Neetel Inside 文芸新都
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 五月二日(土曜日)、河川敷で倒れている男子児童が発見される。被害者は全身を骨折するなど意識不明の重体で、家族の捜索願いにより私立港北小学校の生徒と判明。近辺では先週土曜日にも同校の児童が襲われる事件があり、警察は同一人物による犯行の可能性もあるとして捜査を――。
 五月九日(土曜日)、またも同様の事件が発生する。被害者はまたも意識不明の重体で、未だ予断を許さない状態が続く。三週続けて同様の事件が発生したことで警察は同一人物による犯行の可能性が極めて高いとするも、一方で、事件を未然に防ぐことができなかった学校側や警察の警備体制に疑問が上がっている。

 少年は、一人、また一人と倒れてゆくクラスメイト達に想いを馳せながら、大学病院の前に立っていた。風に煽られて前髪がなびく。長袖から覗く華奢な指先。同年代の男子と比べても頭一つ低い小柄な身体。少年は、いわゆる“ガキ大将”の地位に立つ人間だった。
 ただし、通常イメージされるそれとは一線を画している。他人の頭を抑えつけるような暴力を備えているわけではない。前に立ち衆目を一身に浴びるわけでもない。人の森に隠れながらひっそりと毒針を首筋に討つ、そんな人間だった。花見イジメに対しても、少年が主犯格だと考えている人間は誰一人としていない。イジメっ子達といる間はありとあらゆるイジメの手法を提案し、その場にいない花見を面白おかしくなじってみせる。しかし、決して自分では手を下さない。いや、正確には、“返り血を浴びるような行為はしない”と言った方が適切か。少年が加担するのは、たとえば靴を隠したり、机を壊したり、体操服を和式便器の中へ沈めたりと、足のつかないイジメに限った。決して花見の首筋に腕を回したりはしない。冗談半分に脇腹を小突きもしない。そもそも、直接関わりを持った記憶すら花見にはないだろう。そうして自身は陰に潜み、後藤輝幸のようにイジメに消極的な者を“直接的なイジメ”に加担させる。たった一言「池の中を見てみろよ」と言付けさせただけだったが、思惑通り、花見の怨恨は少年ではなく後藤輝幸を想って燃えた。
 良く言えば周到、悪く言えば姑息で狡猾。だが現にこうして少年が花見の復讐の炎を避け続けているのは、その徹底したリスク管理の賜物たまものと言えた。
 ――エレベーターで階を上がり、教わった病室を目指す。廊下の端の四〇五号室は、他ならぬ後藤輝幸が横たわる部屋だった。
「具合はどうだ、輝幸」
 少年が声を発する前から、後藤輝幸は来訪者の存在に気が付いていた。しかし全身は固定され、寝返りはおろか、窓の外に向けられたままの首を反転させることすら自力ではままならぬようだった。
「やめろ、無理するな」
 ゆっくりと首を捻ろうとする後藤輝幸を制し、回り込むようにして少年は視線の先に腰を下ろした。
「どうだ? 身体は」
「見れば、分かる、だろう?」
 ゆっくりと、いちいち深く呼吸をつきながら、命を絞るようにして言葉がつむがれる。すまん、と少年はバツが悪そうに目線を逸らした。
 全身を拘束する大仰な器具が、刻まれたくさびの深さを明確に物語る。少年も「まさか」とは思っていたが、やはり、少なくとも花見が実行犯というわけではなさそうだ。たとえ両手に金属バットを握ったって、奴ではここまでは出来ないはずだ、と後藤輝幸の全身を見ながら値踏みする。
「……真一がやられたよ。正太郎も」
 少し静寂の続いた病室で、少年は重厚な間をたっぷりと湛えながらそのことを伝えた。はっきりとしたリアクションを起こすことはなかったが、後藤輝幸の瞳にはたっぷりの同情と、そして一握りの憤怒の炎が灯ったように見えた。
 

       

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