Neetel Inside ニートノベル
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したためたん
半面素材。感想企画で切腹レビュー

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第二章

 登校した右近は、身も凍る気温とは裏腹に熱いハートの女子達に囲まれた。
校門から上履きのあるロッカーまでがいつもに増して遠い。
兄の玉は薄情にも混乱のとばっちりを避け、さっさと先に行ってしまった。
裏口からこっそり来るべきだったか。
愛想笑いにくたびれて若干へき易としていた。
 一方、数歩分先には、はた迷惑なほど眩しいやたらと二枚目な男がいる。
 男の名前は白鳥ルカ(しらとりるか)。
 おびただしい数の女子達を相手に艶っぽい笑顔を満面に浮かべている。
 若干こまり気味の右近に比べ、その表情はサービス精神旺盛な俳優にも勝る。
 頬に纏わりつく前髪をしっとりと指先でかき上げ、赤い目を潤ませると、こちらへ意味深なさらし目をくれる。
 そしてこれ見よがしに達者な口説き文句を女子達一人ずつに捧げていった。
 彼女達から見れば、ルカの背後からは花びらが豪奢に舞い散り、甘い香りが漂っているのだろう。
 さしずめ花園の王子といったところか。
「白鳥君、これ!」
 女子達の群れの外、髪の長い健康的なスタイルの女子が、ルカに向かってプレゼントを投げた。
「部長さんへの義理――」
「ありがとう白バラ君、堂々と義理なんていう潔癖さ、美しい!」
 颯爽と遠ざかる彼女へ、歌うように声をかける。
 この恥ずかしいまでの二枚目男が彼女を白バラと呼ぶには訳がある。
 中等部一年の頃、白鳥ルカは自ら当時学校にはなかった園芸部を立ち上げた。
花を愛して女も愛する。それがこの男の生き方だ。 
彼女だけでなく、全ての女子に誕生花の愛称をつけ、親しみを込めてよんでいる。
まるで自分の花園に咲く花を愛でるように。
 いつだって花と女にのみ心は優しく開放的だ。
 右近にとってルカのそんな姿勢はただ気持ち悪いばかり。
 この世で唯一嫌いな人間がいるとすれば、この男を除いて他にはない。
だから今、たとえルカがこちらへ手をふっていたとしても、しらじらと通り過ぎるの
は当たりまえだ。
迫りくる女子達から早く逃げ切り校舎に入りたい。
が、煌びやかな茶色い攻撃は失笑するほど終わらない。
ロッカーからはみ出るほどにプレゼントは寿司詰めになっている。
それらをスポーツバッグに慌ただしくしまっていると不意に、
「君みたいな非情な人間と違って、僕は女の子達全ての真心に、この身を尽くして応えつことができる」
 背後から声がした。
それには歌うよだが、どこか皮肉っぽい。間違いなく挑発している。
 寒い朝からより寒くなる台詞。
無表情のまま声の主を見ようともせず、上履きに足を入れた。
「彼女達に嘘を付いて期待ばかりさせているね。意地悪だよ、右近」
「薄っぺらな愛情をヒラヒラ散らしているどっかの花咲爺に言われたくない」
 この男は、いつも自分をからかって楽しんでいる。
単なる忌々しいカビだ。
「彼女達の世界に、男は僕だけでいいのさ」
 ルカは恍惚とした顔で眉尻を垂れさせた。
「そうだ、右近もそろそろ混ざる? 僕の花ぞ……」
 バァン! 
硬質の冷たい衝撃音が周囲にこだまする。
右近は反射的にルカの首根っこを片手で握り、ロッカーに打ち付けていた。
甘ったるい色をした彼の髪を、反対の手で引きちぎれるほどわし掴む。
背筋に本物の寒さを感じていた。
「お前がイトコだなんて僕の遺伝子最大の汚点だ。この宇宙汚染生命体。今度またそんなこと言ってみろ、男でいられる大事なものを切り落としてやる」
 こみ上げる殺意で睨み上げた。
「ぐ、ぐるじ……」
 呻きもがくルカの足下へプレゼントは派手に散らばった。
 周りにいた学生達の視線はおのずと二人に集まる。
「あーあ、汚い。後で消毒しなきゃ」
 右近は無造作にルカ突き放すと、大袈裟に手に息を吹きかけた。
 ルカは手でのど元をかばい、苦い笑顔で右近を見上げる。
「怖いこと……げふっ」
咳き込むイトコを見ようともせず、右近はさっさと教室に向かう。
無慈悲な仕打ちに懲りずケロリと立ち直ったルカは、すぐさまプレゼントを拾い上げ後を追った。
「安心しなよ。高等からはクラスも増えて、君と顔を合わせる数も減るさ」
「お前なんか殺して川へ流すのももったいない。鴨川が汚れる」
 飄々と直ぐ後ろを歩くイトコに、右近は露骨なまでに迷惑そうな空気を放つ。
 それに全く臆することのないルカは真横を歩き始めた。
「おいおい、隣のクラスなんだ。仕方ないだろ。」
 馴れなれしく口元を吊り上げて笑う。
「しかし何でまた、そう頑なに異性を拒むの? 高等部までここってことはまた……」
「お前に関係ない。進級試験に受かったんだ。文句ないだろ。ほっといてくれ」
「学業はともかく、高等部に上がったら、恋人の一人でも作れば。君に出来れば、の話だけど」 
 ルカは前髪の垂れ下がる口元をそっと右近の耳に寄せて楽しそうに言った。
鼻先でクスリと笑い捨てていくイトコを、右近は拳に力を込めて睨み据えた。
教室の窓越しから注がれる女子達の目が気になる。
気を取り直して教室に足を踏み入れた。
 いつも交わすクラスメイトとの挨拶も、毎年この日ばかりは期待できない。女子達からは蒸せるような熱い眼差しを、男子達からは恨めしい視線を受けるばかり。
 席に着こうとすると、やはりここでも襲撃を受けた。
 椅子を引くと机の中から雪崩落ちるきらびやかな包みの数々。床が一変に彩られた。
「は――。ったく」
自分が欲しいのは女のこういった図太さではない。
右近は黄ばみそうなほど濃い溜息を吐いた。

落ちたプレゼント包みの幾つかを、前の席に座る男が拾った。
「モテる男は早速大荷物。今年は中等部最後だから格別多いな。ぜひ、俺もあやかりたい」
 彼こそ右近のありがたい友人、瀧竜太郎(たきりゅうたろう)だ。
「おはよう竜太郎。それ、欲しけりゃあげる」
「え、いいの? ヤリッ!」
軽く薄っぺらい声の主は、伸びざらした短髪の上に包をのっけた。
「神よ、仏よ、男の鏡、右近様よ――」
 両手を組んで意味不明な念仏を窓の東に佇む左大文字山へむけ唱えている。
 スポーツバッグを制圧したプレゼントの残党を、そんな彼の上着へ次々と詰め込む。
「なあ、右近。昨日貸したコレクションどうだった?」
 友人は、ふいに眼を輝かせると自分の席を猛反転させた。
自慢のアイドル説教を怒涛のように開始する。それはいつ終わるとも知れない。
いつものことだが、右近にとっては巨乳ネタ意外耳に入らない。
「割と、良かったかな。まだ半分も見てないけど」
 顔を赤くしていた兄を思い浮かべ、始業のベルに渋々向き直る瀧の背中に囁いた。
「また明日、新しいのをな。イェイ!」
 ありがたい友人は、肩越しに親指を立てて見せる。 
彼の膝上には早速新たな一冊のコレクションが開かれていた。
 
昼休み、右近は人目を避けるようにトイレへ駆けた。
用を足し終え、くたびれた態で障害者用のトイレからでる。
「そう言えば、おまえいつもトイレはあそこだな。なんで?」
 右近の手に余るプレゼントを抱えた瀧はいささか不思議そうにする。
「別に。向こうの方が広くて静かだし、落ち着く」
「男前でもたまに便所で寝てたりするのかねぇ」
 右近は、もちろんと少し笑う。
 二人は教室に戻ろうときびすを返し、大きくつんのめった。
「ラ、ラフレシア!」
「……じゃなくて、藤原さん」
 背の低いポッテリと肉厚な女子が、右近の前に立っていた。
 短い髪はボサボサで妙な艶があり、粉をふいている。曇った眼鏡は膨れぎみの頬に浸食されつつある。
 制服のボタンは今にも弾け飛んでいきそうで、漂う独特の体臭に誰もが不快な顔をする。
 彼女の名前は、藤原咲弥。『ラフレシア』とは白鳥ルカが付けた。
 このすこぶる迷惑な愛称、本人はどやら気に入っているらしい。
 口端にうっすらと笑みを浮かべている。
 彼女は後ろに友人を一人つれていた。綺麗な長い髪に、健康的なスタイルの女子だ。
 藤原は友人が見守る前、短く太い腕を右近に伸ばした。
「……これ」
「ありがとう。今年も貰えるんだね」
右近は渡されたしわくちゃの包みを、中腰になり笑顔で受け取った。
 漂う体臭に顔色を変えないよう努める。
その様子を藤原の友人は意外そうに凝視していた。
 瀧は隣で閉口して悶えながら、涙目で何かを訴えている。
 廊下を行き交う学生達の間からは、恐々とざわめきが聞こえた。
藤原は口元だけでにんまり笑うと、満足そうに見目作りのよい友人と去って行った。
 彼女の友人は、右近達を少し気にする素振りを見せたが、直ぐに向き直って藤原を追う。
 右近の横で瀧は既に酸欠寸前だ。
「ぶあぁ! 死ぬかと思ったぜ。右近、お前よく平気だな」
したたる汗も見苦しく、荒い呼吸を連続している。
「確かに見かけは特殊だけど、悪い人じゃなさそうだし」
「けっ、男前は寛容底なしだねぇ」
「食べてみる? 彼女のチョコ」
「友よ、オレを童貞のまま殺さないでくれ」
 友人の目は真剣そのものだった。
 いっそのこと、そのほうがお前には清らかでいいだろう。
 そう思ったが口にしない。
 廊下を歩きながら冷や汗混じりのルカが、藤原の包みを受け取っている横を通り過ぎた。当然だが右近はその光景を全く気に留めない。
 瀧は哀れな二枚目男に合掌する。
 教室に戻るやいなや彼は右近のチョコレートを頬張る。
「そういやさ、右近は理想の女とかいないわけ? お前なら白鳥みたいに……」
「あんな宇宙汚染生命体と一緒にしないでくれ。忌々しい」
「ホントお前はアイツが嫌いなんだな。面白れ」
 笑う友人をよそに、教室内の女子達を眺め回す。胸が大きめの女子に目を留めて、
「やっぱ、オッパイは天然素材で大きいのがいい」
 ボソリと呟いた。 
「えっ、じゃラフレシアでも? あれも一様チチが――!」
「そうだなぁ。外見はさておき、悪い子じゃなさそうだし……」
 その刹那、百メーター後退る勢いの瀧に右近は高く笑った。
「冗談だよ。例えばの話。それに、そんなの在り得ないって」
「おい、今オレの脈は止まったぞ! それが真実なら、オレは世の摂理を疑うぜ」
 友人が何をどう解釈してくれているのか疑問だった。
「それより竜太郎の自身はどうなんだよ。もっぱら相手は二次元なのか?」
「オレ? よくぞ聞いてくれた相棒。我こそは恋の観音仏、実は現在、ある片思いを救済するために日夜念仏を唱えている。アーメンダブツってな」
「何だよそれ」
 相棒になった覚えはないうえ、救済されるのはむしろお前だろうとも思う。
「早い話、オレは恋のキューピットだ。今に見てろ、お前にはいい女くれてやる」
 瀧はにび色の寒空に今にも窓から昇天し、三秒以内に転落しそうだ。
目は輝きに満ちている。
「近い将来、必ずおまえに幸せをプレゼントするぜ兄弟!」
 今度は家族レベルの扱いにされてしまっていた。
 友人のどこにそんな自信があるのかこの時全く解らなかった。
 昼休み終了のベルが鳴り、放牧状態にあった学生達は各々の教室に戻り始める。
 右近は席につき、制服のポケットから、さっき藤原に貰った包みを取り出した。
 それは彼女が、毎年そうであるように、今年も自分で包装したのだろう。あちこち失敗したと思われる包じわがつきまくり、ねじくれたリボンが辛うじて結ばれていた。
それは無骨さと素雑さを隠さない、彼女の外見そのものであるかのように思えた。
 どことなく愛着らしいものを感じる。
 同時に見えない彼女の内側とはどんなものだろうか、とも想像した。
人は皆、見えない部分はこの包と同じく開いてみるまで解らない。が、その中身に触れた時、それがどんなものでも受け入れられる、そんな心を持っていたいのが右近の理想だった。
だからこそ容易く自分を他人に明かしたくはない。
心を許す相手だからこそ寛容であって欲しいと望むことは贅沢だろうか。
この包を開ける気は暫くない。
右近はそっと机の端に置いてそれ眺めていた。
 前席では相変わらずありがたい自称観音仏がチョコレートをむさぼっている。

帰宅した右近を迎えたのは、黄色い声で我が子の名を連呼する年齢不詳の母親だった。
当然のように強奪されたスポーツバッグに見切りをつけ、右近はリビングへ向かう。
 男ばかりのリビング、今夜は賑やからしい。
 メイドからコーヒーを受け取り、サイドボードに置くと、金魚鉢を覗いた。
「ただいま、ムラサキ」
片手で小さな紫外線ライトを、金魚鉢の底にいる紫色の物体に当てる。
『ムラサキ』と呼ばれた楕円形のそれは水中でチラチラと輝く。
ムラサキは出町柳の鴨川三角州の水中で、右近が小学生の時見つけた生物だ。以来桐王家でペットとして育っている。
右近が水に手を入れ指先で触れると、プルッと揺れた。
「見ぃーてぇー! うーちゃんのバッグの中、凄い」
 母親はチョコレート包みが詰まったスポーツバッグを家族達に自慢している。
その場にいる三人の兄達は歓声を上げた。
しかし父親だけは皮肉めいた視線を寂しく送るのみ。
玉の姿はそこには見あたらない。
右近は空になったコーヒーカップをメイドへ戻して早々にリビングを後にした。
おおかた恋人に貰ったチョコレート片手に自室でゲームか勉強だろう。
ウェストのために少しチョコ摘まんでやろうか。
恋人一筋の兄はきっと、可愛い顔を真っ赤にして真剣に怒るだろう。
右近の腹にくすぐったい感覚がこみ上げる。
やっぱりやめておこう。
 二階のパソコンゲームの音が聞こえるドアをノックしながらゆっくり開く。
「兄さんいい?」
 右近は開けたドアに背をもたれた。
「ヒャあ、右近。おハえり。ロうしたの?」
 確かに年子の兄は勉強していた。
詳しくいうなら、イヤホンで音楽を聴き、ドリル片手にゲームをしつつ特大ゴーフルをくわえていた。
もちろんガールフレンドから貰ったチョコレートの箱も盛大に開封済みだ。
「あ……、いや、長瀬先輩、今日学校来てた?」
 無駄なまでに器用な兄に感心しながら右近は尋ねた。
「それがね、てっきり脚の具合で休んでるのかと思ったら、腹痛だって。何か食べ物にあたったらしいよ。気の毒だね」
腹痛……?
右近は怪訝な顔をした。
「これ、長瀬のメアド。詳しくはあいつに聞いてごらん」
玉の言葉の数秒後、制服の内ポケットで携帯電話が揺れた。
「そうする。ありがとう、兄さん」
 電話の受信内容を確認し、右近は再度胸内にしまう。
「それ、彼女から?」
 デスクに置かれた既に半分以上食い尽くされている超特大アソートメントチョコレートの箱を指差した。
「あ、あはは。そ、そうなんだ。今日昼休みに貰ったんだ。いいでしょ。彼女はやっぱり僕の好みの味、良く解ってるよね。長瀬もいなかったから、一緒にお昼食べて……実は今日部活さぼって、二人で帰りに買い物とお茶してきたんだ。モールに新しく出来たケーキ屋さんがあって……」
 兄の惚気&スイーツ話は長引きそうだ。
「じ、じゃあ勉強がんばって……」 
赤面したり、両手を広げたり、ないに等しい肩を抱いたりする兄に微笑ましく声を掛けると、右近はドアを閉じた。
自分が瀧のアイドル説教を毎日平気で流していられるのは、おそらく兄の無駄話に鍛えられているからだろう。
右近はふとそう思った。

翌日の正午、修学院、長瀬宅があるマンションのロビー。
 ポスト番号一○七を見つめながら首をかしげる凛々しい男前の姿があった。
 

 もうじき後輩が来るはずだ。
嬉しい反面、こんな無様な姿で対峙するのは想定外だ。
 家の魔女どもが下痢止めぐらい買い置きしていれば、こうはならなかった。
 この体では茶の用意一つままならない。
 そもそも茶筒に茶葉を入れているかすら微妙だ。
おおかた開封した安物煎茶を洗濯バサミで止めているくらいだろう。それでさえ賞味期限がいつのものだか。
 湯飲みが茶渋まみれではないだろうか。欠けてはいないだろうか。
 奴等に行き届いた家事の才能を当てにするのは禁物。解っているのがなお悔しい。
 こんな脚でさえなければ自分で何とか……。
 つまらない考えごとをしていた長瀬は、リビングに人の気配を感じた。
いつも部活で見る冷たく人懐っこいに笑顔に安堵する。
脚の故障も腹痛も、まるで治ったように錯覚した。
「こんにちは、長瀬先輩。具合どうですか?」
「実のところ、大丈夫ではない。一昨晩から俺の腹ん中は超加速走行が止まらん」
長瀬は不面目極まりなく青白い顔で呟いた。
「それならご安心を。先生にいい薬を貰いました。二種類を三時間おきに飲んで下さい」
 右近は長瀬の傍らに屈み、コタツの上に薬を置いた。
「すまん、またあの先生に借りが出来た」
 得意気な後輩は今、自分にとって救いの天使だ。
不自由な左脚を抱え、トイレットペーパーを近くのコンビニへ買いに行った。
その後夕食を済ませて以来、トイレと自室を行ったり来たり。
動き辛さと止まるを知らない排便欲求に体力はすっかり消耗していた。 
「そうだ、茶を入れないと……」
「おかまいなく。僕がやりましょう」
 コタツを丸ごと背負って立ちそうな長瀬を制し、右近はすっくと立ち上がった。
「あ、いや、しかし……。そうか、助かる。茶葉は台所の戸棚に、急須はその横……」
 台所の醜態を見られることを躊躇ったが、体力消耗からその場に座る。
 茶を入れる後輩の姿を眺めながら、不謹慎と知りつつ心は妄想舞台を駆けていた。
春の宇治茶畑を右近の手を取りスキップしている。
こうしてまた二人で居られるなら不自由な身体こそ幸運と言うべきか。
 愛しい後輩が入れた茶は、鞍馬に湧き出す名水も及ばない。
 自分の手元に湯飲みが運ばれてきても、ゲイ高校生の妄想茶畑は広大だった。
 右近が長瀬家の湯飲みを手に、「内側の茶色、窯元はどこだ? 何焼きだろう?」などと物珍しく呟いていることなど耳内に入らない。
 まして濃緑の液に不自然なほど枝が浮いていることも吉としか思えなかった。
「何ニヤついてるんですか?」
「あぁ? ははは。何でもない。美味く入ってるぞ。それにしてもこの煎茶、もとから渋い葉なのか?」
「いえ、僕の好みで濃く入れました」
 右近は淡々と言う。
「……」
 長瀬が特にお子様味覚というわけではない。実際に渋すぎるのだ。
後輩に返す言葉なく複雑な面持ちで沈黙した。
「そう言えば、先輩お昼はどうします?」
「どちらかと言えば、怖いので食いたくない。お前は食えばいい。マンションの向かいにコンビニがあるから適当に……」
 再び台所に向かう後輩に言った。
右近が目を留めたコンロの大鍋、実は世にも禍々しいオーラをまとっている。
長瀬家の息子である自分には、それがくっきり見える。しかし家にメイドをかかえるような坊ちゃんには、到底そんなもの見えない。
「なんだ、先輩、ちゃんとここにお母様がおかずを用意……」
 愛しい後輩の細く広い手が、今まさに鍋に触れようとした時、
「駄目だ! 触れるんじゃない、お前も死ぬぞ!」
 長瀬は一喝した。
「何の真似ですかそれ?」
「俺はその忌まわしき大魔女が作りしカレーのためにこうなっている。今はもう、見るも触れるも怖いから放置している」
「放置、ですか……」
 そのカレー、もとは『肉じゃが』だったらしい。(製作日時不明)
それを食した長瀬は、「また大魔女が、コンニャク入りの変な味のカレーを作った」くらいにしか思ってなかった。
 夜型生活の長瀬家、働く母親の手抜き料理など常である。
 不運な彼にはその時他に食べる物が無かったこともあり、空腹から味を気にせず一人前強たいらげた。
それこそが腹痛の原因だった。
 右近から貰っていた飲み物は、その後貴重なライフラインとなる。
「で、その大魔女なるお母様、今日は?」
 後退るかのように、右近は居間に戻った。
「仲の良い客と小魔女どもを連れて温泉。あんな奴ら、居ない方が過ごし易い」
「そんな言い方、お母様達にあんまりだ。一生懸命育ててくれたのに……」
トイレに向かう長瀬は背中でその言葉を受けた。
後輩の目線は居間にある二つの写真に注がれている。
一つは双子の義姉達と母親。もう一つは少年の頃の自分と母親。
父親はどちらにも写っていない。
「息子を将来ホストクラブに売っぱらおうって母親に、大した恩義も無い。それに、俺の女嫌いは母親や姉どもが原因だ。おかげでこのお年頃でも彼女なしで楽しくやってる。いい意味でな」
 用をたしてきた長瀬は、腹を摩りながら言った。
「女は所詮、男を食いもんにして欲を満たすだけの生き物だ。それを考えたら、俺は奴らを悪だとしか思えない。俺のおやじがいないのも、どうせ逃げたか何かだろ」
 女のことになると意図もた易く冷淡になれる。
「その考えが本心で揺ぎ無いのなら、僕は少し残念です」
 この時ばかり後輩の顔には寂しさが見えた気がした。
「なぜだ?」
「だって、先輩といる生活がいつも楽しくありたいですから」
 それは一体、どういう意味だ?
 ゲイ高校生は行き過ぎそうな仮説に、歯止めを掛ける。後輩の惜しそうな表情から反射的に妄想を展開することを避けた。
「お前は俺とは女に対する見方が違う。女を可愛がれる寛容さを持ってる。だったらそれでいい。俺に合わせる必要はない」
男揃って五人兄弟のみなら女に対する理想や夢は絶えないだろう。
女に優しくなれるのは、貴重な宝石扱いをしてしまうほど奴らが珍しいからだ。
輝きばかりに目が行って、それらがただの石ころであることに気づかない。
だが現実は違うことを自分は知っている。
 長瀬は女を知らない無垢な後輩をこれ以上自分の話で汚したくなかった。
「ま、中にはいい女もいるんだろうが、出会ったことないな。そんなの」
 長瀬はもらった薬を口に含み、渋すぎる茶と一息に飲み込んだ。
「僕は、ただ人が好きです。男とか女とか関係なく」
 その言葉はある意味長瀬のような男には危険な響きを匂わせた。
 しかし懸命な解釈としては、
「なんだ、お前バイなのか?」
 冗談と扱っておくべきだろう。
「ち、違います! 変なこと言わないで下さい。そういうのじゃなくって……」
 つっけんどんな長瀬のいい方に、右近は赤くなって怒った。
 怒る後輩もやはり可愛い。
ゲイ高校生は微笑む。
「ちょっと僕は自己表現が歪んでるかもしれないけど、人として普通です」
 右近は湯飲みの茶を一気に飲み干しておかわりを勢いよく注ぐ。
 されるがまま渋い茶をダクダクと注がれた湯飲みに、長瀬は苦い顔を向ける。
前にも増して枝が浮いている。
「自己表現、何だそりゃ?」
「何でもいいでしょ別に。そんなことより先輩、今度ホワイトデーの買い物、付き合ってくれませんか? 何かおごってくれるって約束……」
 女のための用事? ふざけるな! 
と、言いたいところだったが、快諾こそが後輩への特別な愛情の証だ。
長瀬の頷きに右近はほっとした顔をする。
 春休みの楽しみが一つ出来たじゃないか。
その頃には、脚も良くなっているだろう。
ゲイ高校生は、心中小躍りしていた。
 コンビニへは行く気配のない右近は、ジャケットから携帯電話を取り出す。
 『松』だの『竹』だの口にして電話を切った。
 数十分後、長瀬家に見目麗しい螺鈿の黒桶に入った豪華な特上寿司と、割烹弁当が運ばれてきた。それらは一人前では多すぎる。
 慣れた手つきで右近は金色のカードを手渡し、居間のコタツでぱくつき始めた。
 腹を壊して確かに何も食べたくないとはいったが、その光景は長瀬の目に残酷に写る。 何か間違ってないか?
「すいません先輩、朝ご飯食べて無くて」
「お前のそういうところ、可愛いな」
 高価な料理にがっつきながら嬉しそうに微笑む後輩の横で、長瀬は頬杖を突く。
一口すする渋すぎの煎茶に眉をひそめる。
今さらながら、覗いた湯飲みのにはびこる茶渋にげんなりとした。

 快晴の下、柳は川原に青淡く映えているだろう。
眺めて歩くと心地良さそうだ。好きな相手となら尚のこと。
 外出前、泥酔した小魔女どもに絡まれ、一苦労の末家から脱出してきた。
ともあれ後輩と過ごす一日を思えば道々笑みが漏れる。
 二人が学校以外で会うのはこれが初めて。
右近たっての要望で叡山電車に乗るため、わざわざ長瀬が通学に使う駅で待ち合わせた。
黒光る自家用車を背後に遠足気分の後輩へ矛盾を感じつつ切符を買い与える。
後輩は渡された切符で遊んだり、売店で買い物を楽しんだりしていた。
電車内、後輩の坊ちゃんらしい静かな座りっぷりに長瀬は胸をなで下ろす。
ところがその後京阪電車への乗り継ぎの際、右近がどこかで切符を喪失させていたことが出町柳駅で判明した。
「頼むぜ坊ちゃん……」
 先行きが思いやられる。
 ここで追加料金を払うのはやはり長瀬の役目だった。
京阪三条駅から二人は鴨川の三条大橋を渡る。
 橋の下、川辺に座る暑苦しいカップル達に冷めた目線を送りつつ、それでいて自分と後輩を重ねてゲイ高校生は一人妄想に耽っていた。
 やがて歩幅の広い彼等は、直ぐに川原町に至った。
学生達は春の長期休暇中。それもあってか繁華街には人が溢れていた。
人ごみの中、肩を並べて歩く長身の二人はよく目立つ。
くわえて後輩は希少価値高い凛々しい男前。
長瀬は行き交う女達がの右近へのしな垂れた注目を、酸っぱく散らすことに精一杯だった。
長瀬にしてみれば、大事なデートを女達に邪魔されるわけにはいかない。
逆ナン御免といったところだ。
右近は時折小心気味にそんな長瀬をうかがい、心配そうな顔をする。
しかし長瀬の鋭い目線の先に、自分達を見ている女達の存在に気づくと苦笑した。
「人類半分女ですよ……」
 その呟きは長瀬の耳には届いてない。
「脚の調子、もう随分いいみたいですね。検査ではどうでした?」
 川原町通りと新京極通りの店を適当にぶらついた後、右近が長瀬にたずねる。
「ああ、問題ない。来週からストレッチをしてもいいって許可が出た。とりあえず一安心ってとこだ」
あれから一ヶ月、おかげさまで脚も順調に回復した。
この日をどれほど待ち侘びていたことか。
実際昨晩は浮かれすぎて、床についても眠れなかった。
喜びのあまり、布団の中で恋熱を帯びる頭は、すっかり枕を煮しめていた。
「お前には何やかんやと世話になったな。今日はしっかりおごらせてもらう」
 とは言ったものの、庶民先輩として坊ちゃん後輩の金銭感覚が気にかかる。
 この男なら中学生身分など省みず、先斗町あたりの高い店へふらりと行きかねない。 
あたりの飲食店を嬉しそうに物色する右近へ長瀬は切ない目をやった。
「そうさな、庶民先輩としては、せいぜい缶ジュース三十本プラス、寸志のみやげくらいにしてくれ、坊ちゃん。例えば……」
「おでん! おでんがいいです僕」
 長瀬の言葉を聞いていたのかいないのか、右近は青濃い眼に輝きを湛えて叫んだ。
「いつも学校で皆が食べてるアレ。バケツみたいなのに入った。どこで買ってるんです? 皆知ってるからきっと有名なお店で美味しいんでしょう」
両手でバケツの形を作る後輩に、やはりかける言葉がない。
この凛々しい眉目の坊ちゃんは、何かを誤解している。
長瀬は一抹の嘆きを覚えた。
「確かに有名ではあるが、美味しい店かといえば……、お前ん家のコックが作るおでんのほうが俺はよっぽど美味いと思うぞ」
 長瀬は空に眼を向け、栗色の短髪をぐじゃぐじゃかき回した。
後輩はそうなんですか? と悲しいくらい以外な顔をする。
愛しい後輩の金銭感覚がズレていることに、庶民先輩の自分は追いつけない。可愛さはさて置き、忌々しく思えるほどの羨ましさだ。
 同性愛の叶わぬ思い以前に、家庭経済格差や育ちの違いが先行する。
 長瀬はおでんへ異常な執着を示す後輩を何とか説得し、昼は別のものを提案した。
「帰りのみやげにそいつを授けてやる。それでいいだろ?」
「もちろん。では、家でおやつに食べます」
 おやつ……。 
上機嫌な後輩を前に溜息ばかりだ。
二人がランチを食べたカフェから右近の行く高級洋菓子店は近かった。
そこでプレゼントも早く決まり終え、包装と会計を待っている間、後輩は熱心にある女子店員を目で追っていた。
 正確にはある女子店員のやや大きい胸を観察していたといったほうがいい。
 お前が男前でなければただの変質者だぞ、おい。
俄然そっちに神経が行く悲しき性の後輩へ、長瀬は嘆かわしい視線を長瀬は送る。
と、その時、
「だ――れかと思えば、右近じゃないか。珍しく外で男と一緒だから驚いたよ。そちらの方、どういう人? 紹介してよ」
 ねっとりと歌うような声にはどこか意地悪さを感じる。
頬に纏わり付く前髪を指先で遊ばせながら、やたらと二枚目な男が馴れ馴れしく近づいて来た。
 男は優雅な足取りで後輩へ身を寄せると、手の内から出した小さく白い花を目前でちらつかせた。
「……カ、今日はどこの汚染惑星から」
 右近は目元を曇らせ、怒りに身体をうち震わせ始める。
「近い将来君にこの花をプレゼントできるのかな?」
 長瀬へ小生意気な目線を送った白鳥ルカは口元をほころばせる。
 右近は堅く握った拳をイトコに向けて飛ばす。
それをルカは軽く身を翻して避けた。
「花なら自分の取り巻きに渡せ」
 ルカがジャケットの胸ポケットへ刺していったスノーフレイクの花を、右近は揉みくちゃ塵々にして散らした。
「推察するに、君も女の子達へのプレゼントの調達だね。本当に罪なお人だ。そうやって
この先、どれだけ彼女達を……、おっと失言」
「うるさい下衆。さっさと失せろ。宇宙汚染生命体め」
 鼻歌も楽しげなルカへ右近は拳を次々と繰り出す。
 長瀬はそのやり取りがさっぱり飲み込めず唖然と二人を眺めていた。
 この男何者だ? 一体後輩とどういう関係が。
甘ったるい髪色、赤い不敵な眼、艶っぽい肌。明らかに女受けする顔立ち。
こんな二枚目男今まで知らなかった。
かといってこの男が自分の好みのタイプかといえば違う。
後輩が口にする男への罵声、怒声の意味は?
育ちが良い人間でも、汚い言葉を一様は知っているらしい。
後輩の意外な一面を見た気がする。
ふと長瀬は店員達の冷たい視線を痛いほど感じた。妙な汗をかきながら頭に手をやる。
もはや周囲が見えない後輩をどうにかしなくては。
右近は突如ルカの首を掴んだかと思うと、グルグルと彼を振り回し始めた。
「お前はいつも目障りなんだよ。僕のそばでネチネチネチネチと邪魔ばかり。水をさすのは花だけにしろ! 大体このいやらしい髪色、校則違反……」
「桐王、もうそのへんにしとけ」
 主人を助けようとしないルカの使用人をよそに、長瀬はルカの髪を引っ掴む後輩の脇を背後から固めた。
「あ、先輩……」
 右近は我に帰る。
「そうだよ右近。酷いな、僕と君の仲なのに。それにおよそで乱暴はお行儀悪いよ」
 優雅な二枚目男は渦巻く赤い瞳をもてあまし、洋菓子のショーケースに手を突いく。
乱れた髪を手櫛で整えと、せわしくまばたきをして正常な視力を取り戻した。
後輩を見てねっとりと笑みを浮かべる。
「先輩、こいつと同じ空間にいると気分が悪い。あとの会計はお願いします」
 長瀬は胸に痛いほど財布を殴りつけられた。
「お、おい、桐王!」
 引き止めるも聞かず、どす暗い顔の後輩はさっさと店から出て行く。
 長瀬は店員達に気まずく作り笑った。
「部活の先輩でしたか。僕は右近のイトコで、白鳥ルカです。お見知りおきを」
ルカは笑顔で一礼した。
その顔は親睦的だが、目にはどこか反目の色を長瀬は感じた。
「長瀬仁だ。身内の割りに、随分嫌われてるな。初めて見た、あいつのあんな形相」
「それがまた可愛いところです。僕には昔からああですから」
右近が出て行った方を向くルカの眼差しは物憂げだった。
『可愛い』その単語に疑問しつつ、妙にしっくりとくる同調感を覚える。
が、会って間もないこの男に何か突っ込んだ話をして、変な勘繰りをされたくもない。
長瀬はあえて何も口にせず黙った。
「ま、せいぜい右近を大事にしてやって下さい、長瀬先輩。では」
 二枚目男の笑顔は邪気をはらんでいた。
しなやかにきびすを返すと、また優雅な足取りで去っていく。
その背後には、両手一杯の荷物をかかえた使用人が続く。
ぼう然と見送った長瀬は店員に声をかけられ支払いを済ませた。
金色のカードを恐れ多く薄い財布にしまうと荷物を受け取る。
あたふたと店から出て後輩を見つけた。
「お、お前、カード一回払い……、七万って……」
 愕然とした顔で財布を右近に返して噛みつきかけた。
ところがあからさまに不機嫌そうな長瀬の後輩は黙り込んでいる。
苛立ちから足先でコツコツと地を踏んでいる。
さてどうしたものか……。
長瀬は暫く途方にくれた。
白鳥ルカという男はこの愛しい坊ちゃん後輩にとって、何か訳有りの厄介者。
 それだけは理解できた。

 毎週土曜日、桐王家に使用人達はいない。彼等の休日である。
よって一家の母親なる者は、夕食を用意しなくてはいけない。と、いうわけでもなく夜は宅配料理を電話で問い合わせていた。もっぱら作る気はないらしい。
 すると、どこからともなく芳しい和風出汁の香りが漂ってきた。
見ればダイニングで凛々しい顔の末子が、目を細め、嬉しそうにコンビニおでんをつついている。
母親は困った顔をした。
 おでんバケツは、右近が手にしている意外、卓上に三つあった。
 金魚鉢のムラサキを覗いていた三男が匂いを嗅ぎつけ、ハゲタカの様に両手を広げるとリビングから小走りにやって来る。物欲しそうにテーブルの周りを旋回し始めた。
 危機を察した右近は両腕でおでんを抱え込む。
 その時、リビングのコーヒーテーブルにある携帯電話がなった。
着信音から察するに……、
右近は立ち上がった。
――右近の――
買い物レシートに手近のペンで殴り書き、おでんの蓋に置く。
電話に出ると、軽薄で明るい声が耳元いっぱいに広がった。
「竜太郎……」
 グラビアアイドル雑誌に始まり、深夜枠のラジオ、テレビ番組ネタ、漫画、ゲーム等々の話が延々と続く。
 右近には解らない話ばかりだ。が、やはり巨乳ネタには傾聴を忘れない。
 メモ書きを見たのか否か、頬を大きく膨らました三男がダイニングを後にして行った。その姿を右近は目で追いながら、竜太郎のしがない話に耳をやった。同時にサイドボード上のムラサキに目をやる。
こいつに電話の相手をさせようか……。
ささやかな邪心が沸く。そっと金魚蜂の脇に電話を置いて暫く放置してみた。
 この男のモテない原因、それは大方この喋りすぎにあるのではないか。
あとは、もう少し適当な性格をどうにかすれば……。
 そう思った次の瞬間、
「――ああ、やっぱ駄目だ」
 再び電話を握った右近は残念そうに呟いた。
この男が持つ趣味嗜好、普通の健全女子は敬遠するだろう。
『えっ、何が駄目、なんか予定でもあるのか? 右近?』
「いいや、なんでもない。こっちの話」
 瀧の話は本題に入っていたらしい。聞いてなかった。
右近は詳しい内容をつかみとろうと試みた。適当に話を合わせて探る。答えは直ぐに見つかった。どうやら、議題は『女子と遊ぼう計画』であった。
この友人の考えそうな企画だ。
 残りわずかな中学生身分、清く正しく美しく最後の春休みを楽しもう、ということらしい。
 考えていることと、やろうとすることに矛盾を感じない。典型的な幸せ男だ。
「来週……、かまわないよ。他にメンバーは? 女の子って……」
右近は大して気を弾ませるわけでもなく、友人の誘いに乗った。
 コーヒーテーブルにある卓上カレンダーに目をやり日付を確認する。
『メンツは三対三。女は、立川(たちかわ)とその先輩さん。もう一人は適当に決めとくっつってた。立川の顔ぐらいなら、お前も知ってると思うけど……』
 ありがたい友人は女子二人の特徴を彼なりの主観で詳しく説明してくれた。
 しかし右近の耳に残ったのは精々バストサイズくらいだった。加えて所詮、この男が目算するサイズなど博士と称される自分にしてみれば全く甘い。
「立川……知らないなぁ」
 聞き覚えのない苗字だった。右近が日頃密かに把握している『中等部ボイン女子上位五人』の中にも入ってない。瀧の誘いが若干つまらない。
『なに? もしもし―右近―、どした―』
「いいや、なんでもない。男は竜太郎、僕と……?」
 薄っぺらな呼びかけに少し間を置いてたずねた。
 聞くところによると、友人はもう一人誰か誘うつもりだったらしい。しかしその候補者が見つからず、右近にもう一人都合してくれるようとのことだった。
「そっかぁ。了解、とりあえず考えとくよ。じゃあな」
 友人との会話はいつも一方的なスコールだ。
 右近は疲れた顔で携帯電話を切った。
 ダイニングに戻ると入念におでんへ名札を張りなおす。
得意気に顎をなでた。その時――、
ザラリ。
指先に感じる肌の感触に底知れない不安がよる。
右近は顔面を覆い風呂場へ急いだ。

       

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Neetsha