Neetel Inside ベータマガジン
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「彼女のクオリア」   東京ニトロ 作
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=16933

今回の感想企画で更新された作品中、三作品の完結作がありました。そのうち一作がこちらの作品です。ニノベで連載されていたSF作品の中で群を抜いて人気のある秀作ではないでしょうか。この作品は連載後しばらくしてから追って読んでいましたがその完成度にひたすら感服するばかりでした。こちらの作家さんは漫画も執筆されます。独特無二なその画風には多くの人の心を掴む吸引力があるのもまた事実。そんな作風を小説でもあますところなく見せてくれました。しかしなぜか執筆した作品を片っ端から登録削除していく動向には、「ちがーう」パリーンッ! を繰り返す陶芸大家の気配すら感じさせます。(ツイートのほうでは実際は悲しみに暮れているもようでした)小説と漫画、ともにニトロ先生の執筆の彼方に見えるものいったい何なのでしょう。それもまた作家自身の深い感覚の渦に芽生える現象の一つ。星の瞬きに似たものなのでしょうか……。



■各話ごとの感想

第1話  アイスクリーム・ケース
人口衛星ボイジャー1号の通信報道。
東京足立区に住む足立区立第四中学2年の少年四人(君津、幸田、森田、伊藤)によるたちの悪い悪戯から物語は始まる。
主人公・君津裕也は完全不良になりきれない青い分別を持つ少年。彼は友人・幸田の父が経営する小売店(コンビニかな?)の冷凍ケースに潜り込む。その後君津は奇妙な現象に襲われる。
冒頭出てくるNASAの通信報道。物語にどう絡まるのでしょう。ここでは特別目立った動きの無い衛星との関係に興味がわきます。少年たちの悪戯と全く脈が感じられない。それは彼らにとって全く繋がることのない出来事、はるか彼方の遠い宇宙の出来事。交わりそうにない距離感をまざまざと見せつけているように感じられました。

第2話 偏頭痛
ボイジャー1号の音信途絶える→不具合に(おそらく断定)。
君津を含む少年4人にはやはりまだボイジャーのことはまだ遠い存在でしかないように感じます。
足立区に住む少年たちの何気ない通学風景にはなかなかの味わいがあると感じました。この町の人々が抱える闇は深い……。朝の風景、ですよねこれw
君津たちのクラスに現われる女子転校生。君津の意識描写に引き込まれました。

第3話  M.R.I.
ボイジャーの動き、不具合や挙動が少し具体的になってきます。しかし君津たちには絡んでこない。
君津にとっていわくつきの女子転校生。彼女は何者なんでしょう。君津は記憶を遡る。甦るのは悲しくも切ない真実なんだろうか? 確かに正しい事実だったのだろうか? 謎です。
人の記憶とはいったいどこまでが真実なのか。それを考える発端がそこに書かれていました。
パラレルワールドみたいな匂いを感じる作品だ。そうなのか。…ん? そう思い始めたのがこの回でした。

第4話  スーパーノヴァ
銀河系内、宇宙観測史上稀にみる星の爆発がBBC科学報道で議題となる。
星の爆発と聞くと妙に嬉しくなる。宇宙の変化で分かり易い事例だから。見えるかなと思ってしまう。宇宙が妙に自分に近いように思える。ここでの科学報道(配信)で宇宙と地上が近くなった気がしました。つまり君津にも空が少し近づく感じがしました。
君津の友人・幸田の身に起きた事実。君津は自分の記憶に確かな喪失があることを自覚する。
学校の屋上で君津は転校生の彼女から謎かけのような台詞を投げられる。作家の文遊びが色を増してきます。
後藤先生出てきた。

第5話 スリットの向こう
世界各地で起こる地震の報道が気になります。天変地異でも起こるのでしょうか。
君津自身にも地震で目を覚まします。自分たちにどんな影響があるか定かではない。しかし妙な異変は感じる。君津の友人・森田はボイジャーが二つあることに嬉々としてそれらの衝突を待っています。
作中に登場する様々な宇宙。すべては一つに収束するのでしょうか。執着点はどこだろう。君津が始めたことって何だろう。
物語タイトルの「クオリア」について詳しく触れられている下りがあります。それらの内容も含めて興味深い。
ここで登場する外科医の先生は、職務外とか言いながら親切に君津に色々語ってくれます。好感度高い。良いお医者さんだ。でも職務外とかあんまり気にしなくていいのにね。

第6話 Everything Everything
二つのボイジャーの存在否定がNASAの公式発表としてあります。ほほう、これいかに?        
君津は自分の世界の認識についての疑問を解くためにインターネットでの質問サイトを利用します。彼が出した質問に対する反応が面白い。これだから質問掲示板や質問サイトはwww
ここで出てきた「併存」という言葉。これに私はとても心地よい感覚を覚えました。この言葉が君津の認識している世界の本筋を強く物語っているように思えます。
ヤングの実験、この部分も面白かった。シュレディンガーの猫はあまりにも有名。ですがこういうのをためらいなく織り交ぜて面白く物語を作っていく素直さに好感を覚えました。君津の思考をこじ開け、それを追っているような気分にさせられます。
質問サイトで出会ったKeiという女性。彼女は君津にこれからの彼の指標になるようなことを話します。
君津はこの先の観測者になる可能性があるという事なのか……? うん。面白いこの物語。

第7話 臨界
世界各地で起こっている自然災害による爪痕が物語を終盤に引き込んでいきます。
君津は母親の勤め先(病院)に向かう途中死んだ友人・幸田の父親に出会う。
日本の男性はどうしてこうも「務める」「勤める」に弱いのでしょう。これはもう好きと勘違いされても仕方ない。だっておそらくそれは悲しい国民性なのだから。そこから離れてしまった私にはやや遠い信念にさえ感じてしまう。もっと楽に社会を作れないものなんでしょうかね。
君津が向かった先、母の働く病院は誰もいないもぬけの殻でした。
早く早くと急かされる。君津の背を押す気持ちが、彼緊張感が、突如彼の目線でプツリと断たれます。

第8話 生きてるものはないのか
ただのDQNかと思っていた君津の友人・伊藤が神経伝達物質とか単純な化学反応とかちょっと難しいこと口にしてくれていて少し安心しました。いくらゾンビでもね……。
彼女のクオリアに繋がったKei。分かってはいたけど事実を口にされると切なかったです。

第9話 彼女のクオリア
Keiと君津の間に流れる時間はとても短く儚い。でも美しく静かに書かれていました。会話の向こうの小さな環境音(火のはぜる音、倒壊家屋の瓦礫が転がる音とか)が聞こえてきそうです。
小5で終わった彼女に胸が痛めた。

第10話 ブランドフィナーレ
最終話の受け止め方、これは読んだ人により色んな形があっていいと思いました。この作品ではむしろそれがとても自然で、最後に来るまでの段階にその布石を見せていたと思います。
あの時自分の時間を繋いだ彼女。電車を止めた誰か。固い意思ができたぼく。地球から遠ざかって行くボイジャー。
ここで一番思う胸に浮かぶ人物はおそらく「あそこ」という曖昧なところにいる。
私が感じたのはそんな感覚でした。おそらくこれでいいのではないかと……



■現象は観測されて初めてその所在を得る。ならば君津という俺が見ている世界はなに?
各話ごとに記されている宇宙観測報道や自然災害報道が回をおうごとに少しずつ深みを増していきます。それは物語の登場人物の日常には全く遠い出来事。しかしこれらは宇宙で起こる現象の一つとして彼らの営みと並行して起こっている。彼らの身に起こること、世界で起こること、宇宙でおこること、それらの現象に大や小の差は特にない。完成された作品から見えてくるのは渦のようなもうでした。
核がありその周りに渦をまく小さな現象や大きな現象が次第に収束していく様を読まされているような気持ちになります。別に銀河系が書いてあるわけではないんですよ。不思議ですね。
物語の構成にも作家の確かな力量がうかがえます。大きな筋書きの中に、少しずつ最後までの情報を小出しにしていき、徐々に全体像を見せてくれている。読者を置いていかない独自のエスコートが心地よい。SF作品でありながら、いわゆるSF=小難しいみたいな匂いは感じられませんでした。とてもよくまとめられていたと思いました。
作中で用いられる文章表現もところどころ一風変わった書き方をされていました。具体例あげるとモブキャラ台詞「」なし。会話文「」なし。読点切り後の改行などでしょうか。個人的にとても心地よかったです。意外性を感じる読み手もおられるかと思います。心理描写ではなく意識描写のほうへ読む側の意識がスッと向かう感じがしました。感嘆です。
他、文章のリズム。ここぞという場面で短文が三連されている表現も気持ちよかったです。漫画でいえば枠線で1ページをシャープに3コマに割られている感覚にちかい。
以前顎男先生の作品「稲妻の嘘」で文末「た。」「だった。」「る。」だったけ? を美しいと絶賛していましたが、本作においても短文三連用はよい参考文になると思います。
面白かった。本当に。
完結、誠におめでとうございました! そしてお疲れ様でした!
また新作を執筆されるのでしたら楽しみにさせてもらいます。(しないって言ってたけど)



■作中特に印象深かった箇所

・頭痛が爆発する。ジェット機の音が聞こえなくなる。視界が白くなる。
前述した短文三連の表現です。リズムと息継ぎの感じが心地よい。感覚表現としても鮮明。
・俺は正月の伊達巻を思い出した。
共感するこの例え。MRIは馴染の仲ですw
・「わかるよ」森田が言った。「俺はお前が言いたいことわかるよ」
初回読了後はあまりピンとこなかったけど、読み返したらああと納得した。勝つという意味も。
・あなたの観測や認識があってはじめてそこに世界が生まれる。
宗教家っぽいけど納得はできる。その観測や認識も感覚(見る、聞く、触れるなどの感覚)なくしては測りえないものだとも思う。
・ブレーキパッドが車輪を擦る金属音。規則正しいインバーター音。
無機質な材料系の音が切ない情感を誘う。良い!
・「何億ものビー玉」
良い例え。
・オンラインの天国で不死を謳歌する方がより21世紀らしいでしょ?
情報として残るのであれば確かにそれは恒久のものとなる。けどそれはやはり死と同じではと思うのは私だけだろうか。謳歌するのであればいずれはそのオンラインの中ですら亡くなる前提があるほうがより楽しめる気がするのは私だけだろうか。輝くのではないだろうか。
・次元が違うから怒ったって仕方がない、そうだろう?
何を女子みたいなことを言っている伊藤。
・哲学的ゾンビ
この作品を通じて知ったとても面白い言葉です。(SFジャンル論で多用される専門知識は薄い現状)

もう一つ作中終盤にあった一文でとても印象的だった文がありましたがそれは伏せます。



以上この作品に関する感想はここまで。
 

       

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