Neetel Inside ニートノベル
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《それ学級日誌に書く必要ないだろ?》
作;笹塚とぅま

【p5:コウバイ】

 学校に来る楽しみの中に、昼食を上げる人がいる。僕の場合もそうで、みんなでなくても、学校で食べるご飯というものはいつもと違った感じで嫌いじゃ無い。むしろ大好きだ。なら最初からそう言え。
 4限終了のチャイムがなり、クラスメイトがぞろぞろと廊下に出るその群れの中にこそっと交じり、目指す先は購買。
 うちの購買はお店が出張販売の形式をとっており、売りはその種類の豊富さ。決まったのをさっと買って行く奴もいるが、僕は違う。毎日刺激に飢えている僕は常に新しいことに挑戦して行きたい。ゆえにこのお昼選びは僕にとっては、人生であり……まあ、大事なのだ。
 などと思ってる間に購買に着いた。生徒たちがわらわらとショーケースの中を見て思い思いに自分の欲しいのを売り子のおばちゃんに告げている。
 うむ。毎度ながら混んでいる。僕はショーケースをさっと流し見る。
定番のあんぱんジャムパンクリームパン。サンドイッチに焼きそばパン。チョココロネにフレンチトースト。ん?エッグベネディクト、ジャガ明太のパニーニ……君たちははじめましてかな。
 なるほど今日はパンの日か。
 あ、さっき言い忘れていたけど、購買にはおにぎりの日とパンの日があり、今日は後者だ。
 さて、どうしたものか。
 一個は確実に決まっているんだけど。様々なパンを前にして僕は思考に入る。
 2個という個数と463円という制約直線下で、僕の効用を最大化するパンのポートフォリオとは……
 そんなことを考えている間にもどんどん母集団は減っていく。
 僕は考える。パン次第でこの後に買う飲み物が決まる。つまり、パンは独立変数Xで飲み物は従属変数Yとなる関数が僕の頭の中にあるわけで、わお!さっきやった数学の復習までできるなんてまさに一石二鳥。みんなも試してみてね!
 ふむ、ふむふむ、ふむっ!
 ……よし、決めた。
 シミュレーションを重ねに重ねた僕の脳がはじき出した結論とは、
「お姉さーん、そばめしパンといちご大福パンください」
 はいよ、との声と引き換えに僕は代金の350円を渡す。ここで大事なのは、おばさんを『お姉さん』と呼び、お金を手渡す際に、なるべく丁寧に、そして、マック店員顔負けのスマイルを添えてあげることだ。
「いつも、ありがとね。ほら、特別だよ」
 とまあ、そうするとこんな風に何度目かわからない『特別』で、もれなくあんぱんがついてきます。ここテストに出るよ。
「ほう、東和。お前面白いものを頼むんだな」
「ん? ……げっ」
「げっ、てなんだよ。そんなに俺と会ったのが嫌かよ」
 日焼けした肌に、爽やかなマスク。柔らかそうな髪は風になびき、運動部で作られた無駄な脂肪のない引き締まった身体や、盛り上がる筋肉は彼を一目見た異性を虜にし、現に購買の『お姉さん』もうっとりと彼に見入ってしまっていた。
 会津一。僕の一個上つまりは三年生。彼をカテゴライズするならばスポーツ系イケメン。彼は安積と同じ陸上部の部長でプリンスオブスプリント、またの名を『矢田和のチーター』と呼ばれている。
 まあ、先輩がイケメンなことは置いておいて、大事なのは先輩が僕のパン購入を終始見ていたことだ。なんかあれですね。自分の個性を覗かれるみたいで恥ずかしいのもあり、逆に自分の個性を見せつけるって考えるとむしろ堂々としているべきじゃないか、などなど悩んでしまう。なんか、露出狂の発想に似てきたな。
「いや、プライベートでは。あとパブリックでもちょっと、ね」
「つまり、お前にはいつ会ってもそんな態度をとれるわけか」
 わあ、ほんとだ。なるほどね、僕はこいつが苦手なのか。新たな気付きをありがとう。
「それで、僕にいったい何のようでしょうか?」
 他人行儀を前面に押し出し僕はとっとと用事を済ませに走る。
「まあ、なに。この前はわさわざすまなかったな。感謝する」
「ああ、そのことですか」
 その話か。
 僕はつい最近ちょっとした工作をしたのだ。こ
「で、どうだったんですか?」
「なんでも、好きな人がいるそうで」
 なるほど。ふられたか。
「で、東和。またあんたにお願いしたいのだが」
「なんですか、面倒なのはお断りさせていただきますけど」
「あいつが惚れている奴というものを探して欲しい」
 聞いてないし。まあ、慣れているのでわざわざ口に出したりはしない。
んでなになに。今度は相手の素性調査ですか。
「はぁ、ですが先輩。そういうのは自分で探すのが筋なのでは?」
「それはわかっているし、俺もそうしたい。しかし部活で大会が近くてな」
「ああ、高体連の県予選ですもんね」
 安積からよく聞かされるから僕も日にちは知っている。いや日にちだけじゃない。全競技のタイムテーブルは諳んじれるはずだ。
「でも、部活を理由にするのはどうも違う気がします」
 そう言った直後僕の中に疑問が湧く。
「先輩。そもそも探してどうするおつもりですか?」
「ああ、それか。気になるか?」
「そりゃまあ」
 答え次第では情報にフィルターを掛けさせていただきます。
「……ははっ」
「いや、答えてくださいよ」
 爽やかな笑顔がとっても素敵、カッコいい、惚れちゃいそう! でもなんだろう、その笑顔とっても怖いです。
 でも、やだなー。断りたいなー。須賀川の案件なんか未着手だし。そもそも、僕そんなお人好しじゃあないんだよね。
「なんだ……ああ、心配するな。メリットはちゃんとだそう」
 いやそうじゃないんだけどな。先輩の『わかってるぜ。お前はそう言う奴だもんな』って顔がすげぇ腹立つ。
 でもいいや。見返りだけでも聞いておこう。……ふふ、自分言うのもなんだけど、僕を満足させるものを提示するのって相当ハードル高いことだからね。正直言っちゃうと会津先輩がそれを出来たとは到底思えな――
「そうだな、俺が受けてきたテストの過去問全教科を――」
「やらせていただきます」
 僕はサムズアップする。グッド、グレート、エクセレントですよ会津先輩。やはりあなたと言う方は僕のニーズをわかっていらっしゃる。数行前のこと? ああ、あれはうそじゃ。
「んじゃ、たのんだぞ」
「へいへい」
 完全に下っ端になっている感が否めないがこれは進級のため。そう仕方ないことなのさっ!
 これで話は終わりだと思っていたが、会津先輩は去らずに、なぜか僕の顔をじーっと見てくる。……あの、言っておきますけど、先輩はそういうのもいけるクチですか? 残念ですが僕はそういう趣味は持ち合わせてないというか、一生女の子だけ好きでいたいなーなんて。
「一応聞くが、東和」
「な、なんでしょう……」
「お前何かこころ辺りはないか?」
「……ははっ、まさか」
 先輩らしくない、じめっと粘着質な声だった。
 僕は笑ってごまかした。
 それしか方法が無かったからで、この言葉で返すことしかできなかった。……あ、そうそう。笑って許されるのは小学生までだそうですね!
「そうか。んじゃ、また」
 別れ際、にかっと笑顔で右手を上げ爽やかに去ってゆく先輩は実に彼らしく、さっきのは全くの嘘のように思えてしまう。
……なんだかなー。
僕は自分の頭を掻きむしった。
「おーい、とーりょー!」
 どん、と背中が叩かれる。振り返ると体操着の安積が立っていた。
「ここで、何してるん……げっ」
どうやら彼女、廊下のずっと遠くで今まさに角を曲がろうとする会津先輩を見つけたらしい。目いいな。
「 何、アレと話したの?」
「アレって……まあ、雑談かな?」
 部長を、陸上部のプリンスをアレ呼ばわりする副部長の将来を恐ろしいと思いつつも、僕はあえて先輩との会話についてははぐらかした。
「ふーん、そう……ってあ! そばめしパンじゃん!センスいいねーもーらいっ!」
 ガサゴソと僕の袋から無理やりお目当てのものをサルベージする安積さん。ちょ、あ、ああ、だめ、強引なのはだめったら、ら、らめーっ!!
「ちょ、ちょっと待って僕取るから……ほれ」
 これ以上袋の中を蹂躙されるのに耐えられなかった僕は大人しく献上する。
「無抵抗かよ。つまんないなー」
むーっと不機嫌になる安積。言っておくが僕にノリの良さを求めるな。
「抵抗も何も、だってもともとそれ、安積にあげる予定だったし」
「え……」
 安積の表情が固まった。
「あ、あれ? 好きじゃなかったっけ、これ」
「……う、うん」
 こくこくと首を振る安積。よかった、間違ってはなかったみたい。
「昼練だったんでしょ? お腹空かせて教室に戻ってくると思ってさ」
「ど、どうも……」
 そう言って両手で大事そうにパンを抱える安積。まあ、金銭的には痛いけど、そんなの昼練が終って、『お腹減った~、あ、これ好きー、もーらいっ』って自分が食べる予定のパンを安積に理不尽に取られるよりはメンタル的にましなんだよね。
「あ、あのさ……」
 視線があっちこっちに泳ぎつつ足元が落ち着かない安積。これは言いにくいことを言いだそうとするときの彼女の癖だ。
「ん?」
「本当は何を喋ってたの?」
 じーっと僕の目をのぞき込む安積。その目に宿る漢字は『疑』……おじさん悲しい。
 でも、嘘が専売特許の僕。そんなことでボロを出しはしない。
「なに~、部長との会話、そんなに知りたいの? あ、なるほどね~」
「ば、バカじゃん? んな訳無いし!」
「もー照れちゃって。『副部長』だから気になるのはわかるけど本当に大したことじゃないよ。ほら、『これ案外いけるから東和もどう?』って話」
 そう言って僕は袋から先ほど買ったいちご大福パンを取り出す。
「あーもう。お昼食べる時間なくなっちゃうじゃんか」
 時計を確認し、教室に向かおうとする僕。しかし、それは制服の袖を引っ張られることで阻止された。
「ねえ、とーりょー……なんで聞かないの?」
「聞くって何をだい?」
「あれのお膳たてしてやったのとーりょーでしょ。わかってるよ」
 とーりょーのやることは全部知ってるんだから、そうつぶやく声は普段の安積からは想像がつかないほど不安が滲んでいた。
「…………」
「ねえ……もうやめてよね。ああゆうことさ。割と傷つくからさ」
 僕は何も言わない。頭の中で先ほどの安積の言葉を反芻していた。
 全部知ってるんだから、か。
 結局のところ、僕はあの日から何か変われたつりでいたのに結局何一つ変われてないんだな――いでっ。
「なんだよ」
「ん」
 明後日の方を見ている安積。その指は僕の後ろに鎮座する自動販売機に向けられていた。
「ジュース、おごり」
 口をとがらせてそう言う彼女に僕は諦めとばかりに大げさに肩を落としてみせる。
「はいはい、何にする?」
 そんな僕の反応に、安積の顔には満足とばかりの笑顔がぱあっと戻る。
「とーりょーが選んで」
「んー、あ、そうそうこれ。五つ星サイダーきな粉棒味とかどう――」
「あぁん?」
「……冗談です」
 怖いよー、乙女の顔じゃないよー……もうなに、僕に選択肢は名目ってことかよ。
「あ、このカルピリおでん味とか、前飲んだ時――」
「死ね」
 ……とまあ、安積となんやかんや言い合いながら、たった一本のジュースを選ぶ。
 五限開始のチャイムはとっくに鳴り終わっていた。(終)

       

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