Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

「ミカド、だいじょうぶにゃの?」
「傷は全部“復元”したから、命に別状はない…と思う」
横たえられた守羽を覗き込むシェリアに、静音も不安げな表情で自分自身に言い聞かせるように答える。
守羽の首に触れ、手首で脈を取り、呼吸に胸が上下するのを確認して、再度うんと頷いて存命を認識する。
「大丈夫だよ、守羽は生きてる」
それを受けて、シェリアはしゃがみこんで守羽を見ていた状態からすっくと立ち上がり、
「そっかー。んじゃ、あたしはもう行くね。レイスのとこ戻るから」
「ありがとなシェリア!お前のおかげで助かったわ!」
血だらけのわりに怪我はほとんど“再生”している由音が、いつも通りの元気っぷりでシェリアに向けて片手を挙げる。
「うん!シノもおつかれさまー」
パァンッ、と由音の手の平に自分の小さな手を打ち合わせて、シェリアは身長差のある由音を見上げる。
「ミカドが起きたらさ、ありがとって伝えておいて!あたしがオニにやられちゃいそうににゃったとき、守ってくれたから」
「おう!今度お前んところでなんかあったらこの借り返しに行くぜ!またなっ」
わしわしと頭頂部の猫耳ごと頭を撫でる由音に、シェリアもワンピースから覗く尻尾をぱたぱたと振りながらにぱっと笑って頷く。
「シズもまたね!」
「あ、うん……またね、かな?シェリア」
控えめに手を振った静音にも笑顔を向けて、シェリアは屋上から飛び降りて違う建物の屋根や屋上へと跳び移りながら去って行った。
「そんじゃ、オレらも帰りましょ静音センパイ!とりあえず守羽を家まで運んで、それからオレが家まで静音さん送りますよ、まだ何があるかわからんし!」
「そうだね……由音君、お願いできるかな」
「うっす!」
言うが速いか守羽の体を担ぎ上げる由音を横目に、静音も夜の景色の向こう側をぼんやりと眺めながら考える。
(また来るのかな……ううん、来るんだよね。あんなに強い鬼が、また)
次また襲ってくる時、またこんな風に切り抜けられるのだろうか。守羽は、今度こそ殺されてしまうのではないか。
そう思うと、今回無事に生き抜けたことが奇跡のように感じる。いや実際いくつもの要素が絡んでかろうじてこうなっただけだ。一つでも欠けていたら守羽は殺されていた。
ぞくりと恐ろしい想像に身が震える。
死なせたくない。死んでほしくない。
その為にこの身を餌に神門守羽の内側に居る何者かを表層に現出させて生き延びてもらう算段を立てたのだから。…結局最後は生きてもらう為に守羽自身に闘ってもらうことになってしまったのが非常に悔まれることだったが。
四門の一件でも感じたことを、今ここでも痛感する。
自分の無力さを。
(……どうすっかな)
そんな静音の心中を察することなく、しかしまた由音も自身のことについて珍しく悩んでいた。
(“憑依”がまるで通じなかった、あの赤髪の鬼…。馬と牛はまだいいとしたって、ありゃダメだな。全開まで深度を引き上げても勝てる気がしねえ)
たかが一撃で少しの間戦闘不能にされてしまったことを、由音はかなり深刻に考えていた。
これまでは一度として鑑みたことのない、自身の戦力に関して再度考察し直す。
(今までは“再生”のゴリ押しでぶっちゃけどうにかなってた。最悪でもオレが死ぬようなことは無かったからな。油断…じゃねえか、過信?ああよくわかんねえ!)
守羽を担いだまま乱暴に自分の髪を掻き毟る。
(考え直さねえとな!“憑依”の力は人間の強度を越える勢いで力を引き出せるけど、普通ならそれで体はぶっ壊れる。オレは“再生”があるからそれがねえけど。だから……だから、もっとちゃんと“再生”が使えればそれだけ“憑依”も深く使えるってことだ)
シンプルに考え、由音は自らの方向性を見極めていく。
(守羽の足手まといには絶対ならねえ。この力は、あいつの為に極めるって決めてんだからな。ずっと前から!)
守羽を想う二人の男女は、そうして今後を想定して自らの成すべきことへの思案に暮れながら帰路についた。
ーーー同様に、意識を失っている守羽も、その奥底で自分ではない何者かとの対話を終えてこれからのすべきことを固めつつあった。



「やっほーただいまー!」
「…ああ」
大鬼との戦闘跡に一人残っていたレイスのもとへと、元気に声を上げてシェリアが舞い降りる。
「シェリア、無事か?怪我は」
「ううん、だいじょぶ。レイスこそ平気だった?オニはどしたの?にゃんか違う人が来てたみたいだけど」
人外の聴力で新手の存在を認知していたシェリアに、レイスも隠すことはせずそのままを話す。
「神門が出て来た。それと、アルもな」
「アル?へーこっち来てたんだ!元気だった?」
顔見知りの名を聞いてシェリアも嬉しそうに耳を動かすが、対してレイスは苦い顔をして歩き始めた。シェリアも無言で付いて行く。
「ねーねー、レイスどしたの?」
少し歩いてすぐ無言に飽きたのか、シェリアがレイスの様子を気に掛ける。
それにレイスもすぐ応じ、口に出しかねていたことを訊ねる。
「シェリア、アルをどう思う」
「うーん?面白いと思うよ!」
子供そのものな答えに思わずレイスも微苦笑してしまったが、もちろんレイスはそういう意味で訊いたのではない。
「アルは……もう我らと同じ妖精ではない。元はそうだったが、今は違う」
「…えっと、『反転』だっけ?」
その単語を知っていたことに僅かながら意外に思いながらもレイスは顔に出さずただ頷く。
『反転』。
それは人外における性質がひっくり返ること。
人ならざるモノには、人々から語り継がれて来た様々な伝承・由来・出自がある。もちろん単一で固められた存在も珍しくはないが、大抵多くは一つに依らない。
そして、なんらかの切っ掛け、要素、状況において本来持ち合わせていた性質が『反転』し、変化する。
対極の位置へ、あるいは別口の何かへ。
「我ら妖精種が他の要素へと『反転』することはまず無いのだが、アルは……アルヴは違う。今のあいつは魔性の者、悪魔だ」
「でも、アルはアルでしょ?」
シェリアの言葉に、レイスも答えに窮する。
確かにアルは『反転』してからもさして違いが見られない。多少好戦的になり、行動や言動も粗野になり妖精からは若干遠のいたが、それでも全てがらっと変わったわけでもない。
だが、それでも。
「それでも、あいつは『反転』し妖精を裏切り、彼女を連れ去る神門に与して妖精界を去った。だからもう、奴は敵だ」
言い切って、少しだけ目を伏せたレイスは一度顔を上げると隣を歩くシェリアを見下ろす。
「シェリア、一度戻るぞ。皆にことの顛末を話し、今後の出方を練る」
「今後、って?」
「神門勢との交戦もあり得るという話だ。この街に奴等と彼女がいるとわかった以上、こちらも黙って見過ごしているわけにはいかない」
「戦うの?」
「可能性は高い」
嫌そうに耳をぱたんと倒したシェリアは、眉をハの字にして唸る。
「う~、仲良くすればいいのに」
「そんなことが出来ればずっと前にそうなっている。ともかく一度戻るぞ」
「…それって、あたしも?」
「何を言っているんだお前は……」
呆れ顔になるレイスにシェリアは真顔で、
「この街に残っちゃだめ?」
「…なんの為にだ」
「だってここ面白そう!シノもいるし、あとあとシズって女の子とも話してみたい!ミカドだってそんにゃに悪い人じゃないと思うよ!」
「…………はあ」
この娘を相手にして何度目になるかもわからぬ深い溜息を吐く。
「だめ?」
「もちろん駄目だ」
「なんでー!」
何故『なんで』なんて言葉が出て来るのか、レイスは頭を押さえて左右に振るう。
「危険だからだ。敵が多過ぎる、神門……神門守羽はまだしも、神門旭は危険だ。そもそも奴はな」
「だいじょうぶだってばー」
自分の知らないところで脅しとはいえ命を狙われていた者がいる街なんかに一人で残してはいけないという当たり前の考えを、シェリアは純粋な眼差しで否定する。
「みんにゃ、話せばわかると思うよ。わかんにゃい人もいるけどさ、でもレイスってば話すこともしにゃいで決めつけるのはよくにゃいよ!」
「むう…」
微妙に正論を突かれてしまい口籠るレイスは、それでもシェリアをこの街に残していくのは許容できなかった。
せめて、信頼に足る人物に預けられればいいのだが…。
と、そこでたった今言われたことと共に一つ思いついたことがあった。
「ふむ、話し合いか。確かに、言葉を交わさねばわからんこともある」
「でしょでしょー!」
「そうだな、お前の言う通りだ。預けるか否かはまだ決めかねるが、一度話してみるのもいいかもしれないな」



「そういえばレンはどうしたんだい?一緒にいないのは珍しいね」
「アイツっすか?うちの子を寝かしつけてると思いますけど。夜更かしはあまりさせたくないんで」
こちらも帰路への途中、神門旭とアルは日本刀を堂々と持ち歩いたまま何事もないように会話をしていた。これが昼間であったら誰かしらが通報していてもおかしくない。
「そっか。うん、それがいい」
「それと旦那、一応旦那が刀取りに行ってる間に面子には一通り声掛けておきやしたぜ」
よほど面倒だったのか、首を鳴らしながらそのことを伝えるアルに旭は満足そうに頷く。
「どうも。助かったよ」
「へいよ。しかしこのタイミングで招集ってなると、やっぱ連中とドンパチ始めるんですかい?」
今度は両手の骨を鳴らしながらわくわくした瞳を向けて来るのに顔を背けながら、
「い、いやまだ決定したわけじゃないからね…」
そうボカして旭も適当に受け応える。
「ただ、可能性は高いかもしれない。僕はともかく、彼らはそうはいかないだろうし」
「でしょうね。連中はとっくに話し合いを捨ててる。力尽くでも姐さんを奪いに来るでしょうや」
「先に奪ったのは僕の方だからあまり文句も言えないんだけどね…はは」
「旦那方は合意だったでしょうが。連中は強引に、だ。迎え撃っても大儀はこっちにありますぜ」
信じてそう疑わないアルの強気な発言に、旭は時折見せる鋭い眼差しで顔を正面に向けたまま口を開く。
「彼らも彼らの正義に基づいて動いている、大儀で言うなら彼らにもそれは充分にある。ただし、僕の想いはそれに勝る。…たぶんね」
最後の一言だけ茶目っ気を出して言った旭にも、アルはやはり態度を変えない。
「いいじゃねえですかい。人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られてなんとやらだ。いつでもおっ始められるよう準備だけはしときますんで」
「うん、頼むね。あと、……僕の方もそろそろかな」
何が、とは聞かなかった。
アルも知っているからだ。神門旭の子のことを。
「僕らも、そろそろ家族会議の頃合いかもしれないね。……守羽」
暗闇の中で、神門家の大黒柱である父は『出張』から帰り家族との会議に身を投ずる。

       

表紙
Tweet

Neetsha