Neetel Inside ニートノベル
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 本当に久々に父さんと一緒に風呂に入り、上がって少ししてから母さんの作った晩御飯を三人で食べる。
「それで、守羽」
 母さん手作りのハンバーグを白米と一緒に食しながら、父さんがおもむろに口を開き、
「君は何から訊きたい?」
 雑談をするような雰囲気で、そう言った。
「……え?」
「僕のこと、母さんのこと、君自身のこと。知りたいことはたくさんあるでしょ?だから君が知りたいことから話そうかなって」
 当たり前のように、父さんは食事の合間にテレビなんか見ながらそれこそ世間話のように。
「今、このタイミングで?」
 食事中にするような軽い話じゃなかったと思うんだけど…。
「あまり重々しくするのも話しづらいし、訊きづらくない?まあ君の望む形でやるのが一番だと思うから、そこは任せるよ」
「えー」
 ちょっと雑じゃない?
 でも確かに、あんまりにも重苦しく話をされても困るっちゃ困る。これくらいの空気で話すのがちょうどいいか。
「守羽も、いい加減何も知らないのは嫌でしょ?何も知らず何かに巻き込まれ何も得られず何かを終える。後手に回ってばかりの君はもうそろそろうんざりしてるはずだ」
「…よくご存じで」
「君の父親だからね」
 話している内に、少し父さんの様子が変化してきたような気がする。気配が鋭くなったというか、いつもより落ち着き払っているというか…。
 これが本来の父さんなのだろうか。ともあれ、言ってることは合ってる。うんざりだ。
 これまでは人外に絡まれるのが嫌で、あえて知らないようにしていた。知れる機会はいくらかあっても、実行はしてこなかった。
 だが結果として事態は変わらなかった。どころか悪化してるとさえ言える。俺が何も知らなかったばかりに、状況を無駄に深刻化させてきた。
 もう知らなければならない。これまでの平穏な日々は無くなってしまうかもしれないけど、それでも俺はもう知らん顔はしていられない。
 ここでいつまでも足踏みしていては、今度こそ全て終わる。守れず、救えず、なにもかもを手の中から零れ落としてしまう。
 だから、
「父さんは、一体何者だ?」
 だから、俺は核心に触れていく。
「…そうだね、うん。まずは僕の素性を一から明かすところから、かもね」
「…、」
 母さんはずっと黙ったままだ、父さんに全て任せているのか。
 さっき風呂で剃ればよかったのにしなかった無精髭を撫でさすり、父さんは少し考えてから、纏まったのか再び口を開く。
「まず僕の本当の名を。僕は陽向旭、代々から陰陽道における陽の力を継承してきた退魔師の一族だ。いや、一族だった」
 陽向ひなた
 人面犬・カナを不可思議な術によって人外としての力の半分を削ぎ落とした者。そして今その家系の一人はあの四門とかいう女と行動を共にしている。
「今は陽向の姓を捨て、ある人から譲り受けた『神門』の姓を名乗っている。そして…」
 父さんは一拍おいて、それから僅かに母さんと視線を交わしてから打ち明けるように、
「その当時、妖精世界において女王筆頭候補に挙がっていた母さんと添い遂げる為に妖精界へ殴り込み、盛大に暴れた末に母さんを奪い去った。だから僕は妖精種からは大罪人として目の敵にされている。そして、『神門』の役目も放棄したが為に四門からも狙われている有様だ」
「……」
 どういうことだかさっぱりわからない。
 ある程度は予想していた。父さんは只者じゃないとか、母さんは妖精種らしいとか。
 ただあまりにも予想を超えた話が過ぎる。父さんは元々陽向だった?その姓を捨てて神門になった?役目を放棄?
 わけがわからないことだらけだ。
「うーん…そうだね。えっと、何から……」
 またも父さんは三度ほど唸ってから、よしと頷いてからカラになったご飯茶碗を母さんへ差し出す。
「まずは陽向のことから話そうか。母さん、おかわり」
「はい」
 母さんはやはり何も口出しせず、受け取った茶碗にご飯をよそう。
「まず、守羽。異能や人外はどうやって生まれるかわかるかい?」
 陽向の話じゃねえのかよと言いたくなったが、物事には順序がある。これも必要な話なんだろう。
 俺も詳しくは知らないが…。
「確か、人が強く望んだものが形を成したり、一つの能力になったりするんだっけ」
「そうだね。正しくは、多くの人間が強く望んだものが、かな。人には無から有を創れる能力が備わっているから」
「それは、異能ってこと?」
「近いけど、たぶん違う。この辺は諸説あるけど、確か星の意思とかいうのが有力だったね。この星で一番栄えている種に、奇跡の力が備わるとかなんとか」
 …今度は星ときたか、随分とスケールがでかくなってきた。
「ただしそれも個ではあまり意味を成さない。これは集団においてようやく効力を発揮する代物だ。曰く、『群による空想の具現化』らしい」
「へえ…?」
 いまいちよくわからない。
 俺の表情で察したのか、父さんも少しだけ笑って説明してくれる。
「人は、理解の及ばない現象とかを前にした時、つい人間ではない何かを思い描く。そしてそれは人々に伝播していく。多くの人が、信じられない現象を人の枠を超えた『何か』のせいにする。それが溜まり溜まって集積していくと、やがて具現化する」
「頭の中のイメージが、実際に現れる?」
「そういうことだね。人々の間で共通した認識が基盤となり、最適化されたそれは目的を持ってこの世に現れる」
 母さんから茶碗を受け取り、話はまだ続く。
「まあよくある話さ。人の発想から伝説は生まれ、誤解により幻となる。畏れは悪魔となり、信仰は天使になる。憧憬はやがて神を生み出し、そして恐怖は魔となる」
 そこでご飯を口に入れて咀嚼しながら、箸の先で俺の皿を指し示す。冷めちゃうから食べながら聞いてとかって意味だろう。でもこれやっぱり食事しながらしていい話じゃないよな…。
「そうして生まれる、そうして産み出される。全て人間の想像や空想から。人の噂が妖怪を生み、人のはなしが妖精を創り、人の畏怖が怪物を産み、人の畏敬が英雄を成し、人の憎悪が呪いを呼び、人の好意が救いを放ち、人の欲望がわざわいを誘い、人の希望が軌跡を描く。そうやって出来上がる。人は人の下に虐げる何かを吐き出し、人の上に永遠に届かない何かを奉る」
「それが、人外…」
 人の妄想や空想、想像から産み落とされた存在が人外。
 なら、ということは、母さんも。
「人の身に宿る異能も同様だよ。手から火を出したい、空を自由に飛びたい、行きたい場所に瞬間移動したい。多くの人間が望んだ異質の力は、現実に発現する。…ただし、異質の力は付与する相手を選ばない。完全なランダムで、多くに望まれた力が少しも望んでいない人間に付与されることも珍しくはない」
 もっと腕力があれば、もっと脚力があれば、もっと視力が良ければ、もっと力があれば。
 俺の“倍加”による身体強化の異能も、おそらくはそういった多くの人間に望まれた願望によって生み出された力なんだろう。そして、たまたまその発現者が俺だったと。
 同じ理由で、壊れたもの、直せないものをどうにかしたいと願って生まれた“復元”。欠損や大怪我を治したい癒したい、そうして生まれた“再生”。
 それらの『群による空想の具現化』によって創造された無差別な力の選別に選ばれたのが、静音さんや由音。
「これが人外と異能の大まかなシステムだね。だから今現在でも進行形で新たな人智を越えた存在、人の手が届かない領域へ至る能力などは望まれ生まれ続けている」
「迷惑な話だなあ…」
 少なくとも、俺や俺の周囲の能力者は誰も自分の異能の発現なんて望んでいない。
「しょうがないよ、群による想像の創造はそこに大きな都合のいい欠点が生じる。どうしても多くが望んだものをその多くへ割り振ることは出来ないからね、具現化にだって許容量ってものがある。じゃなきゃとっくにこの星は力に溺れて滅びている」
 それも構造システム上での仕組みってわけか。本当に星の意思なんだとしたら良く出来てるとは思う。
 その説明はわかった。ということは、だ。
「陽向やら四門っていうのも、そういう風に付与された家ってことなのか」
「…陽向家はね、おそらく一番最初は世に巣食う悪い人外を滅するべく動いた能力者だったんだ。ただの善人だったんだね。それだけだったら良かった、その人はきっと望むべくして力を手に入れた幸運な人ってだけだったんだろうから」
 陽向の話になり、父さんは箸が進まなくなって次第に動くのは口のみになっていった。母さんなんてそもそも最初から箸がほとんど動いていない。
「そうして強い力で悪い人外を倒していったらね、周りの人は言い始めるんだ。『あの人があれだけ強いんだから、きっと子供が産まれたらその子も強い力を宿すのだろう』ってね。もちろんそんなことはありえない、異能は突発的に付与し発現するものであって、遺伝するものでは決してないんだから。でも周囲の人達はそんなこと知らない、だから信じ切った。周囲全員が信じて疑わなかったんだ、多くの人間が」
 信じた。多くの人が。そうすることで起こるのは…。
「群による、想像…具現化…」
「そう、あまりに多くから信じられてきたせいで、それは現実に発生した。これが後々に子々孫々と代を重ねても継承されていく異能持ちの一族『陽向』の起源になった。彼が初代だね」
 多くにそうと信じ望まれて来た、確実に異能を宿していく家系。
「だから怖いんだ、人間の信心ってのは。数で押せば大罪人だって英雄として祭り上げられる。おかげで僕達は退魔師として育て上げられてきた。個人の異能だけでなく、代重ねするごとに魔を討つ技能は付与され磨かれ続けてきた。…純血じゃなければ継承も終了すると思ってたんだけど、そうもいかなかったみたいだね」
 そう言って父さんは申し訳なさそうに俺を見る。
 それで合点がいった。
 俺の体を使って『あいつ』がやったこと。大鬼に唯一有効な攻撃を放った、あの術。破魔の法、断魔の太刀。
 あれはそうか、俺の中に半分流れる退魔師ひなたの血があったからこそ出来たことだったんだ。
 しかし、まさか父さんが陽向の人間だったとは。どうもカナが言っていた感じだと陽向って退魔師は人外を全て害悪と割り切って狩ってる連中みたいな言い方だったが…。
「ん、そういえば他の陽向は今あの四門って女ともつるんでるみたいだけど、そっちとも知り合いってこと?」
「ああ、そうだよ。陽向日昏ひぐれ。僕の同輩のような感じかな。ただ、あいつは…」
 そこで言い淀んだ父さんが、取り繕うように言葉を繋ぐ。
「ううん。あいつは陽向の中でもかなり優秀な退魔師だよ。なんせ、陽を司る陽向の中でもあいつだけは実験的に陰すら取り入れた、かなり特異な存在だったから」



「…君が、四門の言っていた悪霊憑きか」
「あ?」
 一通り遊んでからの帰り道、人気の無い道路を歩いていた由音の先に、闇に溶け込みそうなダークスーツを夏場にも関わらずきっちり着込んでネクタイまで締めた男が、火の点いていない煙草を咥えて立っていた。
「シモン?って確かあのクソ女じゃねえか!ってことはお前ぇ!」
「いかにも、退魔師の陽向日昏という者だ」
「やっぱヒナタとかいうヤツか!」
 数歩下がって拳を構える。同時に内側から込み上げてくるドス黒い汚泥のような存在を強引に引き摺り出し力を肉体に浸透させていく。侵され壊されていく自身の身体を、持ち前の“再生”で修復しながら深度を上げる準備を整えていく。
「なるほど、確かに悪霊…概念種の“憑依”を無理矢理に扱いこなしているな。『ツクモ』の家系以外でこんな真似ができるとは、少し驚きだが」
「なに言ってんだお前!?ってかなんの用?殺しにきたか?絶対お前敵だもんな!」
「自我も確立できているようだな。これでは四門が手こずるのも多少は頷ける話か」
 由音の様子を興味深げに眺め、ダークスーツ姿の陽向は軽く頷く。
「魔を滅すは我らが家の使命だ。かなり深いところまで浸食されているようだからしっかり診てみたいところだが、君はそれを許さないのだろう」
「ハッ、んなモン十年も前に間に合ってんだよバーカ!オレを助けてくれたのはお前らみてえな胡散臭ぇヤツじゃねえからなっ!」

       

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