Neetel Inside ニートノベル
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「帰れ」
 第一声がこれだった。
 ここは生徒会室。
 学園の生徒活動を取り締まる機関である生徒会。その拠点は授業を行う教室からもグラウンドからも離れた特別棟最上階4Fの一番奥。なんでこんなところに配置したかは不明だが、こんな辺鄙なところにあるがゆえ、まるで学校にいるとは思えないくらいに、はたまた世界から隔離されたかのようにこの部屋には一切周りからの音が入ってこない。
 僕は適当な椅子を引っ張り出して座ると、この部屋の主とも言える存在、生徒会長、須賀川堅太と向かい合う。
 185cmと僕よりも頭一つ高い身長に、いつも仏頂面だが悪くは決してない顔。短くさっぱりとした黒髪と着こなす制服は第一ボタンまでキッチリと留めていて、制服に関しては毎日手入れをしているのか汚れひとつ見当たらない。そしてなによりも、彼の左腕で圧倒的存在感を醸し出す白文字で大きく刺繍された『井谷田高校生徒会』は見る者よっては畏怖までも感じるかもしれない。
このように生徒手帳を地でいっているこの男。性格に関しては僕と正反対で価値観が全く合わなそうなのだが、一年生の時から僕は今のようにしょっちゅうこの部屋を出入りしている。まあ、控えめに言って良き親友ってところかなっ?
「もう一度言う。帰れ。部外者は原則立ち入り禁止だ」
 そう友達。
「ひどいなー。初日早々生徒のために汗を流されておられる生徒会長を労わりに参上したというのに」
「頼んでないことはするな」
「わーお、ザ・管理職。将来イヤな上司になるよ」
「はいはい、それはどうも」
 僕らは友達!
「なんで、泣いてるんだ?」
「いや、埃がちょっと」
 僕は涙を拭いつつ、自分のカバンから数学のワークとノートを取り出し解き始める。須賀川がうるさく何か言ってくると思ったら彼は自分のタスクに集中していた。結構ここで勉強するから、もう注意してこない辺り諦めたのかはたまた許可したのか。まあ、少なくとも僕に構っている時間が無駄ってことに気付いたのだろう。
ちらりと須賀川の方を見る。彼はなにやら書類に目を通しながら眉間にしわを寄せて『まったく、無茶な申請だな……』などとつぶやいていた。
「まだ慣れない?」
 少したって、1ページ分を解いたあたりで僕はなんとなく尋ねてみる。
「ん? べつにそうでもない」
 視線はそのまま、書類から顔を上げずに須賀川は答える。
 そもそもの話、この須賀川と言う男、会長が引退するまで本来なら今の時期はまだ副会長のままなのだが、会長の三年生が提携校との交換留学でアメリカの学校へ現在行っているため急きょ繰り上がりでこの会長というポストに就いたのだ。
「ふーん、そう。……ねぇ、その書類全部見るの?」
 僕は彼の机を占拠する紙の束たちを指差した。
「あぁそうだな。ほら、生徒が学校の備品を使うためには申請して生徒会の許可がいるってことはお前も知っているだろう? それでこの高校って意外に規模が大きいからな。この量になるのは仕方ないのだ」
「そうだけどさ。これを一人で全部やるの? 分担とかした方が」
「なんだ。手伝ってくれるのか?」
「いや、遠慮するけど」
「なんだ、しないのか」
 即答。そりゃあ一発目から帰れなんていう子のお手伝いなんかしたくありませんよ。 
「……でも、まあ? どうしてもって言うな――」
「いや、遠慮しよう」
「なるほどね」
 即答。僕は笑った。須賀川は眉を少し動かしただけ。
 僕は二人きりの教室を見回す。
「えーとつまりね、僕が何を言いたいかというと、他の奴らはどうしたの? ってこと。ほら副会長とか書記とか会計とかいるでしょ?」
「…………」
 須賀川の動きがピタリと止まり、手から書類が落ちた。
「?」
「あー……それなのだが」
 須賀川は書類を拾い直すと、ポリポリと恥ずかしそうに頬をかき、
「会長の留学が決まった際にみんな辞めてしまったのだ」
 ……え?
「ごめん。文面上の意味は分かったけど。どうゆうこと?」
「そもそも、うちの生徒会は会長ありきで成り立っていたからな。会長のカリスマ性が他の奴らを引っ張ってきたわけで逆を言うとそれが無ければ生徒会はなくなっていただろう。そして実際にそれが起きた。会長が去ることが決まった瞬間に『会長がいないならここにいても』とみんなここを去って行ったのだ」
 窓の外、遠くを眺める須賀川。ちょっぴり感傷に浸っているのだろう。でも、みんなって……まったくどんな生徒会長だよ。因みに僕は会ったことがない。何度もこの部屋には遊びに来ているはずだが、タイミングが悪いせいかなんなのか、今でも不思議でならない。
 それにしたって、みんな薄情だな。僕は少しでも親友を励まそうと少ないポキャブラリーから言葉を探して……
「結論、今の生徒会は俺だけだ……なんだその哀れむような目は」
「いや、人望無いなって」
 探すのを諦めた。キャパを越えた無理は良くない。
 つまるところ須賀川はぼっちってことだ。
「そんなことわかってる」
「人望無いな」
「なんで二度言う」
「大事なことだったので」
 重要なことは忘れないように何度も口に出していくスタイル。
「というより、東和。いるなら頼み事あるのだが」
 視線を紙に戻してそうのたまう須賀川。ねえ、それが人にモノを頼むときの態度かしらん?
「ごめん、今勉強で忙しいんだ」
「おい、そもそもここは自習室じゃない。勉強なら図書館でしろ」
「僕、図書館の雰囲気苦手なんだよね」
「だからってこの生徒会室でしていい理由にはならない」
 そりゃそうだ。正論。
「でも書類ならさっき言ったよね。『丁重にお断りさせていただきます』って」
「厳密にそうは言っていないが、そうだな。俺もこれはお前に触れて欲しくない」
 そう言って、須賀川は山の上にぽんと手を乗せる。
「じゃあなんだい。面倒なのは勘弁だよ」
「それはお前の捉え方次第だが……やってくれるのか?」
「あーここで生徒会長に借りを作っとくのも悪く無いな。のちの学校生活のどこかの場面で役に立つかもしれないし」
 もちろんさ。なんか見た感じ大変そうだし、それもあの須賀川からの頼みだ。ぜひ引き受けさせていただこう。
「……東和、口に出るの、本音と建前が逆になっているぞ」
「おっと、これは失礼」
「で、やってくれるか?」
「まあね、暇だし」
 と言ったもののカンマ1秒後にしまったと思う。
 内容を聞くのを忘れていた。なんたる不覚! ああ、『東和、お前が生徒会入れ』とかだったらどうしよう。確かにそれなら須賀川が言った『お前次第だから』に当てはまる。須賀川と仕事か……おっと? 僕、もしかしてまんざらでもない?
「おい、東和。お前鏡見た方がいいぞ。気持ち悪い顔している」
 失礼な。親父にだって言われたことないのに。ちなみの母には定期的に言われています。
「で、なに?」 
「お前にだけできること……生徒会に何人か引き込んでほしい」
 やっぱそうきたか。人望ないからなー。
  ここで思い出してほしい。
 須賀川は僕の友人。
 僕は自分の中でテンションが上がっていくのを感じる。
「副会長、書記、会計、庶務の四つが空席だけど、僕が入るってので一つは埋まったね」
「あ、すまぬ。東和はなしでたのむ」
「うん、わかった。断っていい?」
 やっぱそうくるか。
 ここで思い出してほしい。
 僕の友人は須賀川ってことは、須賀川の友人が僕であることを意味しないことを。
 僕は自分の中でテンションが急激に下がっていくのを感じる。
「おいおい、男に二言はないはずじゃないのか」
「えーだったらもう女でいいや」
「いいはずないだろ……」
 はあ~と須賀川は深いため息をつく。僕の方がつきたいよ。
「……東和。ここはミートショップホズミのギガメンチでどうだ」
「食べ物で僕をつるとはずいぶん僕も……なにホズミのギガメンチだと?」
 説明しよう! ホズミのギガメンチとは通常のメンチカツの3倍に相当する240gのメンチカツでその大きさは団扇ほど。20分じっくりと揚げられたそれ、外は特性の荒い衣にサクサクと歯が心地よく刺さり、中は噛めば噛むほど肉汁が溢れんわ溢れんわ。しかもこれ、驚くことに320円ととってもリーズナブルってこともあり、運動部の『おやつ』として大人気なのだ。
「……っふ、任せとけ」
 僕は親指を立てる。
「頼んだ」
 須賀川はほんの少しだが口の端を上げる。
「結局、なんだかんだいっても、友人の頼みだしね」
「あ、ああ……」
 最後、須賀川が僕のこの言葉に『友人?』と呟いたのは聞かなかったことにした。(終)

       

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