。見渡す限りの野原を前にして呆然とする俺と小牧の兄妹に、雑に縛ったポニーテールが凛々しい駅員さんは「あっちだよ」と鬼津奈家への道を示してくれたが、今の俺には『二人仲良く樹海で死にな』と遠まわしに処刑されたようにしか思えない。俺たちは新しい家にちゃんと辿り着くことが出来るのだろうか。
「小牧、お兄ちゃんとここに骨を埋めよう」
「えぇー……なんかみんなに誤解されそうでヤダ」
「わりとシンプルな嫌悪感にお兄ちゃんは今、とても傷ついた」
「警戒しておかなきゃ」と小牧はぺたぺたスマホをいじり始め、中学の友達に何かメールを打ち始めた。何かあったら俺が犯人にされちゃう工作か。ひどいよ。
「まったくよぉ~お兄ちゃんはこんなに頑張ってお前を引っ張ってやってるというのに」
「それぐらいしてよ。あたし、電車酔いでグロッキーなんだから」
「グロッキーっていつから自己申告制になったの?」
 そもそも電車の窓からおもっくそ吐いたらスゲェスッキリしてたじゃん。
「大丈夫だよ、どんなにかかっても徒歩で一時間もかからないでしょ」
「お前は田舎を分かってない気がするな~……」
「……ん? あれじゃない?」
 小牧が指差した方向を見ると、木の切れ間に、錆びた門が見えた。俺はゴロゴロと小牧の乗ったスーツケースを引っ張ってそっちにいくと、そこが鬼津奈の家なのだった。鉄門の奥に、立派な武家屋敷が建っている。桐の表札にかすれた文字で「鬼津…」と書いてあるので分かった。俺はぶはあーっとため息をついた。
「やれやれ、本当にずいぶんヘンピなところにある家だなあ」
「あ、そうでもないよ」ぴょこん、とスーツケースから降りた小牧が、屋敷の裏を覗き込んだ。そこから先は階段になっていて、それを降りると水田と民家がぽつぽつと点在していた。詩羽根村だ。農家のおっさんがタバコ吸いながら牛を歩かせているのを見て、俺はいよいよのんきな田舎暮らしに自分が首を突っ込むのだと実感した。
「……上手くやっていけるかなあ」
 小牧は農家のおっさんがハナクソをほじっている姿を心配そうに見下ろしている。俺はポン、と妹の頭に手を置いた。
「心配するな、お兄ちゃんがついてるぞ、メイ」
「メイじゃねぇし」めっちゃ睨んでくる妹。冗談が通じねぇ。
「それよりさっさと家に上がらせてもらおうぜ。もう日が暮れそうだ、お兄ちゃんは腹が減っちまったよ」
「ご飯、作っててくれてるかな?」
「わかんねーけど、親父が引越しの日時まで話を通してくれてたみたいだし、心配いらないだろ。俺は今なら生のジャガイモだって喰うぞ」
「もぉ~ちゃんと芽を取ってからかじるんだよ、お兄ちゃん」
「お前、俺より田舎暮らし向いてそうだね」
 返しがリアルでビックリしたよ。
 とかなんとかじゃれあいつつ、俺たち二人は新しい家のご厄介になることにそこはかとない不安を感じていたのだった。果たして上手くやっていけるんだろうか……
 俺たちは屋敷の右端にある玄関の前に、スーツケース片手に立った。
「ぽちっとな」俺はインタフォンを押した。
 しーん……
 案の定というか、誰も出てこない。俺と小牧は顔を見合わせた。
「留守かな?」
「どうだろ。とりあえず入っちゃおうぜ」
「怒られないかなあ……」
「心配するな、家族になるんだから」
 俺はガラガラガラ、と引き戸を開けた。うわあ、懐かしい。磯野さんちでこの戸見たことある~などと余裕ぶっこいていたら、目の前に飛び込んできたものを見てギクリと動けなくなった。
 土間から上がったタタキのところに、割烹着を着た少女が立っていた。艶のある黒髪は暗い屋内でもキラキラと光を反射し、色白の肌が周囲の温度を吸っているように思える。……とんでもない美少女で、俺はすっかり見とれてしまった。小牧にエルボーを喰らわなかったら、いつまでもそうしていたかもしれない。
 割烹着の少女は、ぺこりとお辞儀をした。俺たちも慌てて返す。
「ようこそお出で下さいました。鷹藤史明さん、それから小牧さんですね?」
「は、はい、そうです」小牧も小牧で、この和風人形みたいな少女にドギマギしているらしかった。
 割烹着の少女はどことなく青っぽい目で俺たちを引っ張り、
「こちらへ」
 と、屋敷の中へ入っていった。
「……綺麗な人だね」玄関で靴を脱いで揃えながら小牧が言う。
「家政婦さん、なのかな?」
「そうらしいな。……すげぇなぁ、やっぱりいるもんなんだなあ、お金持ちって。地主なのかな?」
「お父さん、ほとんど何も教えてくれなかったからわかんないね……」
 割烹着の少女についていきながら、小牧がしょんぼりと項垂れる。俺は肩をすくめてみせた。
「仕方ねーだろ。メモ書き一枚残してサヨウナラだったからな。今頃どこで何をしているのやら」
「……エクスペンダブルズの新作に出るって、本当かな?」
「いや嘘だろ」
 そんなスケールでかくねぇよウチの親父は。
「夕飯はご用意してあります。荷物はすでにお二人の部屋に運び入れておりますので、先にお食事を召し上がってください」
 割烹着の少女は三角巾を取りながら、俺たちに言った。彼女の向こうには十五、六畳はありそうな座敷と、水没したらイカダになりそうなくらいデカイテーブル、それからヨダレが出そうな山菜をふんだんに使った料理が並んでいた。
「凄い……なんか、旅館みたい」と小牧が素直な感想を漏らす。
「ああ、本当だな。いや、なんかすいませんね色々と」
「……お兄ちゃん、ジジくさい」
「なんだとぉ」
 まだまだお子ちゃまな妹に代わって、お兄ちゃんが先方にご挨拶したのじゃないか。
 家政婦さんはべつに嬉しそうでもなくコクンと頷き、
「どうぞ、好きなところへ」
 と言って、自分もちゃっかり膳の前に座った。
「あ、一緒に食べるんスか」
 俺が言うと家政婦さんはちょっとムッとした風だった。おお、クールな表情もいいが、怒った顔もあどけなさが見えて素敵だ……
「いけませんか?」
「いやいや、滅相もない。でも、なんか、こういう古いお屋敷って使用人はべつのところで食べるとか聞いたことあって」
「お兄ちゃん、失礼でしょっ!」
 俺は小牧に尻を蹴られてその場に蹲った。なんか凄い音したんだけど。
「……す、すみません家政婦さん。お兄ちゃん、お父さんに似て口の利き方がなってなくて……」
 小牧が少女にぺこりと頭を下げた。
「……家政婦さん?」
「はい。……えと、違うんですか?」
「……鷹藤さんから何か聞いていないんですか?」
「いえ、何も。お父さん、昔っから秘密主義で……」
「そうですか」
 割烹着の少女が裾を払って姿勢を正し、三つ指を突いて頭を軽く下げた。
「申し遅れました。私、鬼津奈六露(きづな ろくろ)と申します。……この家の当主です」
「……とうしゅ?」
「はい」
 俺は見えないボールを投げるフリをした。少女――六露は首を振った。
「それは投手」
「お兄ちゃん、今のはいくらなんでもひどいネタだよ」小牧は本気で青ざめている。
「うるせー! お前のフォローが足りないんだよ」
「え、私のせい!?」
「うん」
 当たり前だろ。妹は兄にご奉仕するものだって最近のラノベにはちゃんと書いてあるんだ。小牧は憮然として「こいつ頭おかしい」みたいな顔を俺に向けつつ、べたーっと六露にひれ伏した。
「すいません、六露さん! あたしたち何も知らなくって……家政婦さんとか使用人とか好き放題言っちゃって……」
「構いません。実際に、この家を管理しているのは私ですから。食事も掃除も私が行っています。そういう意味では、使用人みたいなものですね」
「うわあああああ、ごめんなさい、ごめんなさい、あったかいうちにご飯いただいてもいいですかーっ!?」
「小牧、そう謝るなよ」
「半分以上はお兄ちゃんのせいだよっ!」
 俺は小牧に蹴り倒された。いたい。会ったばかりの六露に助けを求める視線を送ってみたが、あの青みがかった冷たい目で見返されてしまうだけだった。ふう、と六露はため息をつき、
「どうぞ、冷める前に召し上がってください。気にしていませんし、鷹藤さんの性格を忘れていたこちらの落ち度もあります。……あの人は自由人でしたね」
「親父のことを知ってんの?」と俺はタメ口を利いてみた。小牧が「お兄ちゃんっ!」と叱声を浴びせてきたが、俺はにらみ返す。いーじゃん、どうせ俺と同い年くらいだろうし。
「はい。といっても、子供の頃に会ったことがあるだけですが。鷹藤さんは私の父の親友だったそうです。なんでも、若い頃は共に冒険の旅に出ていたとか」
「へぇー……そうなんだ」
「お二人のことは、小牧さん、ウジ虫、とお呼びしてもよろしいですか?」
「怒ってる?」
 俺への評価、さっそくひどい。
 六露は俺には答えず、パクパクと夕飯に手をつけ始めた。俺たちもそれに習う。
「……おいしい!」
 小牧がびっくりしたように口に手を当てている。それを見た六露が、ふ……と口元をわずかにくつろげたように見えたが、瞬き一瞬した後にはもう、鉄面皮に戻っていた。うーん、笑った顔の方がカワイイと思うけどな。
「それはこのあたりで取れる山菜を秘伝のつゆで煮込んだものです。あ、それは鹿の肉」
「えっ、鹿っ!?」
 小牧はびっくりしているが、さすがに吐き出すようなことはしない。俺は小牧の肩を叩いた。
「大丈夫、鹿さんはお前の血となり肉となり、いつかお前を乗っ取るであろう」
「慰める気ある?」
「ウジ虫は冗談がお好きなのですね。好印象です」
「絶対嘘だよね六露サン」
 女王様気質なのかな。俺、ムチは嫌なんだけど……
「このあたりは昔、飢饉に襲われたことがあり、そういう時に村人は農民から狩人へクラスチェンジしたといいます」
「六露さん、ひょっとしてゲームとか好き?」クラスチェンジて。
 俺の質問に六露は黙って部屋の奥を指差した。うわぁー置いてあったわPS4。
「鬼津奈がこの土地の名士になったのも、そういう飢饉の時、山へ入って手際よく獣を狩ったからなのだとか。その技が今でもこの家には伝承されていて、私もたまに山へ入ります」
「そういうのって、密猟になったりしないの?」
「このあたりの山は全て、鬼津奈の所有物ですから。伐採も狩猟も私の自由にできます。……機会があれば、山をご案内しますよ、セミ」
「ちょっとウジ虫って言い続けることに罪悪感を覚えたんだね? 好きです」
「お兄ちゃん、前向きすぎて気持ち悪いよ」
 小牧が味噌汁の中の何かよくわからぬ足の生えたものをかじりながら言う。気づいてないと思うけど、お前が食べてるものの方がグロテスクだからね。あぶねぇー俺は残そう。
 俺たちはパクパクと六露の作ってくれた夕飯(で食べられそうなもの)に舌鼓を打った。
「……そういえば、ほかのご家族は? 出かけてんの?」
「いません」と六露は味噌汁をすすりながら答えた。
「母は私が幼い時に、父は昨年、亡くなりました」
「……そうなんだ」
「それも、鷹藤さんはお二人にお伝えしていなかったのですか? ……変わりませんね、あの人は」
 どうも六露はかなりウチの親父に詳しいらしい。というか、俺らがガキの頃の親父って、ほとんど家に戻ってこなかったから、ひょっとするとだが六露の方が親父と長く一緒にいたりして……いやいやまさかね。
 それから俺たち兄妹と六露は、共通の話題であるウチの親父のことをしばらく喋った。変なオッサンだが、メチャクチャなことばっかりやるから話題には事欠かない。南米の秘法を手に入れたら裏社会のボスに命を狙われて、最終的に熱燗渡して友達になった話題のところでは流石に六露もくすくす笑っていた。俺もアハハハハなんて笑いながら、この子とこれから暮らすのかあ、となんか妙な感慨に耽った。……うーん。
「お兄ちゃん?」
「なんスか」
 カツアゲされるのかな? と思いたくなるような凄まじい形相で小牧が俺を見ていた。
「……手ぇ出したら本気で蹴るよ」
 お茶を汲みにいった六露の方を視線でチラチラ見やる小牧。
「しないしない」と俺は手を振った。
「それよりどうだ、小牧。六露と上手くやれそうか?」
「さりげに呼び捨てだし。もうちょっと距離感を考えなよ」
「小牧さん、六露と上手くやれそうですか?」
「あたしにじゃねぇ――――よっ! アホかっ!」
 ウチの妹がこんなにノリがいいわけがない。ぶはあ、と潜水してたようなため息をつき、
「もういいよ、でも、変なことしないでよね。……妹としてとても気まずいので」
「分かってるって」
「まあお兄ちゃん、セミとか言われてたし大丈夫か」
 妹として兄貴が虫扱いなのはスルーでいいのかい。
 小牧とくだらないことをくっちゃべっていると、六露が戻ってきた。
「小牧さん、申し訳ないのですが、少し台所を手伝ってくれませんか?」
「えっ、あっ、はい!」小牧は顔を赤くして立ち上がった。
「ごめんなさい、気が利かなくて……」
「いえ、お気になさらず。本当は客人に手伝ってもらうのは本意ではないのですが、私も家を空けることがありますし、小牧さんにもこの家のことに慣れておいて欲しいのです」
「わかりました、頑張ります! 必ずやご期待に応える所存……」
「……そんなに重く頑張らなくて結構です。大抵のことは私がやりますから。そうそう、史明さん」
 六露が何かを自分にかけるような仕草を俺にしてみせた。俺はとんでもなくエッチなことを連想してしまったのだが、すぐに理性を働かせて、それが「お風呂が沸いている」という意味なのだと悟った。六露が廊下の奥を指差す。その方向が、きっと浴室なのだろう。俺は片手拝みに礼をして、先に風呂に入らせてもらうことにした。なんだかんだ言って朝っぱらから日暮れまでかかった長旅だったから、芯からちょっと疲れている。ゆっくりさせてもらおう。

       

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