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それ学級日誌に書く必要はないだろ?
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《それ学級日誌に書く必要はないだろ?》

作:笹塚とぅま

【1p:クラスガエ】

「よっ! とーりょー!」
 背中が叩かれる感触。
 4月。県立矢田和高校の二年生に進級した僕は、いつもより気持ち早めに学校に着いて自分のクラスを確認し、足りなかった睡眠時間を補っていた僕の耳に快濶な、大きいけどそれでいて聞いている方を清々しい気持ちにさせる声が飛び込んできた。
 ちなみに『とーりょー』とは僕こと東和良の漢字からとったあだ名だ。
「ん……あぁ」
 むくりと、僕は顔を上げるとその声の主を探して……見つけた。
「……あ……えっと……あぁ……」
「今、名前出そうとしてなんで途中で諦めたし!?」
「ぶぇ!?」
 その子は再び眠りの地へと向かう僕の頭をがっちりと掴み、自分の顔が嫌でも僕の視界に入るよう強引に僕の首の位置を動かす。
「いだい、いだいです。マジで、あの」
「今年も一緒だね」
 彼女、安積楓はそう言うとにっこりとほほ笑んだ。
「奇しくもな」
「なんだよー。もっと喜べよー」
「いや、あのね。人って嬉しくないと喜べないからな……いだいいだい!」
「よ・ろ・こ・べ・よー」
 ぎりぎりぎりと、がっちりつかまれた僕のヘッドは彼女の手により自分の望まぬ方向に回される。さすが陸上部のエース。まったく逃れられない……ってあの、首って180度は回らないの知ってる?
「いだいいだいいだいっ! わ、わー、すっごく嬉しい……っていたいいたいっ! え、なんでっ!?」
「……なんで嬉しいかわからないんだけど?」
 みしみしペきぺきと、回転し続ける僕の頭。あの、首って360度は回らないの知ってる?
「あ、安積さんと今年度も同じクラスになれて僕はなんて幸せ者なんだ! ああ、今僕はとってもハッピーな気分で満たされているよ!」
嗚呼、我生まれて十六年と十か月。初めて人たる者、嬉しかざる時ときでも喜べることを知りたし。
「…………」
「……うおっ!」
「うん! 今年もよろしくねっ!」
 どうやら彼女の合格ラインには達したらしい。解放される僕のヘッド。お帰りなさい。もうお前のことは誰にも渡したりしないからな。
 新クラスには僕と安積を含めてもまだ人は集まっていない。そりゃそうか。気持ち早くとは言ったものの結構早くついてしまったからな。現に、最低登校すべき時間である八時半にはまだ四十五分もある。
 自分の頭部との再会に感動のあまり涙する僕。するとごほんごほんと何やら咳払いが聞こえてくる。
ごほんごほん、んんっごほん。
探さずとも犯人は目の前の安積。ちらっちらっとこちらに意味ありな視線を送ってくる。
ここはジャパンなんすけど……っていうボケはこの際置いておいて、あまりにもしつこいので僕は尋ねる。
「……なに?」
「な、なにって!? とーりょーこそどうしたの?」
「はぁ? 僕は安積が何か言いたそうだったから聞いただけで」
「そ、そう。いやね、大したことじゃないんだけど。とーりょー考えてみ? 中学校一年からずっと同じクラスってもはやなんなんだよって思わない?」
なぜかこっちを見ずに言う安積。いけないなー、人と話すときはちゃんと人の目を見て話すって習わなかったのかなー。お父さん悲しいよ。
「なんなんだよって例えばなんだよ?」
「た、例えばだけど、例えばなんだけどね」
「ああ、例えば何さ」
「こう言うのって、う、運命とか言わない?」
「んー、言わないな。割とよくあるじゃん」
 たしか、数学の組み合わせで確率出してもそんな低くはなかったはず。
「そ、そう……」
 真っ向から否定してしまったからか、しゅんと静かになってしまう安積。そんな中、僕はふと感じた疑問を安積にたずねる。
「あれ? そいや朝練ないの?」
「いいの」
「いいの、ってあったのかよ。エースがさぼっちゃだめだろー」
「いいの」
「あ、わかった。クラス替えのことそんなに気になってたのか?」
ぎぐっと安積の肩が上がるのを確認する。どうやらそのようだ。
安積は人見知りが激しいほうなのは僕も知っている。確かに、朝練が終わってからだともうすでにクラス内で話すグループが出来ていて、その中に混ぜてもらうのは彼女にとっては難しい。だから、こうして早い段階に来ていることはいい作戦かもしれない。
「まあ、あまりよくはないけど、話し相手がいなかったら、そんときゃ僕が話し相手になりに安積のクラスに行ってやるからさ」
まあ、でも現実はこうしてまた同じクラスになったわけだが。
「……ちがうし」
「あ、ごめん。そうだよな。話し相手は別に僕じゃなくても――」
「違うし! とーりょーと同じクラスになったのを一緒に喜びたかっ――ってあほぉっ!!」
「ぐへっ!?」
 怒りのあまりか顔を真っ赤にしたまま安積はすたすたと自分の席へと行ってしまった。どうも今の会話に彼女のトリガーがあったようだ。うむむ、女の子とお話するって難しい。
彼女が最後に何か言ったのはわかるが、その言葉を思い出すよりも、僕は彼女の一撃で奇妙な音を奏でた自分の首の骨の心配を優先するのだった。(終)

       

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