Neetel Inside ニートノベル
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《それ学級日誌に書く必要ないだろ?》
作:笹塚とぅま
【p2:シップ】
「あら、東和くん」
 安積から受けたダメージが若干だが回復して来た頃、突っ伏していた僕の頭に声がかけられる。
「お、泉崎」
 顔を上げた僕の目に飛び込んできたのは、呆れたように僕を見下ろす泉崎楽の姿。
もしかすると段ボール箱に収まりそうなほどの小柄な体躯、その腰まで伸びた髪はまるで漆を塗ったような艶があり一部は三つ編みにされていと飛び出たしっぽがとってもチャーミング。そして、何を考えているかわかりにくい表情の上には彼女のトレードマークと言うべき赤縁の眼鏡が存在感を放っている。まあ、簡単に言ってしまうとちっちゃな学級委員長って感じかな。
「泉崎もこのクラスなのか」
「そのようね。今年もよろし……はあ」
「うん、よろし……って、僕と同じクラスだったのがそんなにがっかりかよ」
「してないわ。ちょっと、失望しただけよ」
「がっかりしてんじゃん!」
「ははは、相変わらず東和くんは面白いことを言うわね。推理小説家にでもなったらどうかしら?」
「それただ言ってみたかっただけだよね」
 最近読んだのだろうか。てか完全に棒読みだし。なに、僕はこのあとに決定的な証拠を突きつけて、泉崎に自白させればいいの?
「そうね、推理してないから何にもなれないわ。残念でした」
「あなたが言ったんでしょうよ!?」
 朝っぱらからなにこのくだり。必要ないよね。まあ、毎回のことだから、すこし上から目線になるが、もう少しだけ付き合ってやろう。
 そういや出会った時と随分印象変わったよね。
「それはそうと、さっき安積さんと楽しそうにしゃべっていたわね」
「……まあ楽しかったかは肯定できないけど」
 僕は首を軽くさすりつつ答える。
「いいえ、楽しそうだった。だって鼻の下が伸びてたもの」
「は? んなわけねぇだろ」
「いいえ、ちゃんと私は見てたわ。そう、安積さんが東和くんを見る目なんかはまさに」
「そっち!?」
「ええ、それに、殺意も少し混じっていたわ。9割くらい」
「下心に殺意ってどんな感情……ってほとんど殺す気じゃねぇか!?」
 びっくりだ。まさかあいつが僕のことをそんな目で見ているなんて……あとで、お話が必要のようだ。警察と一緒に。
「……なぁ、泉崎。結局何が言いたいんだ?」
 そう、これは経験則だが、泉崎自身が無益な話を嫌うためか、彼女が僕に話しかける時は当たり前だけどなにかしら伝えたいことがあるとき。しかし、面倒なのことにこうして、『要は~』の所を僕から聞かない限り、はたから見れば先ほどまでの全く益にならない会話が一生続いてしまうのだ。
 どうも、このことは泉崎本人も自覚しているようで、
「ええ、そうね。東和くん、聞いたところによるとあなた安積さんとは中学から一緒のようね」
「まあな。って誰から聞いたんだ?僕、誰にも言ってないけど……」
 少なくともクラスの奴には言ってない。
「それは…………先生。先生が前に言ってたのよ」
 微量な空いた間が気にはなったが、でも合点はいった……いや、待て待て。
「なぁ、僕と安積の話が出る話題って、泉崎、先生と一体どんな話したんだよ」
 先生ってことは絶対あいつだ。あの先生のことだから場合によってはろくでもない誤解を引き起こしている可能性が否めない。
「大したことないことよ」
無表情だが、目がスッと左に逸れるのを僕は見逃さなかった。
「大したことないなら言ってくれよ。気になるじゃん」
その誤解次第では、僕は社会的死ななきゃならないことだってある。
 僕は席から立ち上がると机を回り込んで泉崎の前まで立ち止まる。んー、こうして向かい合うとなんでしょう。彼女の容姿はとても庇護欲をそそられますね。はい。
 僕はそっと、その小さな両肩に両手を置き、できるだけ真剣な顔をして、
「頼む。どんな小さなことでも僕は知りたいんだ」
 そう、僕はまだこの社会で生きていたいんだ。
「……ごめんなさい。嘘ついたわ」
 そして泉崎は伏し目がちに弱々しく言葉を吐き出した。……やっぱりか。
「東和くん……先生とはあなたの出生の秘密について話したわ」
「嘘だろ!?」
 え? ちょっと待って。僕は今のお母さんから生まれたんだよね? え?『それはお前の中ではな』ってこと? てかなんで本人の重大な秘密を第三者同士で話し合ってるんだよ!
「嘘よ。あなたがどこでどんなふうに拾われたなんてどうだっていいの」
「ごめん、僕にはどうだってよくない単語が混じってた!」
 え、橋の下? それとも上流からどんぶらこ? もしくは家の勝手口の前?
お母さんの機嫌が悪い時『あんたは拾われた子だから~』って言ってたけどあれマジだったのか? いや、悪いジョークだ。僕はちゃんと、家にいることはほとんどないけどあのお母さんのお腹から生まれたはずだ。アイビリーブイット……一応帰ったら電話してみよう。
「ねぇ、東和くん。私と東和くんってどうやって知り合ったか覚えてる?」
「ん、あ、あぁ。なんだよいきなり」
 急な話題転換だな。それで逸らしたつもりか? ……んーまぁ、聞かないでおこう。線引きこそ難しいが、本人が言いたくないことを無理矢理聞くのは僕のポリシーに反する。さっきのことは自分への宿題にしておこう。
「んー覚えてるよ。泉崎とは僕が小学校三年生のときに泉崎が転校して来て、でもすぐに転校しちゃったんだよね」
 そして高校で再開したわけだが。
「ありがと。ちゃんと覚えているのね」
 泉崎はふふっと笑うのだった。
「……どうかした?」
「い、いやなんでも?  ど、どうしたしまして?」
 余りに唐突なことだったので、しどろもどろな返しをしてしまう。
 毎回思うんだけど、笑顔可愛いな。いつもこうしていればいいのに。
 まあでも、たまーに見るからいいてのもあるな。うーんこの問題の続きは国会で議論してもらいましょう。
「でも、泉崎、なんでそんなこと聞くんだ?」
 この会話で彼女が聞きたいことはわかったものの、その理由がわからないでいた。
「なんでって……はあ」
 彼女は口元に指をあて少し考えた素振りをし……ため息をついた。
「推理小説家にでもなればわかるかもね」
 まだ引っ張ってるのか、それ。
「あ、そうそう。はい、これ」
 泉崎はポッケからすっと白く厚い布みたいなものを僕に差し出す。結局理由はわからずじまいだけど……もういいや。
「首痛いんでしょ?」
「あぁ湿布かどうも」
 お、ありがたい。どういうわけか痛みがぶり返してきてるんだよね。
「貼ってあげる。さあ、足を出して」
「足首じゃねぇ! 自分で首って言ったばっかじゃん!」
「あら、ごめんなさい」
 しれっと返す泉崎。絶対わざとやってる。
 しかも、当たっているかわからないけど、なんか嬉しそう。
 ……うん、わかったよ。
 僕は泉崎という人物がよくわからない。(終)

おまけ
「言っとくが手首でもないからな」
 先回りして釘を指しておく。
「そんなのわかってるわ。でもそうなると……どこに貼れば?」
「ここだよ!ここ!」
 僕は自分の頭部と胴体をつなぐジョイント部分、英語ではネック、ドイツ語の男性名詞ではハルス、ようするに首を指差す。ったく泉崎のせいで説明が長くなった。
「あぁ」
「なに、『そう言えばそうね』みたいな顔してるんだよ』。……もう、貼るならさっさと貼ってくれ」
「はいはい。でも、ほんとにいいの? これ……はんぺんなんだけど」
「なんで!?」

       

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