「稲妻の嘘」    顎男 作
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=17543

本作も今回で二度目の感想。
物語のほう、がっつり更新されています。
この作品には作家さん、かなり産みの苦しみがあるようですね。
良いことです。
社会に揉まれ苦渋を味わうか、好きなことで味わうか、その選択。
答えのようなものは作家さん自身が作中で語ってやいませんかね。どうだっけ?
書くほどにお分かりかと。
今回感想は第二部の終わりまで。区切りがよいのでそこまでの感想にしました。
いよね? べつに?


■前回までのあらすじ
幽霊客船アリューシャン・ゼロで復活を賭けてギャンブルに挑む亡者・真嶋慶。客船にいる六人のフーファイターに勝てば、晴れて六つの身体各部を得、現世へ甦ることができる。まずは一人目のフーファイターのセルディムを倒した真嶋慶。ゲームのあと彼が噛みしめた味は、いつかその身に降りかかるかもしれない業の味だった。



■各話ごとの感想

フーファイターとは
親切な計らいがここでも奥ゆかしい。作家のエスコート良い。

第零話
真嶋慶の生前のはなし。慶は麻雀の猛者が集う勝負の席に出ることになっていた。しかし彼に賭けるものがあるとすればそれはただ自身の命のみ。友人・山崎は上野を出て東京を離れることを進める。しかし真嶋慶はそれを聞かない。なぜなら答えは簡単。勝てばいいから。
わが地獄ですね。この箇所だけあちらの読切りで載っていた。ラーメン屋のオヤジさん、たった一行だけの短い台詞だけど、目立っていて存在感があったのを憶えています。

第二部
第一話
盤上遊戯に興じるフーファイターのヴェルコットとザルザロス。そこでの話題は巷(アリューシャン・ゼロ内)で騒がれる一人のバラストグールにおよぶ。
退屈しのぎの縁側みたく安穏とした光景。幽霊賭博師たちのちょっとした言葉としぐさから、遊戯上と事実上でのパワーバランスが伝わってくる。
ゲーム進行に重ねる会話が心地よかった。渋い描写。

第二話
既に真嶋慶は三人目のフーファイターを倒していた。手にしたラードで主催した宴の席。しかしその表情は暗く気分は浮かない。
勝負の数だけ勝ち方と負け方がある。慶の行為は敗者への弔いなのか、俗人らしい粋な計らいを匂わせる。ノスヴァイスとの勝負は見ていないけれど、どんなフーファイターであったか、おぼろげな人物像が見えた気がする。

第三話
四人目の勝負の相手、ザルザロスは真嶋慶のよく知る人物。生前にもやりあった賭博師。勝負に使うのはザルザロス自身が考案した盤上遊戯「シャットアイズ」。
賭博の刺激に溺れることと薬の効能に頼ることはどこか似ている。どちらも浸りすぎると抜けられない。薬切れで身が破滅するさま、欠乏に足掻きまた手を出すさまは、ギャンブルの世界と何ら変わらないなあ。何て書いたら私が薬やってるみたいじゃないか。お薬は健常を維持する程度ですw
ここでのルールの理解は、牌に重複はない。攻撃点数十八点がリーチ。眼の数は命の数。数字1→6は弱→強。を最低限記憶しておけばいい。

第四話
いざ勝負。ところがザルザロスは真嶋慶とシャットアイズを打つ気はない。しかしザルザロスは、形がどうあれ真嶋慶は勝負に乗ってくることを確信していた。
真嶋慶の魅力。それはただ受肉するだけが目的ではないのだろう。勝ちを成すことは手段でしかなく、その先にある得たいもののためにぎりぎりで命を燃やす。そして足掻いて得ることの本質がどこにあるかを見せてくれるところだ。こんなもん、書く方は確かに辛いな。

第五話
賭博会場の図書館には、既に参加者が溢れていた。自分のレートを明かされ固まる真嶋慶。しかしそれもまた良し、と面白がる。
ごわつく賭博ルール説明の後に入る箸休め的なシーン。ザルザロスの奴隷人形、シャムレイの目線が描かれる。箸休めにしては重い情状溢れる切ない締め付けを感じた。

第六話
フーファイターとバラストグールによる参加者との潰しあいが始まろうとする図書館の一角。棚橋真弘(まさひろ)は奴隷人形に博打下手の宣告を受けていた。しかし意を決し行動に出る。
ちょと、きつかったあのかな? 小動物キャラまあくん登場は作者の疲れなのか。勝ちの算段ないとか、うける。まあくんを投じたラードノベルで、どんな害を及ぼしてくれるだろう。 楽しみである。

誤字(タイプミス?)
どんな可能性→そんな可能性

第七話
真嶋慶VSまさひろ
フーファイター相手に勝負をする、強い精神力と洞察力を持った真嶋慶。見せ方を変えてきた! 弱者からの目線という、角度をつけた真嶋慶の表し方が興味深い。ひろまさが見せる心の揺れに親近感を覚えることもできる。そういう役回り、今までエンプティがやっていたんだけど、彼女を外して別の人物でやっているのが良い。エンプティじゃ真嶋慶に挑めないからなあ。ザルザロスとの参戦者潰しあい、上手く利用している感じがする。

第八話
真嶋慶から打たれる牌は真か偽か。悩まされるまさひろは目先の勝負ではなく、真嶋慶という人物かをはかろうとしていた。
まさひろが見る慶の人物像の描写、彼の目線は素直で裏切りがない。この辺まで読んでいたらルール改変を知った。まあいいや。この時点ではよく分からないし。不便感じなかった。

第九話
まさひろが以前失敗していたポーカーゲームについて話す真嶋慶。そこにどんな意図があったのかまさひろが知る術はない。
真嶋慶を相手に作戦を立てるまさひろの直向きさが憎めない。この人物を見ていると、真嶋慶が生前一緒にいた山崎という人物をつくづく思いだす。おそらく山崎とまさひろ、姿、性格は違うけど真嶋慶が愛着をもつタイプの凡才なのだろうと感じた。

第十話
真嶋慶、まさひろを観察(考察)する。
ゲーム内容に触れたくないんだ。内緒にしたいんだ。だから書かないけど、真嶋慶はまさひろを抱えているということ。憎いな。渋いな。

第十一話 決着――『夢見るバラスト』
まさひろは決して恵まれた生い立ちではなかった。生前か死後、どちらが恵まれていたかといえば、死後なのだろう。
――唸った。(ポジティブ)
真嶋慶のとった行為、同じ境遇にあったら同じことができたろうか。自分の近い未来を考えて、ここでの振る舞いは合理的だろうか。おそらく違う。けれど彼にはそういうことは重要でないでしょうね。

第十二話
まさひろと真嶋慶の結果を分析する少年神鶴彰。かれもまた生前は名の知れた賭博師だった。
何か出てきた、面白いバラストが。鬼畜系ショタでしょうか。ラノベらしくなってきた展開。面白くなってきました。今のところまだ突き抜けてライトではなく、重量感のある読み心地です。むしろそこが魅力。
できればこの路線から外れず突き進んでほしいと思います。

ちょっと休憩―顎君のおしゃべり
コメントの数で作品の善し悪しは必ずしもはかれないのが文芸・ニノベに対する私の考え。と言いながら、読みが追いつかずコメント投げるの少なめになっている。作家さんには空腹を強いている感はある。悪いな。それでも生きてな。コメント24は私だ。
個人的に再読したくなる作品、「黄金の黒」と「壁の中の賭博者」だな。前者の理由は概ね想像つくだろう。後者はなんで?って思うかな。あの作品、読ませる空気を感じさせる。読み手の気持ち本文との間に気持ちの往来ができるからだ。あと、間(ま)が良い。顎男先生はあんまり気に入ってないかな、あの作品。けど私は好きだ。噛みしめたくなる、作品が漂わせる空気にうぶさを感じられる雰囲気がまた良い。

読者はいるよ。
今回の各話ごとの感想はここで終わり


■今回更新分、第二部までの総括的感想
驚くくらい更新されていて、いや、てか、普通に驚いた。顎男先生、血肉をすり下ろしておられると。
作風としては重たい。だが、良い。本当に良い。もっと重いくらいでも私は好きだ。書いているほうは辛いだろうけど。がんばって欲しい。随所に文芸的な空気も感じられるが、それを感じ始めるたびにラノベに引き戻される感覚だってある作品だとも思う。軽すぎないのも良い。
真嶋慶は主人公。読み手としては自分が真嶋慶でありたい。たとえどんなに真嶋慶を見る視点が他の登場人物に移ろうとも、それは揺らがない。その気持ちをくすぐってくれるのも気持ち良い。
まさひろが真嶋慶って男に出会えたのは、幸せなことだと思った。人生終っているまさひろだけど、だからこそ今こうして自分の身に起きたことに純粋に喜べるんでは。と思う気持ちもある。彼の生前、歩んだ日々は酸いかった。けど今は違う。今、肉体は死んでいるが心は生きている。そう見えた。
とまあそんなこんなで、こういう精神的な面での魅力や長所をツラツラできる賭博小説っていうのは、なかなかないのです。書けますかこんな秀作? べったり惚れてよいしょするってえわけじゃないですけれどね、ちょっとやそっとで書ける代物ではないのです。それは誰もが認める事実でしょう。
顎男先生を生かさず殺さず、これからも応援したいところです。
熟読玩味してください。この作品、そうすることでも一層楽しめると思います。


■作中印象深かった箇所

・勝にしろ負けるにしろ、縁起を担いでいるわけではないけれど、慶はすすき屋にラーメンを食べに来る。
ルーティンは一つのことに人生捧げる者の儀式とも思える。それを感じた一文。
・真剣勝負の世界では、最低の人間であることが何よりも求められる。
死線でのありかた。作法だと思う。良い。
・慶は杯を砕かず、迷うようにそれをまだ牌の散らばった卓に置くとザルザロスの後を追った。
真嶋慶は何を思っていただろう。しぐさの一文だけど、これはもう心理描写だな。彼の心を読み取ろう。

あと他は真嶋慶の台詞。かっこいい。


以上この作品に関する17日更新分の感想はここまで。