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 途方もないような時間が、過ぎた気がした。
 実際には小一時間ほどしか経っていないその流れの中で、花見は、人生の全てを経験しているかのような気分になっていた。
 少なくとも、己の人生にこれ以上の経験は訪れないだろうと思っている。
 小学六年生の膣はこれでもかと花見の陰茎を締め付け、大量の精液を搾り取ろうとする。初めはそれほどとは思わなかった情事だが、回を重ねるごとに花見の快感は増していった。どこをどうすれば丸子がどんな嬌声を上げるのか、色々試す余裕も出てきた。
 舐めてみたり、つまんでみたり、穿ほじくってみたり。
 そして新しい世界が開けるたび、同時に、丸子に対する愛しさが募る。もっと、一緒にいたい。もっと、ずっとだ。同じ中学に通い、一つの時間を共有し、別に高校になんて通わなくても構わない、二人で寄り添って生きてみたい。どこかしがらみの無い優しい土地で、協力しながら暮らしてみたい。それは口で言うほど楽な道ではないだろう、だが、この人となら。どんな困難も苦にはならない気がした。根拠のない全能感に身を委ね、妄想で頭を満たすのはたとえようもなく心地が良かった。妄想の中で、花見と丸子は、どこか美しい草原で仰向けになっていた。太陽の光を身一杯に感じ、陽が落ちるまで何時間でも語っている。二人とも、満面の笑みを浮かべている。
 ――たまらなく、愛しい。
 花見は両手をついて体を起こすと、丸子の顔を眼下に置いて、言った。
「死ぬなよ」
 自分でも意外なくらい、その言葉はスムーズに、力強く発せられた。
「自殺なんて、するなよ。せっかく……せっかく、楽しくなってきたんじゃないか。お前がいないと、俺、いやだ。父さんなら、俺がぜったい殺すから」
 丸子は何も言わなかった。
「賭けはやめだ。もし赤ちゃんができたって、そんなの墜ろして、二人で生きよう」
「いまさら何を言うの? それって、きっと、口で言うほど簡単じゃないよ。この年で子供墜ろす手術受けるなんて、一体周りに何を言われるか。それを想像しただけでも、自殺したくなってくるし」
「そんなの、気にするなよ」花見は撥ね退けた。「それに子供墜ろせば、お前だって念願の“人”デビューできるじゃん」
「私は別に、念願じゃないんだけどな」丸子はくすりと笑った。「それにその理屈でいくと、妊娠したまま自殺するのも人殺しになるんじゃない?」
 花見は少し間を置いた。
「それは、無理心中とか、集団自殺とか……」
「無理心中は人殺しだよ」
 花見は言葉を詰まらせ、小さく「そっか」と呟いた。
「でも……、そうね」
 花見の顔の向こう側に夕焼けを据えて、丸子はぽつりと口を開いた。
「あなたとなら、そんな人生も楽しそうだったなあ」
「過去形は、やめろ」
 花見が少し強い語調で言葉を切る。
「ほら、ちゃんと腰を動かして。約束の三回目よ。それとも、今ここから飛び降りる?」
 逡巡ののち。言われるがまま、花見は腰を振った。
 陰茎に多少の痛みを覚えつつも、やがて、この日三度目の射精は滞りなく膣内で行われた。


 ――それから、数ヶ月が経った。
 宣言通り、卒業式を待たずして丸子は学校から消えた。
 花見の説得にも最後まで首を縦に振ることはなく、あっけなく、いなくなった。たった一言の、別れの挨拶もなく。
 本人の意向で彼女の行き先はクラスにも知られなかったらしいが、いずれにしろ、そこに興味を示すようなクラスメイトも丸子にはいないだろう。
 丸子が学校からいなくなった日の朝、花見の下駄箱にはコンビニのビニール袋が入れられていた。
 中には、妊娠検査薬の空き箱。
 そして更にその中に、鍵。
「私がいなくなって、屋上に入れなくなったら困るでしょ?」
 どこか得意気にそんなことを言う丸子の顔が、花見には容易に想像できた。
 花見は屋上に上がると、ぼんやり福岡の方角を見上げた。
 向こうの空に丸子を浮かべて、花見は、泣いた。
 人生で初めて味わう、惜しまれる別れ。