Neetel Inside ニートノベル
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ザァ……と、頭上に掲げた右手を中心に水が集まる。
それは大気から抽出した水分。半径数キロに渡ってかき集めたそれを、巨大な水球として手の上に浮かせて、レイスは強く相手を睨む。
「言い訳はあとでいくらでも聞こう。だから今はおとなしく沈め」
「レイス、先に話をしよう。いきなり荒事とは君らしくもない」
「安心しろ、こんなことするのはお前だけだ」
「ふうむ…」
神門旭は諦めたように唸ると、肩に担いだ日本刀はそのままでちらとレイスの頭上で停止する巨大な水球を見る。
それから何かに反応するようにぴくりと眉を動かすと、小さく口を動かしてこう言った。
「手荒な真似はしないように。先に交戦の意思を示すのは良くないからね」
「へいよ旦那」
返事する声があり、それと同時にレイスの頭上の水球に幾筋もの閃光が駆け抜け、バラバラに分割された瞬間にボジュゥッと瞬間蒸発した。
「…お前は…」
自らの創り出した水球が斬り裂かれ蒸気が辺りを薄く包む中、右手を下げたレイスが攻撃を仕掛けてくることもなく刃を収めた相手に視線を向ける。
「アル。そうか、お前もそちらの側についていたな。裏切者め」
「俺は最初っから旦那の側だぞ?裏切りとか失礼なこと言うなし」
浅黒い肌に、赤茶色の髪。見た目の程はレイスとそう変わらない青年の出で立ちで、半袖Tシャツに長ズボン。肌と髪に目を瞑ればどこにでもいそうな普通の大学生のようにも見える。
そんなアルと呼ばれた青年が、今さっき水球を斬り裂いた剣を持ち上げて顔を顰める。
「…やっぱ駄目か。わかってたけど。神様の武器だしなー」
やたら華美に装飾された剣に亀裂が走り、アルの手の中であっという間に粉々になり、砂のように細かな粒となって地面に落ちた。
「レーヴァテインなんてやっぱパチモンでも創れるもんじゃねえわ。一回使えばおしまいの使い捨てで精々ってとこ。いっそドワーフにでも技術を教えてもらおうかね、旦那」
「一度限りの模倣でも創れることは凄いと思うけどね、俺は」
「いやいや、武器は何度も使えてなんぼっすよ。これじゃ愛着もクソもねぇ」
言いつつ、アルは旭が肩に担いでいる日本刀を見て目を瞬かせた。
「お、そいつが例の天下五剣の一振りってやつっすか」
「そうだよ。名刀・童子切安綱。いやあ、見つけだすのに三日掛かるとはね、本当にギリギリだったけど間に合ってよかった」
触りたがっているアルに日本刀に預け、旭は一歩前に出る。
二人の会話を黙して聞いていたレイスが前に出た旭を見据えて得心がいったように呟く。
「この街にはいないと思っていたが、そんなものを探していたのかお前は」
「まあね。大鬼が来るみたいだったから、一応保険として用意しとこうかと」
「すげー。こんな業物ともなると、現物を前にしても模造品を創れる気がしねえな」
鞘から少しだけ刃を出して感嘆の吐息を漏らすアルを置いておいて、二人だけで会話を進める。
「彼女はどこへやった」
「え?普通に家にいるけど」
「気配を感じない。結界を敷いているだろう」
「まあ、いつか君とか他の誰かとかが来ると思ってたからね。侵入防止と探知防止に結界は常時張ってあるよ」
「よくも抜け抜けと…!」
歯軋りをして、レイスは両手を僅かに開いて臨戦態勢を取る。
「やめなって。君の本領は水にあるだろう。それも今アルが全部消したし。それに僕は君と闘う理由が特に無い」
「お前はそうだろうな。彼女をかどわかし、連れ去り、挙句子を孕ませて満足か。外道め」
「酷い言われようっすね旦那。誘拐と監禁と強姦?あ、あとロリコンかーこりゃしばらくシャバの空気は吸えそうにないっすわ」
「事情を知ってるくせにそういう言い方するのは止めてくれるかな!」
「いやいやわかってますって。確かに姐さんは可愛いっすよねちっさくて。俺も幼女好きだから気持ちはよくわかるんすよはい」
「ホンモノの君と一緒にされてもね、ってか僕は外見で惚れたわけじゃないって何度言えばいいんだろうか……」
「とにかく」
業物である童子切安綱を手に旭を押し退けたアルが、レイスの視線を受け止めてチャキリと刀の鍔を鳴らす。
「煩いから黙らせましょうや旦那。この刀なら鬼に限らずなんでもスッパリ斬れそうですし、ちょっと野郎で試し斬りってのも悪くないでしょ」
「いやだから荒事は」
「わぁかってますっての。おだやかーに腕か足の一本で済ませますんで」
「それもう充分に荒いよね!?」
殺意を膨らませるアルに対し、レイスも受けて立つとばかりに腰を落とす。
「妖精界を裏切ったばかりか神門に付き、あろうことか戦意に駆られて武器を振るうか。落ちるところまで落ちたな、アル」
「あながち間違っちゃいないからな、それ。一度は堕ちて、だから今の俺は妖精種ようせいしゅじゃなくて魔性種ましょうしゅなのさ。『反転』した俺を同胞を思ってくれなくて結構、遠慮なく魔を討つ気概で来いよ」
「ふん…」
鼻を鳴らしたレイスへ向けて、アルが一刀を叩き込もうと強く足を踏み締めた時、
「ーーーいい加減にしないと、怒るぞ?」
夏の夜の空気が冷たく感じるほどにぞっとした声音で、旭がアルを諌めた。
「……わかりましたよ」
渋々といった風に構えを解いて、持っていた安綱を旭へ投げ返す。
「用は済んだんだから戻りやしょうぜ。これ以上ここにいてもいいことない」
「そうだね」
にこりと微笑んだ旭が歩き始めたアルに続いて行こうとした時、やはりレイスはそれを見過ごすことはしなかった。
「待て。まだ話は終わっていない」
アルが舌打ちして何事か言おうと口を開きかけたのを手で制して、旭が顔だけ向けて答える。
「今日はもう終わりにしよう。今はタイミングが悪い、また機会を見て場を設けようじゃないか。こっちは逃げも隠れもしないよ」
「場となれば今を置いて他に無い。お前を逃がす理由もまた俺には無い」
「…なら、理由を作ってあげようか」
すっと細められた目が、レイスを越えたさらに遠くを見る。
「君の仲間だよね、あの猫の女の子。ケット・シーかな、可愛らしい子だね」
「……お前」
「少し距離は遠いけど、それでも消し飛ばすだけなら一発で済むね。どうする?」
「神門ォ!!」
レイスの心情を現すように暴風が吹き荒れる。力を束ね、怨敵を穿つ一撃を練り上げる。
「遅い、それが放たれるより早く僕が先手を撃てる。君は賢い、理解しているんだからおとなしく手を引いてくれ」
「ッ!」
旭の言葉で顔を歪ませたレイスが練った力を一気に拡散させる。指向性を解除された属性は大気に溶けて風と共に消えた。
「…うん、ありがとう」
「ふざけるな。お前達は絶対に許さん」
「ハッ、いつでも来いやレイス。分からず屋が」
煽らないの、と頭に旭からのチョップを受けながらアルも引き下がる。
背中を見せ堂々と去っていく二人を睨みながら、レイスも手を出すことなくただただギリと歯を噛み締めた。

       

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