血飛沫しぶきが舞う。
 鼻の骨が折れた。
 骨ばった右拳が少年の肢体を抉る度に、世の末のような痛みが少年を襲った。
 なんだ、このホームレスは。ガリガリのくせして、すごい力だ。
 薄れゆく意識の中で後藤輝幸は思う。
 俺は、このまま死ぬんだろうか。どうしてこんなことになったんだろう。俺、なんにも悪いこと、してないのになあ……。
 下腹部を強烈に蹴り上げられて、霞のかかった頭が白く晴れる。朝食に食べた残り物のカレーラスが、面影を捨てた嘔吐物となって地面の砂利を塗り上げる。
 逃げたい。
 己の嘔吐物の上にうつぶせになった後藤輝幸は、それだけを幾度も幾度も唱えた。だが、身体が動かない。起き上がろうと腕を地面に突っ張ろうにも、あるいは泳ぐように両腕で地面を這おうにも、身体が微塵も動かない。全身に走る骨折の痛みは後藤輝幸の選択肢を極限まで狭めていた。
 誰か、助けてくれ。誰でも良い。頼む。
 全体重を掛けた男が飛ぶようにして後藤輝幸の右脚を踏みつけると、また骨の折れる音が響き渡った。そこは既に、一度折れていた箇所だった。
 ああ……、もう、サッカーできないのかなあ……。
 激痛以外の感覚を持たなくなった後藤輝幸はその場で叫び声を上げた気になっていた。もっともそれは口を塞ぐガムテープに掻き消され、あるいはもしガムテープが無かったとしても、身体の芯に走る激痛の所為で声などほとんど上げられなかっただろう。声にならない絶叫を上げ、後藤輝幸はここにきてようやく、すぐ傍までやってきた「死」を現実のものとして捉え始めていた。
 もういっそ、殺してくれ。
 光が飛ぶ。真っ白に、世界がきらめく。電子音のようなものが大音量で鳴り続けている。意識が消える。俺が、霧散する。後藤輝幸が、弾け飛ぶ。
 ああ、死ぬ、死ぬ。今、死ぬ。今死ぬぞ、今。
「賭けを、しようか」
 後藤輝幸の背中に足を置き、男は言った。
 ――不覚にも、その言葉を口にする男の姿は、あの時の丸子と重なっていた。
「心配しなくても、殺しはしねえよ。だが、これから俺はお前の背骨を折る」
 地面にうつ伏せたままの後藤輝幸は、何も反応しなかった。
「下半身不随になるか、否か。それは俺の預かり知らんところだ。“依頼人”が言うから最善を尽くすが、これ以上は死なれても困るんでな。自分の運に賭けてみろ。賭けに勝てば、いつかはまた元気な身体に戻れるさ」
 後藤輝幸が男の言葉をどこまで理解していたか、それは定かではない。
 しかし反応があろうとなかろうと、いずれにしろ男のすることは変わらない。男は後藤輝幸の腰の少し上あたりに照準を定め、ゆっくりと脚を振り上げた。
 何度目かの後に骨の折れる音がして、男は後藤輝幸を放置し闇の中へと消えて行った。
 後藤輝幸の意識もまたゆっくりと薄らいでいき、やがて、闇へと溶ける。
 一部始終を草葉の陰から眺めていた花見は、精液にまみれたトランクスをどうするべきか考えていた。
 いつもの自慰や性交とはまた一味違う、格別の射精だった。