Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第三十五話 退魔師

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「ねーねーシノ、それにゃに?」
「あ?焼きそばパンだけど、…食ったことねえの?」
「見たこともないっ!」
「マジかよ!んじゃ半分やるから食ってみ、うまいから!」
「わぁ、ありがと~♪」

「…………」
昼休みの屋上、立ち入り禁止のはずのその場所で当たり前のように昼食をとる俺達。まあそれはいい、別に学生立ち入り禁止とか俺も気にしてないし、屋上は色々と便利だし。
ただいつもであれば、この場にいるのは俺か、あとは由音くらいのもののはずだった。
ところが今日は違う。
四人だ。
四人もいる。
「なんだこりゃ…」
納得したはずではあるのだが、俺は誰にともなくそう呟いていた。
それをしっかり聞き取っていた隣の先輩が、可愛らしい小さなお弁当をつつく箸を止めて俺へ顔を向ける。
「どうかした?守羽」
「ああいえ、なんでも…」
不思議そうに小首を傾けつつも、静音さんはそのまま食事に戻る。
優等生の静音さんがこの屋上にいるということも、変と言えば変だ。というか心配だ、こんなところを学年主任にでも見つかったらと思うと。俺や由音はともかくとしてもだ。
さらに言えば、一番ヤバいのはこの四人の中で唯一制服を着ていない少女だ。白いワンピースを屋上の強風ではためかせて、その内側から黒い尻尾を覗かせている。
由音からもらった焼きそばパンなんかを幸せそうに食すその少女の頭部から生えた二つの猫耳が感情に連動してかぴこぴこと揺れる。

ーーー大鬼・酒呑童子との戦いから一夜明けた日の昼頃、こんなことがあった。




酒呑童子のせいで学校の正面玄関が大破したので、その日学校は急遽休校となった。事件事故の面から色々と調べが進められているらしいが、あの時間帯は教師も生徒もほとんどいなかった為に有力な情報は集め切れていないようだった。
そんなわけで、俺と由音は自宅待機と回ってきた連絡網をガン無視して例のラーメン屋にて昼食を取っていた。
またしても無茶をしたということで母さんにしこたま怒られたが、逆にそれしかしてこなかった。詳しい事情や経緯を訊こうとはせず、ただ説教だけで終わったのはおそらくそれ以上話を先に進めることを躊躇ったからだろう。母さんも、俺の状況については理解しているらしい。俺からアクションを起こしてくるまで待つつもりだろうか。
とはいえ母さんとだけ話をしてもあまり意味がない。両親揃わなければ。
そんな父さんは明日には戻るということなので、それまで家族会議はお預けという形でひとまずは保留となった。
「話がある」
だというのに、違う方向から俺へアクションを起こしてくる輩もいた。
昼食を終えてラーメン屋から出て来るのを待っていたかのように、そこに一人の青年が立っていて開口一番そう言った。
「レイス…」
「おっ、生きてた」
こちらも初手からド失礼なことを言ってのけた由音だったが、その妖精の青年レイスは一瞥くれるだけで何も返してくることはなかった。
怒っているのだろうか、なにやらやたらと神妙な顔をしている。といっても俺が見るコイツの表情は大体無表情かきつい顔つきしか知らない。
「やっほー!」
そして、その背後にはシェリアもいた。
「おっすー昨日ぶり!」
「そうだねーにゃははー」
なんでかやけに仲良しになっている由音とシェリアが適当な挨拶を交わしているのを横目に、俺は早々にレイスへ本題を訊ねる。
「話ってのは?また俺や両親に手出すつもりか」
詳しい事情を知らないままだが、どうもレイスは俺や父さん……『神門』という名に強い敵意を抱いているらしい。さらに母さんをも連れ去ろうとしている発言も漏らしていた。
油断は出来ない。
「いや、お前はしばらく様子見することにした。お前の両親は…まあ、今はいい」
「今は、ね」
結局、いつかは手を出すつもりってことか。
「今回はそれとは別件だ」
言って、レイスは俺から視線を外すとその先にいた人物に声を掛けた。
「東雲由音。お前にも話がある」
「…っえ、オレも?」
シェリアとじゃれていた由音がぽかんとした顔で振り返った。
どういうことかの詳しい説明もないままに、レイスは再度俺へ向き直り、
「神門。…神門守羽」
「なんだ」
「俺は少しお前のことを誤解していたように思う。お前には我ら妖精の血が半分入っているとはいえ、やはり良くも悪くも人間なのだと認識していた。我ら人外の者には情けも容赦も掛けることがない。ただの混血、ただの人間だとな」
「はあ…」
いきなりよくわからんことを語り出したが、ひとまずは最後まで聞くことにする。
「だがお前はシェリアを護ろうとした。だからお前に一度、問いたかった。神門守羽、人であろうとするお前にとって、片割れの性質、存在の半分を分かつ妖精というのはなんだ。人外はお前にとっては一体なんだ」
この段階で、この状況で、コイツは難しい質問をしてくる。
人外とは、即ち悪。害。敵。災厄を運ぶモノ。
…っていうのが、これまでの認識。いやそう認識しようとしてきたのが、これまでの俺。
だが、今は。
大きく息を吐いて、今現在の段階での俺の意見を答える。
「人間の中にも、良いヤツと悪いヤツってのはいる。人外だってそれは同じだろ。極悪人なら、人間だって人外だって許せないけど、そうでないなら…別にいいんじゃないのか。考えてみりゃ、人外だからって毛嫌いすんのは人種差別と大差ないことだしな」
『あいつ』が言っていたようなことを、口にする。真似をしたわけじゃない。
あれは、あの言葉は。きっと俺自身の言葉でもあるだろうから。
「そうか」
淡白に一言返して、レイスは少しだけふっと笑った。
「なんだよ」
「いや、なにも。少し安心しただけだ」
なにが、と言う間もなくレイスは由音に向き直った。
「東雲由音」
「おう!」
ほとんど面識がないはずなのに大仰な返事をした由音に、レイスが言う。
「お前は、シェリアをどう思う」
「は?」
思わず関係ないはずの俺が素っ頓狂な声を上げてしまった。
「どうって…好きだけど」
それに対する由音の回答も極めてやばかった。
「む…」
今の言葉をどう解釈したらいいものかと、レイスがしばし無言になる。だがあの由音のことだ、たぶんあまり深く考えて言ったことではない。
なので、少し助け船を出してやることにする。
「良いヤツだってことだろ?」
「おう!楽しいし面白いしな!」
いつものフル元気で応じた由音に、レイスも納得いったように軽く頷いた。すいませんね、わかりづらくて。そいつストレートに馬鹿なんですよ。
「お前は、人外を恐ろしく感じたり、憎く思ったりはしないのか?」
レイスのそれは、純粋な疑問だったように俺には思えた。
まあ普通の人間であれば何かしら思うところもあるだろうが……由音は生憎とその『普通』には該当しないしな。
「別に!さっき守羽が言ってたろ!人外だろうが人間だろうが良いヤツは良いヤツだし、悪いのは悪いんだって。シェリアは良いヤツだから好きだ、お前もそうだろ!?」
「俺は…いや、そうだな」
一瞬否定しかけたレイスはゆるゆると首を左右に振って、
「そういうものかもしれん」
そう改めてから、レイスはさらに確認を取るように、
「では、お前はシェリアを憎からず思っているわけだな?」
「だからそうだって言ってるだろ!」
「ふむ…」
何か思案するように顔を斜め上へ向けてから、決断するように瞳を数秒閉じてから開く。
「ならば、お前に一つ頼みたい」



「大丈夫かよ……」
やはり思わず溜息が漏れる。直接的には俺に関係なくともだ。
「…あの子、由音君が引き取ったんだってね?」
隣の静音さんの言葉に、俺は肩を竦めて見せる。
「引き取るというより、面倒を見ることになりまして。レイスが戻って来るまでの間」
レイスの頼みとは、自分が所属する組織へ報告をしに行っている間、ここに残りたがっていたシェリアの面倒を見てやってほしいということ。
一緒に連れていけばいいじゃねえかという、由音にしては至極真っ当な意見に対しても、レイスはやはり冷静に、
『シェリアには少し外の世界を知っておいてもらいたい。でなければ今後苦労するだろう。人外は外見に囚われない者が多いが、シェリアは見た目通りにまだ幼いのでな』
とのこと。
言ってることはわかるが、何故それを俺達に押し付けるのか。
まあ、それを引き受けた由音はちっとも迷惑そうではなかったから俺もそれ以上何か言うことはしなかったが。
『東雲由音共々、一応預けるからにはそれなりに信用している。間違っても何か害を及ぼすようなことはするなよ、半妖の同胞。では、済まないが任せる』
最後にそう言い残して、レイスは去って行った。
かなり仲間意識が強そうなヤツだったわりに、シェリアをあっさり置いていきやがったのが気になる。そんなに俺や由音が任せるに足る人物だと認識されていたのだろうか…。
俺だって別に危害を加えてこない人外を相手にする気はない。シェリアには大鬼戦で一緒に戦ってもらった借りもある。それは危ないところを救ってもらったレイスにも同じことだ。
人外一人の面倒見るくらいで借りを返せるなら安いものだと思おう。どうせほとんど面倒は由音が見るんだろうし。
そんなことがあっての翌日、一応正面玄関も応急処置的に修繕して登校可能となったことで俺達もいつも通りに学校へやってきた。
まだ色々あるんだろうからもう数日は休校でよかったような気もするが、うちの学校はよほど生徒に授業を受けさせたいらしい。もう少しで夏休みに入ってしまうから、というのも理由の内にはあるんだろう。
というわけで、もう大鬼戦から二日経っている。未だ鬼共が再び攻めてくるということはない。向こうも警戒してるんだろうか。
ともあれこちらとしては好都合だ。俺は人外だけじゃなくて『四門』とかいう人間にまで目を付けられている。
連中がおとなしくしている間に、俺も俺自身の核心へ至る『答え』を拾い集めるとしよう。
勝負は今夜。父さんが帰ってきたらだ。

       

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