「稲妻の嘘」   顎男 作
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大人の事情で新都社から作品が消えるのだとすれば真っ先にその名があがるのはこの方でしょうか。
速筆にして完結作品数の多さは横に並ぶものを知らず。玖悦した文章力から紡ぎだされる文語の魔術は自らの心身を切り裂き作品を生み出す強力な魔剣と化す。地獄を舐める不屈の作家。多くの読者が愛してやまない新都社文芸の一等星とはこの方のことでしょう。かくいう私もこの作家さんの作品は好きで好きで仕方がない。この方の作品に夜ごと心持ってかれ朝まで枕を濡らしたことがいったい幾度あっただろう。(言い過ぎ)
何はともあれ、もしここでこの作家さんについて初見の方がおられましたら是非作品にふれてみて欲しい。彼もまたひときわ磨きのかかった文章を書かれます。
脈打つ命文、血潮をそこに見ることになるだろう。


■各話ごとの感想

ラードノベルとは
冒頭にもってくる心憎い気づかい。ありがたい。

第一話
主人公の真嶋慶。どこかで会った気がする…ああ、いつだったかな…あれ。
自由とは当たり前のものではなく、いつも横たわって一歩先にある。そいつは自ら掴みにいかないと決して得ることのない幻で、一たび掴んでみた途端すでにその意味を失っている。
誰だって所詮自由の中でなんか歩けない。いい加減気づいているのにまた懲りずに求める。
生前は賭博師の真嶋慶、彼は何を掴むんだろう。
会話文、地の文、ともに深い内容。すごいのぶつけてきた今作。作者攻めてきてる感じします。

第二話
幽霊客船アリューシャン・ゼロでは乗客(幽霊)をバラストグールと呼ぶ。
そこは死者たちのカジノ。 慶は金髪奴隷エンプティを手に入れた。
世界観を作る抜群の描写にぎゃふん! ほらみろ、いつかのぎゃふん、言ってもた。

第三話
なるほどラードか。新しいな、そういうの。 
この船で夢を叶えて船を降りる。亡者の叶えたい夢――。
どう読ませてくれるんだろうワクワクが踊りながら走り出します。
慶を待ち受けるは六人の賭博師(フーファイター)たち。彼らから慶は勝利をもぎ取れるか。ああ、震える。作家への信頼と安心感を私は期待に上乗せする。
第一の勝負相手フーファイター、セルディム登場でした。
賭けが始まる前からの慶の強気な決めゼリフ、かっこいい。これがないとギャンブルは始まらない。

第四話
ここでのセルディムの自分語り、淡くそれでいて深い。その微妙な感覚の見せ方が巧妙。読ませることで物語を追うだけでなくそこにいる登場人物の感情、心、精神的な温度までもが手に取るように伝わってくる。あくまでも読者の視点を慶に置かせ、なおかつ揺れる勝負の天秤を早くも色濃く感じさせてくれていた。
ここから本格的に賭博師慶の本領が発揮され出す。
慶が選んだと勝利への最初の一策は――。
エンプティの従順さはまるで犬。金髪美少女型忠犬式奴隷がんばれ。

第五話
発想の泉。例えるならこれしかない。しかしその泉は作家の血肉からなる。ここにまたその片鱗を見た。いい、いいぞこの作品。
勝負のカギを握るセルディムの謎かけ。これに慶はどう勝ちに行く。
しょっぱな勝負で出し惜しみせずがっつり読ませてくれます。本作、本当に舐め尽くし噛みしめてのどごしまでも味わうラードノベル。
私は作家に感謝し涙する。こういうの書いてくれるん待ってた!!
奴隷人形エンプティの手に確かなぬくもりを感じた。

第六話
静かに迫る敗北の気配。だがそれはまだ事実上の負けではない。
慶の勝負はまだこれから。ここから彼は本当に勝ちに行く。
そこにあるのは切り札の感触
負けるというのは、弱いというのは、慶の思いがいちいち胸をえぐられます。痛い、痛い。やめてくれ。やめないでくれ。どっちやねん。

第七話
セリフ凄い。
誰もが何かを強く欲するとき、その気持ちは果たして真実か、それについてセルディムは慶に語りかけます。そこでの慶の返しが実にみごとで清々しい。
ブタミンチ、これからはラードと認定したい。
我々の住まう生活環境下のフードサイクル(食べ物の循環)を感じた。食事は栄養バランスよく食品添加物も適度に摂取、化学調味料は英知の賜物。感謝の意を込めその業を得るのが私のスタイル。


■本作における読みどころ、それは登場人物への深い感情移入であるように思われました。慶はその中で確かに物語の太い軸となっていますが彼を通じて見えてくるのがやはり彼も含めた周りの登場人物の内面であり、価値観や人間性といった精神的な部分。実際そういったものを色濃く感じさせる描写が丹念にまたふんだんに盛り込まれています。この作品を発表される前までの顎男先生のサクサクノベルから比べると一転重い作品であるでしょう。しかし個人的にはかなり嬉しい傾向です。またモチーフとして舞台をカジノ(賭博場)に置いていますがそこでのギャンブルのルールを知っていなくても親しめるようにもなっています。今後はどういうゲームで勝負していくかは十二分に期待できるところ。
文章を作っていくうえでもなかなか隙を見せてくれません。さすがとしか言いようがない連戦の猛者の貫録すら感じさせます。細密でありながら煩くない文ごとに極めて高い技術力やセンスも感じる。推敲なくして文は書けないのが普通ですが、この作家さんは既にその段階は頭の中でやりきっている模様。完全形を指先にのせ吐き出すタイピングの音が聞こえてきそうで読んでいて非常に気持ちいい。なんでもいい、この作家の作品とりあえず知らない人は読むべき。


■作中特に印象深かった箇所
・死ねば自由になる、そんなのはみんな嘘さ。
生きていようが死んでいようが、どこへ行ってもつまりそれは変わらず。自らを置くべき場所はどこなのか確かな答えは自分の中にしか見つからない。そんなこと考えさせられた。
・蝋を開けられた封筒が、笑うようにそよ風に揺れていた。
封筒を見る者へ誘いを投げている文。良い!
・欲望を制御するに長けているが、その代償として有害な人格をしている。
いつの世もどこの地でも何かに没頭する者は皆共通点がある。
・食べ物にも困る暮らしで委縮しきった精神に、それは酒よりも熱く火を点けた。
強い、鮮烈! 大人になった今だからこそ過去をふりかえって生まれる表現。時間の重さを感じさせられる一文。
・「貰った」
勝ち行く精神、決るセリフ。良い!
・慶が選んだ戦略。それは、(以下内緒)
惚れ惚れします。涼しく使てくるこの戦略作者、キザたらしいぞ!(褒め言葉)
・『垢で汚れた灰色の背広を着た、どこにでもいる普通の男だった。――以下割愛――ピンク色の肌をして、縮れた尻尾を生やし、潰れた鼻で床の臭いを嗅ぎまわる、それは豚だった。』
ここの描写見習うべき。文末「た。」「る。」「だった。」の使い方が作中ひときわ美しい。一瞬ごとの情景がまるで映像ワンカットで表現されている錯覚にとらわれる。テストに出したい。
・絨毯が吸い取った衝撃と音の余韻が溶ける中、亡者と賭博師は睨み合う。
静寂が訪れセリフが入る段階の一瞬前の描写。とても絵になる。良い!
・それを口にすることは、間違っている気がした。だが、喰わねばならない。
この世界で生きるためのフードサイクル感強い。良い!

・もう一カ所あるがそれ伏せよう。


以上、この作品について13日更新分の感想はここまで。