Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      


 風呂から上がった俺たちは、六露に部屋へと案内された。十二畳くらいの和室で、もう部屋の片隅に先に送っておいた俺たちの荷物がずらずらと積まれていた。布団も敷いてあって準備万端。あとはもう寝るだけだ。
「ろ、六露さん! これはいったいどういうことですか!」
 小牧が川からどんぶらこと流れてきた桃みたいな顔になって、敷かれた布団を指差した。六露は柳眉一つ動かさず、
「並べてみました」
「夫婦じゃないんで! 離します! もう中学生なんだからお兄ちゃんと一緒になんて寝ません!」
 ぷりぷり怒った小牧がずずっと自分の布団を引っ張って、畳を出現させた。
「ていうか、あたしたち、一緒の部屋なんですか……?」
「いえ、屋敷で空いている部屋は全てご自由に使っていただいて結構です」と六露は初めて見るかのように周囲を見回した。
「荷物が一緒だったので、とりあえず一部屋にまとめました。お兄さんのことが嫌いだ、一緒にパンツを洗いたくない、そういった事情はこっそり私に耳打ちして頂ければ対処します」
「べ、べつにパンツは気にしませんけれども!」と小牧はチラチラ俺を見ながら言う。べつに気を遣わんでも。いいですよお兄ちゃんは手洗いでも。
「……それはともかく、史明さん。何をやってるんです?」
「え、俺?」
 何って、俺は自分の枕を我が子のように抱き締めているだけだけれども。何かおかしなことをしているのだろうか。
「こんな上等な枕で寝るのは初めてなんだ」
「……そうですか。気に入っていただけて何よりです」
「貰っていい?」
「あなたのです」
 それもそうだ。
「触ってみろよ小牧、幼女の肌みたいだぞ」
「最低」
 ごめん。
「それでは私はこれで。何か入用でしたら、台所からなんでも好きなものを持っていって構いません」
 六露が黒い髪を振って背中を向けた。一歩踏み出したところでわずかに振り返り、
「基本的に夜の外出はなさらないでください。まだこのあたりには獣が残っていますから。それと」
 指を一本立てて、
「枕投げは消灯後、三十分までです」
「……マジで?」
「マジです」
 俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
「破ったらどうなる?」
「その時は……」
 六露は親指をおっ立てて、首をぎぃぃぃぃっと切る真似をした。
「……それではおやすみなさい、小牧さん、それと芋虫」
「いつか華麗なちょうちょになると信じてくれてるんだね? 嬉しい」
「ふっ」
 軽く鼻で笑って、六露は出て行った。何かお香でも炊きつけてあるのか、六露はいなくなる瞬間にだけ「ふわっ」といいにおいを残していく。あれが大和撫子のたしなみってやつか。それにしても……
「どうする小牧、枕投げ、三十分限定だってよ」
「もう子供じゃないんだから枕投げなんてしないよっ!」
「そんなに怒るなよぅ」
 生意気な中学一年……いや四月からは中学二年か。
 俺は背中から布団に飛び込んだ。ぽすっ、と俺を受け止めてくれる羽毛の感触。
「俺ももうすぐ高校生かあ」
「そうだよ、お兄ちゃん。ちゃんと自分で準備しておかないと。もうお母さんはいないんだから……」
 小牧はもうダンボールを開けて自分の私物を取り出し始めている。俺はそれを腹の上で手を組んでぼんやり眺めていた。
「……ぐすっ」
 俺に後ろ姿を見せている小牧が、掌で目元を拭った。
「小牧……? どうした」
「ん、なんでもない。ただ、もうお母さんいないんだなって……」
「さっきからあの人、俺のLINEを既読無視してるんだけど今どこにいるんだっけ」
「ロンドン」
「なんだ、すぐに会えるじゃん。イギリスのメシはクソまずいから平均して二週間で一回は戻ってくるぞ」
「うん……」
 小牧の返事は浮かない。ま、そういうことじゃないって俺も分かってるけどね。
「大丈夫だ小牧。兄ちゃんがついてる」
「だから不安だし心配だしイラつくし不愉快なんだけど」
「俺とお前の間に何があった?」
 そんなに俺にちんけなおっぱいを見られたくなかったのか。べつに覚えちゃいねぇーよ。
 その時、どこかから野犬の遠吠えが聞こえてきた。小牧が閉じられた障子に向かって顔を上げた。
「本当にいるんだね。怖いなあ。噛まれたりしたらどうしよう」
「そう思って殺虫剤を持ってきた。いつでもカバンに忍ばせておけ」
「……ありがとう……」
 俺のゴキジェットを釈然としない顔で受け取る小牧。なんでだよ、絶対効くって。……効くよね?
「それを俺だと思って大事にしろ」
「捨てるときめんどうくさいなあ……」
「大喜理かよ」
 上手い返しなんて期待してなかったわ。俺はため息をついて布団にもぐりこんだ。
「疲れただろ小牧。もう寝ようぜ」
「うん……あ、もう廊下の電気消されてる……」
 上半身から先だけを廊下に突っ込んでいた小牧はしばらくそうしていたが、やがて「ねぇお兄ちゃん」と呟いてきた。俺は腕を枕にしながら返した。
「なんだ?」
「……一緒に歯磨きしにいこ」
 俺と小牧は二人揃って流しにいき、歯を磨いてトイレいって部屋に戻って、それから思い出したように一日の旅の疲れが出てぐっすり眠ってしまった。
 その夜、俺はふと目が覚めた。

       

表紙
Tweet

Neetsha