3月13日更新文芸作品感想その1



前回の更新の時に紙面で作品を読ませてもらいますと書いていました。
今回は、感想を書く際の作品本分引用について少し触れます。
文章を書くとき、他からの文を引用するとき、本文から抜き出した文を「」でくくります。当然どなたもご存知かと思います。少なくとも作品を書いておられる方にとっては当たり前の知識でしょう。
しかしこの感想、今まで読んでもらっていて分かるように「」を使って作品本文を引用していません。そこには若干訳もあり、本文がセリフの「」だった場合、「」を使うと二重の「」になる……。これどうなんだろうという疑問があるからです。
『』と「」→「『ほんにゃら~』」という書き方ができるのだそうですが、どうもなんだかなあという感じがします。感想を書くときは本文引用の際に・をつけて改行しているから別にいいかと思っている。しかしこのやり方が正しい文章作法かというとそうではない。良い子は真似しないように。
『「ほんにゃら~」』というのもできはするが、そういう例を見ない。
おそらく『』が作品タイトルによく使われる括弧だからだろうと思う。タイトルと誤認してしまいますなぁ。
実際、前者の「『ほんにゃら~』」は、まあ……わりと見ことができるらしい。
「'’ほんにゃら~ ‘’」という様に書くこともあるにはあるらしい。’’ セリフ文‘’
厳密に、セリフ文の引用、書き方はそのへんどうなんでしょう。もちろん書く物の内容、文書の分野によって「」も複数重ねられたり『』こっちに形をかえたりするでしょう。「」の使い方もセリフだけではありませんから。
そして、こういう文章作法、ここで厳密にやらないといけないかという考えもあって使うことを未だためらっている現状です。
ま、当面はこのままいきます。
うーんどうしようかなぁ。




では感想行きます。



青春小説   ヤマダ=チャン 作
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=17567

文芸で初見の作家さん、作品も新連載です。今回一話目だけの更新となっていましたが、手ごわい作品でした! 実に手ごわい作家さんの登場だと思います。これ嬉しい! 新都社も10周年を迎え、文芸・ニノベでの執筆歴の長い作家さんは少なくありません。その中である程度以上の文章力をもつ作家さんはやはり長年生き残って作品を作ってくれます。そして力がない作家さんは残念ながらただ一作品すら完結させることなく作品登録欄から消えて行ってしまいます。悲しいかな、そういう作家さんの文章的成長をみることもままならず……。弱肉強食ですね。ですがそんな文芸・ニノベ作品の更新欄の中で、新人作家名がポッと出てくるととても嬉しい気持ちになります。その新人作家さんの作品に確かな実力を感じられれば喜びもまたひとしお。
こちらの作家さんはそんな喜びを感じさせてくれました。
ヤマダ先生も硬質アルマイト先生同様、音楽がらみの趣味をお持ちのようです。音楽やる方は文章表現にも自然と滲む才があるのでしょうか……。凄いですね。


■援助交際をする女子高生の話。
うっとなる割と執拗な性描写で序文始まっていました。なかなかリアルで読みごたえがある。
いいぞ! もっとやれ。
女子高生という肩書や制服がブランドである自分もあと一年もすればその価値はなくなる。何がいけないのだろうと思うがヒロインは少し愁いている。物質的になにか困っているわけでもないのに続ける援助交際は背徳的な刺激を満足させるための手段に過ぎない。
そんな悪いことするお嬢ちゃんに手を出しちゃうのは所詮考え浅いおっちゃん連中。金払うならちゃんと優良店へ足を運べよ……と、思いますね。
カレーに関していうなら、ルーはご飯に丼のときみたいにべちょ~と全面かけます。そして生卵、ウスターソース。これ鉄板。さすがに2杯は食べなくなりました。
ヒロイン理緒、彼女にはお姉さんがいます。とても良いお姉さんで明るく屈託がありません。理緒の思春期特有と言ってもよい心の闇をお姉ちゃんは浮き彫りにしてしまう存在です。
文章面ではとても魅力的な部分がたくさんありました。たかだか一話分だけなのですが。
多感な年頃に見失う退屈な日常のありがたみ。しがらみへの漠然とした反抗心や開放欲求など、それらを考えられたうえでそれなりに器用に良い子ぶる理緒が良く書かれていたと思いました。高校生らしい自己中心的な冷めた目線でものを考え、もう一歩先へは考えが及ばない未熟さを感じさてくれる作品になっていました。
大人になれば自由なんてどこにもないのが当たり前。それが理屈でわかってきます。ですがこの年頃はそんな理屈はまだ受け入れられず、自分で気づくこともできない。それでいて社会(学校)の中で心地よく周りからも受け入れられる場所へ身を置かなければいけない。そこで沸き起こる背徳感を求める気持ち。人と違うことをやって刹那的に満たされたように勘違いし達成感を得る気持ち。心を満たすにはあまりにも短絡で浅はかな理緒の行動から、彼女がこの先得ること(もの)はなんだろうと思わされました。
のこり一年で女子高生生活も終わる。ならばその期間に何かあるのでしょうかね? 今後に期待したいところです。


■作中特に印象的だった箇所

・猫は自由で、羨ましい。
この文、理緒の未熟な目線を鋭く表していると思った。猫にだって不自由はあるけど、そこは見ない理緒。自己完結して猫は自由と決めてしまっている。
・強いて言えばつまらない毎日に刺激が、変化が欲しかっただけ。
物質的に満たされ、それで刺激が得られる。なんと軽い価値観。さすが高校生だ。こういう年頃の女子の特徴をよく掴んでいると思った。
女子高生でやたらケバい子、もう、よくわらん。泣く。


以上この作品に関する13日更新分の感想はここまで。



「その倫理、カリソメにつき。」   柴竹 作
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=17371

昨年の文芸作品「藤色アワー」の完結を見る前に連載がはじまったこの作品。今期最も力を入れて書かれておられるのでしょうか。
背徳的な作品を書かれるのが好きなのか、またそれを得意とされているのか、おそらくその両方でしょう。そしてその文体の切り口は鋭く美しく面白い作風ではないでしょうか。作家さんご自身のツイッターでも見受けられますがそのつぶやきはかなり散漫。うぇーいなんだか乃木坂なんだかリア充なんだかゲームなんだか実に異種混合で表情豊か。それでいてその軸にはしっかりとした学生の顔もある。人間味が溢れすぎています(笑)。そしてそれこそこちらの作家さんの長所。
自由で屈託なく物怖じしない。社会の矛盾に真っ向勝負、道徳理念を踏みつぶす。そんな作品には多くの読者の共感と賛辞があるようです。期待していますよ。
そして今後の可能性を存分に秘める作家さんの一人でもあると思います。



■いじめられてる少年、虐待を受ける少女が彼らにある未来はどんなだろう的なはなし……。
綺麗な文章で書かれている毒のあるテーマ。そんな印象を受けました。一文ごとが丁寧。それを集めた一話ごとが深い。読み返すたびに考えさせられる。物語をただ追うだけではなく、そこにある空気の匂いを嗅いでしまうような…。思わせぶりな文章が多かったような気がしました。作家が図っているのかと勘ぐってしまう。単純に素直な感覚で読み流せない。作家の手の内で踊っているような気分にさせられます。物語を追うだけではなかなか作家の意図が見えてきづらい作品であるとも思いました。これは悪い意味でなく、見えそうで見えない。極僅かなヒントをちらつかせているみたいにも思える。 ほらあんたも考えてみればどうだい? 君ならどんな選択肢を選ぶ? といわれているような謎かけをされている感覚にもなった。極論で言ってみれば小説作品はフィクションなんですが、その中で追及されるべき現実味はどこにあるのか。実際の自分の身辺で起こる現象と比べてみてしまう箇所もありましたが、はたしてそれがこの作品を読んだうえで導き出される感じたことになるのか、そこが疑問として淡く残りました。
この作品自体から残る心の揺れは何からくるんだろう。不思議な気持ちになりました。全作の藤色アワーでもそうでしたが、作品の傾向なのか、「現実」に考える思いや感じる気持ちにとてもにじり寄ってくる作風で小説を柴竹先生は書いておられます。震えるような心地にさせられます。今後その執筆活動大いに期待したいところ!


■各話ごとの感想
『序章』
無音の映像を見るような主人公・花見倫造の行動。何の変哲もなく何の不思議もなくそれはただ日常のように書かれている。しかしそこには意味がある。
彼のここでの行動、小学生の子供ならだれでもとりえる普通のしぐさ。
空気、空気を読むのだ。この無音の空気。
やり方はどうあれ、残酷さを求めるのは子供の純粋な探求心のあらわれでしょうか。

『排他的少年』

あくまでも性格が歪んでいる、歪んでいくのは花見であるとして物語は進む。
「お前ら」のせいにしながら冷静に狂う方向性を見出す花見。こいつ面白いやつだ。笑った。
つっこみどころもありましたよ。いじめっていじめる側も相当性格歪んでるのでは? とか考えないでおきましたよ。ええ、そりゃね。


花見、奇行の末屋上へ窓から登ったら女子がいた。
あ、これは、もう、このヒロイン丸子乙という少女と何かあると確信。


どこまで本気で言ってるか定かではないが(ちょっと伝わってこなかった)
丸子を殺せるという花見。ただ強気になっているふうにも見える。これはわざとそう書ているのかな?
だとしら俺は何でも殺せる、解決できる。みたいなの、少し浅い。その倫理への背き方、まさにカリソメ。
しかしこのもの足りなさ、漂う空気、それこそ狙って書かれているふうにすら思える。
女子のほうが心身ともに成長が早いよというのを実感した回でした。


丸子を見ていると、花見の心の闇がとても薄くなります。それは丸子の意志薄弱さから。花見はむしろお遊びを楽しんでいるただのガキでしかありません。とてもいじめられっ子として心に闇を……とかもはや感じられなくなっている。


花見の心にある黒いものがさらに薄くなってくる。もうこれ普通の男子小学生に近い。
ただ、小学生でセックスはやっぱり、全くピンとこないかな。 幼すぎ。たぶんこれが大事なんでしょうね。この気持ち。満たされない、物足りないエロスへのカリソメ感。
罪の意識においても小学生はまだ社会的に縛られる分が少ない幼稚さを残している。独立心、自立心においても社会から認められている身分ではない。だからそこでの性行為はただの遊戯にしか映らない。つまり倫理への背徳感がわかず、幼さへの違和感が先行してしまう……と。
中学生、高校生ならまた違うけど。
カリソメというのはその点で見れば言いえてる。 作者凄い表現力。 


小学生のセックス描写。これ、いまいちでした。
本能的な行為なので小学生の感覚にもっと近づいて、小学生ならではの低知能と思える部分(初めての性行為への探求心や無我夢中感)を見せてくれてもよかったかもしれません。美麗な表現書かれていましたが、そこがどうもひっかかり、う~ん? なにかしっくりこないと思いました。できすぎな感じがした。


丸子に関しては小学生さを全く感じないのですが、花見はそれに比べてガキっぽさをみせているので比べてみると小学生かなという結論に達します。
丸子がいなければ心が黒いままの歪んだ花見だったのでしょうか、ちょっと花見像がぶれてきてます。
これを花見の人として変化していく傾向と捉えてよいのでしょうか。だとしたら面白い。これはなかなか先が読めないぞ。どうなるんだろう。

『教育的指導者』

いつもはいじめられることへ心地よく歪んでいくことができた花見。だけど今は違います。
今回ばかりは彼の心になにか感情が押しよせているもよう。爆発、くるのかな……。


小学生、花見、やはり機知も奇知も押させている。何をやらかしてくれるんでしょうか!


■作中特に印象深かった箇所

・「ごねんにくみ」→「5ねん2くみ」  これでいいと思います。あるいは年と組は小学4年生までに習う漢字らしいので漢字表記でもよいかと思います。 
・こんな酷い目に遭っているんだぞ、俺は。何度も何度も頭の中で反芻する。
冷静な花見面白い。こういう気持ちの確認を自分でできることも大事ですね。人として失ってはいけない反応だと思いました。
・本当に、ぶっ殺すぞ。
置かれている状況に感情的になれる。まともな反応。普通の少年だと思います。
・「卒業までは、生きないつもり」
今週週末の予定を語るように軽い。またそれを容易く感じさせる。これこそ歪んでいる人。
・自殺の数だけ絶望があるはずだ。
花見、それは浅い。と思った下りです。どうしてか? 自殺は他人事ではなくその人と関わりのあった人にも精神的ダメージがあります。また、自殺をする人は必ずしも絶望が自殺へ直結しているわけではないからです。
つまり自殺の数≠絶望。
ただ、この作品においてそこは論点ではないので花見のガキっぽさという意味で印象に残りました。



以上この作品に関する13日更新分までの感想はここまで。





「大きな頭」 http://hidekikobayashi1982.web.fc2.com/atama/
「新しい都」 http://hidekikobayashi1982.web.fc2.com/atamiya/

刺身 作

こちら作家さんも文芸では初見の作家さんです。漫画もかかれているもよう。自サイトでぽつぽつと文芸へ読み物を投稿しておられるようですね。内容をみると一話ごとに自サイトへ飛ばされますw
これ、ニーテルでまとめてしまってはいかがかな。短編集として。その方が読みやすいかもしれません。他の短編へ移るのに一旦文芸の作品リストへ戻らないといけない。好みもありますが。短い作品を個々に自サイトで登録にするメリットがどこにあるか…と思いました。
というわけで、ここでの感想二作まとめさせていただきいます。



「大きな頭」

■頭が良くて口が軽い。それでいじめられる自分それでも最後には……。
特に大きな起伏にとんだ文章ではありません。話は最終的に自分のいように転がっていきます。
ご都合と言ってしまえばいいのでしょうか。えっ? となるつっこみどころもままみられます。独りよがり系の作品が好きな人には受け入れられると思います。
個人的には物足りなかった。どの辺にそう感じるたか……。いじめの度合いがいじめではない。これは単にいじられているだけ。頭の回転が速いから勉強ができるという解釈の物足りなさ。最後、終わり方が本当に自分に都合よくヒロインを手に入れているところ。
短編作品もたくさん書けば慣れると思います。起承転結の基本はちゃんと押さえて書かれているようですので習作として読ませてもらいました。漫画を書きつつ小説を執筆となると異なる感性の使い分けをしなければいけないように私は感じるのですが……どうなんだろう。そう思うのは私だけでしょうか。自分だけで楽しむ域をこえて、人を楽しませることも今後考えるのなら、もっと練習がいるだろうな……と思います。その辺私も他人ごとではないんですがね。はははははー。
自身にとっても戒め共々勉強とさせてもらいました。



「新しい都」

■新都社で作品を発表する男のはなし。
こちらもやはり特に起伏を感じない文章で男があれをしたこれをしたという事がつらつらと書かれている作品でした。作文でしょうかこれは? 文章がとても作文に近く感じられました。そういう意味では独特。
何ともいえない……。可もなく不可もない文章。これといった感慨もうけない。
アラを探せばあるにはあるでしょうが、今それは必要ないかなと思いました。まずは刺身先生が文章を書くことを楽しむ必要があるだろうと思います。そのうえで、自分の内面からくる独自の表現がもっと沢山できるようになればいいだろうなと思いました。





以上これら二作品に関する13日更新分の感想はここまで。



「ピーラー」   53 作
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=10938

読むほどに一体これは誰が書いているんだ? 本人か? と錯覚してしまう作風。それが53先生の書かれる作品の魅力ではないでしょうか。登場人物の思考にそのまま気持ちがのっかていく。そんな印象です。こちらの作品、連載開始は2011年6月2日というなんと長期連載作品。実感がなくて今回も、あれ? まだ完結していなかったのか? と思いました。こちらの作品を私が知ったのは数年前。後藤先生主催インタビュー企画の53先生の回でした。それから思うと割と作家歴の長い作家さんで当時私はこちらの作品を読んでいませんでしたのでインタビューをきっかけに読ませてもらうようになったのでした。実際のところ連載作品はいくつかお持ちですが、どれもゆっくりの更新をされているようです。しかしどれも浅い書き込みではなく、しっかりとした作家の個性を伺える作風になっていると思います。他作品に「ジェンガを続けるために」、「第五十三廃棄物最終処分場」、「臭い女とババア(完結)」他、過去企画へもちょいちょい参加されてましたっけ? 



■各話ごとの感想

一、スロースターター

この回はヒロイン舞が高校入学して、その性格からぼさっとしているうち思いもよらぬ友達グループに組み込まれ、そこでのよもやま話が主に書かれていました。


お、お兄ちゃんとやる話かと一瞬おもって期待したら瞬殺された。
女子高生のグループという面倒くさそ~うな代物。これからずっとこういうの続くのかな…気が重い。
ピーラーって最初どうしてこのタイトルなのかと思ったのですが、なるほど。確認した。


ヒロイン舞。この人の内面が面白い。というかむしろ女の子って、こんなこと多かれ少なかれ皆考えているの? と思うと面倒くさそうだなぁと思った。
そして舞の混ざったグループ、これもまた相当面倒くさそうで笑う。
1と2を通じて見えること、とてもかったるそうな女子高生の感覚。それが妙に現実味があって凄いと思った。


1、2、3まできたけど、更新一話分すごく短いのに、どれも内容が濃いですね~。
先生という肩書がなければ皆もっと学校の先生は気持ちも楽になるだろうし生徒とも上手くやれる? かと思ったが、実際そうなっても直ぐに何か変わることはなさそうとも思った。
だからここに出てくるような保健室の先生はどこでもいい調整剤なんだろうな。保健室の先生って女子アイドルユニットと同じ人数くらい保健室にいてくれると嬉しくないですか。AKBくらいでどうでしょう。


何やかんや内心では文句の多い舞。学校での社交辞令を学ぶのだ! 面倒くせーのは皆同じだ(多分)私が言っても説得力に欠けるが。
携帯電話とられても発狂しない大人です。でもPC取られたら間違いなく発狂します。
自宅でしばしば停電にあうのですが、そうするとPCは作業以外役に立たないツールなので機嫌が悪くなります。


女子高生というのは家の近所でいつも群れているおばちゃん連中と変わらないでしょう。断言。おばちゃん連中はきっとこのころから進化してないに違いない。そして自分もこのアホさは変わらない(自戒)


5でのグループ=島。舞の友人? ナギーのこの考え方にも笑ったけど、やっぱりこのつるんで何かしないといけないという感覚に笑ってしまう。


冒頭の料理をする所帯じみた下りがとても現実味があって良いとおもった。53先生料理されるのかな?
先生を内心でディスるとき、舞はいつもどんな顔しているんだろうって気になる。


高校生はどうして煙草をあんなに吸いたがるんだろう。高校生だけでなく日本人は煙草好きなんですね。それでもずいぶん私の親の世代なんかよりは喫煙者は減少傾向にあるようですが。
出島表現の次は中心北極行け表現。舞のお兄ちゃん(彼氏)上手いな。いや、これは作家が上手いんだけど。


語学は使って何ぼですから…。使わない勉強はクイズと同じで、ひたすら暗記で点を取れるのです。断言。
でもそういう勉強はいざ使わないといけないとき苦労するのです。経験をもとに断言。(あ、頭痛…)

10
舞は高校生活スタート時期に精神的に粘っこかったけど、とりあえずめでたしめでたしという気持ちになった。
彼女が生き生きしてきた感じがする。

二、ブルーサマー

この回はグループの悶着を終え夏休みに入る舞の生活、その目線は高校生らしい生活へ移りまた新たに立花という男子と親睦を深めていく話でした。


稀に表れる立花、なんか臭いです。笑う。 この男子は臭う。


学生の本分に触れてこない先生は人気者になれますね。全体主義、社会主義みたいな戦後の日本教育現場の様相を押し付けてこないので保健室の先生。やっぱり好印象。
東京事変てまた懐かしい……。


立花の精一杯ぶり爆笑。舞、もっと貶そう。踏んでもいいかも。


椎名林檎の次はイエモンて。懐かしすぎる。 こんな私も惰性でピアノを8年続けていた。あの8年はお金をどぶに捨てていたみたいなものだ。おかげで楽譜は読めるようになったけど。


男子の唐突な欲情行動とそれに理解できない女子の論理的思考の対比がとても良いと感じた。この作品、読めば読むほど、読者設定を高校生にした少女漫画雑誌で連載されそうな勢いを感じる。心理描写もだけど、女子の行動パターンとか本当に凄い。


ここまで読んでくるとすっかり舞の思考に馴染んでくる。ああ、この人こんなこと考えるんだろうなとわかってきます。作家の人物の作りこみの深さに感嘆。舞は安定の腹黒さ。


立花の行動、ちょっといけないことを女子にするのですが、このじらし方は悪くないと思った。もじもじ感を楽しめた。現実でも1回二回なら思わせぶりで終われる。毎回だとさすがにきついけど。あと、現実ではこの年頃だとなかなか異性に自作小説を読ませるのはハードル高いと思った。それをこの作品ではとても上手く取り上げて扱われている。良いな。


舞の友達にセーラ様という人がいます。この女子、当初から思っていたのですが絶対いい人。それをこの回でしっかり書いてくれていました。ここがなければ舞の友達関係が本当に薄っぺらいものだけで終わってしまいそうでしたがそれを覆してくれます。嬉しい。


53先生に中二表現コテコテの作品書いてほしくなりました(ネタです!)

10
立花、変わり身の早さよ。

11
立花の母参上です。怖いです。しかしニヤけます。舞の心描写、そして立花母とのやり取り、立花本人の行動、全部笑えます。緊迫したシーンだからこそ笑えるっていうのがありますでしょう。ここではそんな感じでした。
この立花母、大人の考えというのもあるんでしょうけど、やっぱりいけないでしょう。高校生相手に大人げなさすぎた。それが滲みでているのを実に良く書かれている。

三、アンチピーターパン

舞の入った生物部に留学中だった先輩がもどってきます。本作初のイケメンという人物登場。ちょっと、腹黒の舞とどんなふうに絡まっていくか興味深いです。


■女子高生・舞の高校生活を通じて見えてくる高校生の社会、人付き合い。青春ともよばれるのでしょうか。
女子高生をもとにした作品で文芸ではもう一作、ヤマダ先生の作品を既に読ませてもらいました。そちらのほうはまだ話が序盤でした。しかし53先生のこちらの作品はかなり話数も進んでいます。どちらがどうこうは今論外。しかし共通して言えことが一つ。人物描写。これにおいてどちらの作家さんも非常にいい表現をしてくれていると思いました。53先生に関しては、その作風からうかがえるようにいつも安定して登場人物の人物像ががっつり見えてきます。
小説、漫画といった広義でいう物語なら何でも、それを表現するうえで最も重要とされるのがこの人物を書くことだとよく言われます。登場人物がどういう人間で、どんな考えで動いているのか。人物がしっかり書けていないとその行動の意味を失う。行動の先に人物像が見えるのもまたしかり。しかしながら私は自分の作品でここまで表現してきたことがあるか。いや、ありません。むしろそれを言うならできていないほうでしょう。まあ、それだけ下手糞ってことです。その辺自覚はあります。そりゃね。
「ピーラー」は舞の目線で常に物語は進みます。彼女の思考、それは時にくどいくらいの描写で周りの人間に対する攻撃や疑問、賛辞などの表現として書かれています。彼女が周りの人から受ける刺激に逐一ああだこうだと自分の了見や主義を当てはめていきます。ですがそれも時には可笑しく、微笑ましく、つっこみをいれたりしたくなります。高校生らしい思慮の浅さもちゃんとあります。そこには読者が物語に入り込む隙を作ってくれている作家の誘導の巧さを感じるばかり。ヒロイン舞の目線に沿うような形で物語の世界観を魅力的に見せてくれました。
これだけのことをただ読むだけで思わせてくれるのですからこの作家の文章力の凄さはお分かりかと思います。
本作今後の動向へも目が離せないです。未読の方はぜひ読んでみて欲しい一作です。


■作中特に印象深かった箇所

・先生は笑いながら、保健室から一年の廊下は見えるのよと言った。
大人の目線、若さの目線、見るところの違いを強く感じることができた一文。
・生臭いけど生々しくない死に近い匂い、鉄の味、さらりとした口当たり、最後に美味しい体液だと思う。
この作家は中ニを書かせても絶対臭くいっちゃってるの書いてくれるのでは? と思った一文。
・独立記念日だ。インディペンデンスデイだ。
どういう道のりであったかは別として結果的には舞が勝ち取った自由という気がした。ここまで来るのに長かったんじゃないか彼女。とても言いえている表現で良い!
・暑いのと羽目を外すのに何の関係性があるんだよ。
これとても現実味のある一文だと思った。対面で何を考えている? と思うような。舞は正しいと思う。
・今のあたしはあんたに頼らなくたって生きていける、と足を踏みしめた。
舞がようやく自らの武器に気づいてくれた一文。インディペンデンスはここでも有効。
・動かしている手を見ていると指先の逆剥けが気になって毟り取りたい衝動に駆られる。
手コキのシーン。妙な現実感。小さなことなのに気になるとそればかりで頭の中が支配されていくのよく分かる。


以上この作品に関する13日更新分までの感想はここまで。



「人間以下」   山田一人 作
http://neetsha.jp/inside/comic.php?id=17577

山田一人先生といえば、「ダメ人間の屋上」、「ナイト・ワーカー」の二作品を記憶しています。内容のほうは読んだのが随分前で……、あんまりおぼえてない…。そう、それは私がニノベでまだヨチヨチで連載していた頃だったように思います。そう考えると、こちらの作家さんもなかなか息の長い方だなぁと思いました。今作は感想企画からの連載開始というで期待にドキがむねむねするところ。久しぶりの作品連載、しかも新作!作者コメントでもおっしゃっていますが、ぜひとも完結目指して頑張ってほしいです! 他にも2012年までの作品で連載作品もいくつかお持ちです。



第一話「24歳、無職、童貞」

第一話から重濃いタイトルだ。色々さらけ出してきている気がします。
自らお一人様を好む傾向にある私としては、主人公の居心地悪さがあまり分かってあげられなかった。辛い。
しかし、二十歳くらいの人を見ると幼く見るのにはとても共感できた。わははは。
何というか、これ本当に個人的な価値観なんですが、女性にモテることを前提に男を見るというのは窮屈な感じはすごくしますね。暗黙のセクハラでしょうねぇあれは。口には出さないけどイケメン以外排除みたいなの。だとしたら男はどうするのか。力をつけるしかなくなるわけですよ。力と言っても色んな力ですけど、そういうものを身に付けたら、特に権力とか金の力とかそこに惹かれて結果的には最低限でも女が寄ってくる。そんな感じですかね。権力や金、これらをえるにもその前提となる色んな意味での力がいるわけです。道のり長いけど手段を選ばないならまずそこから色んな力をつけて行かないと勝ち残れないぜってことになるわけです。と言いってみましたがこういう価値観、逆の場合もまたしかりなんですよね。近頃は女子力なんてのもあってこれまた厄介。じゃあお前ブス嫌だろ?ブス排除だろ?みたいに攻められるとグウの音も出ない。全く逆のことが女性にも当てはまる世の中になっている。辛いですね(ため息)
それでも色々やりましょう。人生まだこれからの人は。
主人公・高崎、24歳なんてまだ若いですよ。彼女いないぐらい大丈夫、大丈夫!
思いっきり無責任丸投げ。あっはっはー(乾いた笑)
ってちょうどいいところに昔の先輩が面白い話を持ってきたじゃないですか。24歳無職童貞高崎、どうなるのでしょう。
めでたしめでたしの始まりになるのでしょうか。期待。


■得体のしれないところで働くことになる24歳、無職、童貞の主人公・高崎の物語。
だっらしない男のどうにでもなれみたいな内容の物語でした。文は普通に読みやすく明確な表現。特に何かを意識したり、駆け引きすることなく自然と物語に手中できました。だから話の内容につっこみを入れたくなる所が多々あって面白かった。関西弁で言う「あかん人」の話っぽいですね。「うわ、あかん~この人」という、他力本願の流されパターンでぶらぶらして、とりえも特技も特になし。そんな男を主人公にしている。負の連鎖を呼び込んできそうな男、雨男、そういう類の男なんでしょうか。しかしこのダサい男・高崎はどことなく自分と似た考えをしたり似た行動をとったりする。だからそんなに憎めない。友達みたいに親近感が湧きます。こういう駄目な奴、学生の頃の友達にいたな~という気分になる。
誰だって怠けているところを突かれると、自分でわかっているだけに痛いし辛い。だけど今すぐどうしようと動き出すわけでもない。いいや、自分はまだこれでと思うこともしばしば。それで安易に自分で自分を許した気になってまた堕落する。会ったような気がします自分もそんなこと。
また、駄目なところが多い人間を見るのは優越感に浸れて心地よい。安心感がある。でも、そんな優越感に浸る自分すら実は真っ裸で泥の玉座に座り安酒の盃を回しているのに気付かない。そしてそんな姿は必ずもっと高い別のところから誰かに見られていて、鼻で笑われているんだという事実。その自覚はあるのかお前には?と自分に問う。この作品を読んでいるとそんな気持ちにもさせられました。
ここから高崎はどうなるのでしょう。彼の思考や行動、どうなっていくのか楽しみです。悪人ではなさそうですが小物感は否めない。しかしそこに何か面白いことをしでかしてくれそうな期待もあります。
第一話目、意味深い謎を残して終わりますが、この続きとても気になります。


■作中特に印象深かった個所

・居酒屋に入って酒を頼まない訳にはいかない。
あ、酒を頼まず夕食だけ食べて帰った記憶がある……。大将、すんませんでした。当時私は若かった(しみじみ)
・切られた。
いちじるしく笑った。 
・もう、後戻りはできない。
ゾンビ映画の始まりのような下りです。怖いことがはじまるのでしょうか。



以上この作品に関する13日更新分までの感想はここまで。



文芸作品の感想はここで一区切り。

次、残している作品
「マッド・トルネコ」
こちらは長い作品なので13日更新文芸作品感想その2として更新します。
sage