Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      


 素っ裸で浴室に入ると、思わず「おお~」と声が出てしまった。優しい色の木材が張り巡らされている。ヒノキ風呂ってやつだ。
「すげぇ~温泉みてぇ」
 さすがに旅館ほど大きくはないが、それでも八人くらいは同時に入れそうだ。中央の浴槽はこぽこぽと泡を立てている。俺はもうなんか嬉しくなっちゃって、倍速で身体を洗って湯船に飛び込んだ。壁際の棚に置いてあった入浴剤とかも入れちゃう。緑色にしちゃう。
「ひゃっほーう!」顔をごしごし擦って、畳んだタオルを頭に乗っけた。
「最高だな……」
 湯煙が目に染みるぜ。慣れない長旅、これからの生活への不安、そういったものが全身から湯水に溶けていく気がする。
「ふんふんふーん♪」
 もうね、泳いじゃう。ケツだけ浮かしてぷかぷかしちゃう。
「六露もこの風呂に毎日入ってるんだよな……」
 目を閉じれば、瞼の裏に黒髪美少女の顔が浮かぶ。なぜか三角巾と割烹着ではなく、体操着姿が見えた。すらっと伸びた手足、肉づきは薄いが健康的な色白の肌、思い返してもロマンティックがノンストップ急行線。やべぇ~あるのかな、一緒に暮らしてるんだし、ラッキースケベ? いやいやそんな……いけませんよお大尽様……
 とかなんとか思って鼻の下を伸ばしていたら、
 ごそ……
 と、脱衣所に誰かが入ってくる気配がした。えっ、嘘、マジで? そういうこと? ひょっとして俺、種馬? 田舎はやっぱり素晴らしいな。
 がらり、と曇り戸が開かれて、タオルを前に垂らして入ってきたのは……
「お、お兄ちゃんっ!?」
「なんだ小牧か」
「なんでいんの!?」
「風呂」
「見れば分かるよっ! ろ、六露さん何も言ってなかったのに……あわわわ」
 小牧はその場に突っ立って中に戻ろうか、いやでも寒いし、みたいな二律背反に陥ってぐるぐると回転していた。
「なにやってんだ、早く入れよ」
「ええええええええっ!? ちょ、お兄ちゃん……いくらなんでもそれは……」
「なに赤くなってんだボケ。寒いから戸を閉めろ戸を。……あーもう」
 俺は面倒くさくなって湯船から上がって自分で戸を閉めた。
「ギャーッ!!」
「うるせーな、なんだよ!」
 小牧が両手で顔を覆って、指の隙間から俺の股間をガン見している。
「ま、前隠しなよお兄ちゃん!」
「めんどくせーなー。隠すから恥ずかしいんだよ。それにどうせ兄妹じゃねーか」
 俺は湯船に戻ってあったかいお湯に浸かり直し、ぷはーと息をついた。最高だねぇ。
「お前も早く身体洗って入れよ、風邪引くぞ」
「う、うん……」
 小牧はチラチラ俺を横目で盗み見ながら、かけ湯を始めた。執拗に身体をタオルで隠していたが、いつまでもそうしているわけにはいかず、「ええい!」……と最後にはタオルを取ってガシガシ身体を洗い始めた。確かに俺と小牧が一緒に風呂に入っていたのは俺が小四、妹が小二の時が最後なので、六年ぶりに妹の裸体を見たわけだが、べつに何も感じない。おっぱいがそこそこお椀型に膨らんでて「へぇー」とは思ったけど。なんかマサイ族の女の人を見てるような気分。
「……お兄ちゃん、平気なんだ?」
「お前こそ正気か。お前は妹だぞ」
「う、うん」なぜか気圧されたっぽい小牧。しどろもどろになりながら真っ白な泡を桶で流していく。
「……よその兄妹はどうなんだろ。お兄ちゃんみたいに平気なのかな?」
「当然だろ。あーくそ、六露ちゃんが入ってきてくれたのかと思って期待したのによぉー小牧かよー」
 俺が天を仰いで嘆息すると小牧が犯罪者を見るような目を向けてきた。
「ヘンタイ」
「健康と言え」
「それが健康なら身体にいいお茶は全部発禁処分だよっ!」
 湿ったタオルを握り締めながら、小牧がぎゅーっと力説してきた。めちゃくちゃ言ってんな。
「……やっぱりお兄ちゃんのことはあたしが見張っておかなくちゃならないようだね」
「これがクレイジーサイコレズか」
「クレイジーでもレズでもないよ!」
 サイコではあるの?
「小牧、俺が言うのもなんだがな、これから一緒に暮らしていくんだからもっと気楽にした方がいいぜ。腹壊すぞ」
「それはお兄ちゃんでしょ……まあでもそうだね、六露さんとも仲良くしないとね」
「上手くやれそうか?」
「まだわかんない」
 おっ? ……と俺は思った。さっきのやり取りを見ている限りじゃ本当の姉妹みたいに仲睦ましげだったが。まァ女子は表面上の気の遣い方ってのが男子よりも分かってるからな。俺はぱしゃぱしゃと湯の水で顔を洗ってから、改めてタオルを頭の上に乗せ直した。
 ちゃぽん、と白っぽい湯に妹の足が差し込まれた。ざぶーん、と小牧が身体を沈めると波飛沫が立つ。お前もうちょっと静かに入れや。
「なんだそのジト目は」
「お兄ちゃんはいいね、誰ともすぐ仲良くなれて」
「親父に似たんだろう」
「じゃ、あたしはお母さん似だね。……なんか六露さん、いい人そうだけど、なんか……怖くない?」
「だってよ、六露」
「ちょっ!?」
 ざばあっ、と水を跳ね上げて小牧が立ち上がり、拳銃を突きつけられた犯人のようにあわあわと両手を掲げた。
「ち、違うんです六露さん六露さんはいい人です全然そんな……って、あれ、誰もいない」
「うっそぴょーん」
「死ねこのバカ兄貴っ!」
 ひゅん、と実にキレのいいスナップを利かせた右の平行蹴りが俺の顔面に直撃しムチウチにした。ぶくぶくぶくと俺は沈む。一瞬マジで気絶した。なんてことしやがる……
「ぷはあっ! て、てめぇ小牧……殺す気かっ!」
「殺す気だよ!」目を涙でいっぱいにしながら小牧が叫ぶ。
「ひ、人が真剣に悩んでるのに茶化して! お兄ちゃんなんか大嫌い!」
「悪かった悪かった」俺はおっぱいどころか下半身まで丸出しでキレまくってる妹を両手で制した。
「でもなあ小牧、陰口はよくないと思うぞ?」
「そ、それはそうだけど……ていうか陰口じゃないし! 感想だしっ!」
「それでも言っていいことと悪いことがあってだな……」
「急にまじめにならないでよ! バカッ! もういい知らない!」
 じゃぶん、と小牧は口元まで湯に浸かり、
「早く出てって! 凍えちゃえ!」
「マジかよ~キンタマ縮んじゃうよ」
「お父さんと同じ下ネタ言わないでよっ! もう最低!!」
「…………」
 親父と同じネタを使うようになってしまったのかと思うと、俺はたぶん小牧が想像している以上の百万倍くらい落ち込んだ。うっそーん……
 俺はとぼとぼと妹に湯船から追い出された。小牧は「死ねっ、死ねっ!」と水鉄砲でひたすらに俺のケツを狙ってくる。開発されたらどうすんだボケ。
 カラッと戸を開けて身体を拭いていると、廊下から六露の声がした。
「お楽しみいただけましたか?」
 こやつ。

       

表紙
Tweet

Neetsha