Neetel Inside ニートノベル
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「…く…!」
 殺意に当てられ、俺は先走った。ろくでもない体勢から、どう考えても腰の入らない拳を放つ。
「そう、なるか」
 当然というか、そのパンチは日昏には当たらず通過した拳の横を流れるように移動された。
「ああっ!」
 避けられた拳を横に薙いで裏拳に繋げる。どうせ当たらないだろうが、このまま相手に回避させて距離を取り直す。
 くそ、何をやってんだ俺は。
 自分を叱咤しながら裏拳を振り回すと、視界が上下ひっくり返った。
「…!」
 裏拳を放った腕を取られ、投げられた。
「まだ二歩」
 たん、と軽く地を踏み日昏は宙に放り投げた俺へ右手を突き出す。握っていない。
(目、潰しっ!)
 首を捻って回避、同時に空振った右手を取る。そのまま落下の勢いを乗せて右手を真上に引きながら右脚を真下へ落とす。靴底が日昏の額を狙う。
「…四歩」
 たたんっ、最小限の動きで落とした右脚を避け、取って押さえていた日昏の右手の五指が瞬間的に動き俺の胸倉を引き寄せた。右手一本でしがみ付いていた俺の体を地面へ叩き落とす。
「ふんっ!」
 背中から地面に打ち付ける前に両足を先んじて出して衝撃を流す。胸倉を掴んだままの右手はまだ離させない。俺の左手で胸倉を掴む日昏の右手を押さえ、そのまま低い姿勢で再度懐へ潜り込む。
「五、六」
 俺の接近に合わせて日昏が二歩下がる。が、その程度では逃がさない。
(右腕力四十倍!)
 “倍加”で引き上げ、右腕を振り上げる。狙いは胴体。
 パンッ!
 身体ごと伸び上がる勢いで振った一発は膝蹴りを合わせられて軌道を逸らされた。膝蹴りに使った左足が最初の位置より一歩分後ろに下がる。
 まだだ。この近距離なら威力の乗った攻撃は出せない。右手を押さえたまま手数で翻弄して一撃を狙う。
「これで、七歩だ」
 左足を地に着いた瞬間、ぐんっと胸倉が持ち上げられる。
(さっきから、見た目通りの筋力じゃねえな!)
 明らかに何かブーストしてる。それを示すように、日昏が俺を掴んで一気に持ち上げて手を離す。一瞬の滞空の後に俺の体は重量に引かれて落下する。
「ーーー!」
 目を開けられないほどの突風。直後に目の前が真っ黒になる。
 日昏の着ているスーツが視界一杯に広がっているのだと気付くのと日昏の肘鉄が繰り出されるの、そして俺の両腕が狙い澄まされた心臓付近への一撃へ防御を回すのが同時だった。
 たっぷり数秒の間、空中を真横に移動してようやく両足が地面を捕まえて着地する。
「っつう…」
 両腕に痺れが走るが骨に異常は無い、大丈夫だ。
(でも直撃だったらヤバかったな)
 クリーンヒットしてたら胸骨ごと心臓が破壊されててもおかしくない一撃だった。
(俺と同じ身体強化が出来る系統の異能力者か?それとも退魔師の術式か技能か。そっちの知識はまだあの野郎からは返してもらってねえからな…)
 どの道、仕組みがわかったところで対処法を知ってるわけでもないから意味ないことだが。
反閇へんばい七星しちせい歩琺ほほう。異能に頼るのもいいが陽向の退魔師なら歩行法の一つくらいは習得しておくといい」
「だから陽向じゃねえっつのに…」
 …歩行法、か。
(全然知らない名前、ってわけじゃねえんだよな。どっかで聞いたような、…たぶん知ってるんだろう。今忘れてるだけで)
 特殊な歩行の所作で成立する地鎮や魔祓いに用いる歩き方のこと。気を鎮め効率よく廻らせるという効果もあるとされる部分から、身体強化の方法としても使われてる。
 ……覚えてんじゃん。
「それにしても、酷い体たらくだな」
 日昏は余裕を示すように片手を腰に当てて、
「少し殺す気を出しただけでその怯えよう。本当にその気だったら初手で片腕一本貰ってた」
「チッ!」
 悔しいがその通りだ、初めのは酷過ぎた。あんなのはどうぞ折るなり千切るなり好きにしてくださいと差し出したようなものだ。相手がその気じゃなかったからよかったものの。
 …その気が無かったから。
「なんだかんだ、手心を加えてくれると。そう甘えたな?」
 読まれている。俺の心が。
「オイこら守羽ー!馬鹿お前遠慮無用だコラぁ!やっちまえぇ!!」
(くそ、外野がうるせえ…)
「悪霊憑き。東雲由音、だったか」
 壁に寄り掛かって何事か叫んでいる由音を横目に、日昏は何気ない調子で、
「なんなら、彼から一本貰っていってもいいか」
 そう言って、またしても俺以外に牙の矛先を向けた。
(脚力八十倍!!)
 膝から下を刈り取るつもりで足を振るう。
「…殺すつもりで、いいんだな」
 日昏は両脚を曲げて真上に跳んでいた。
「なるほど、君も『そういう』人間か。つくづく親子で良く似ている」
 今度は頭蓋を砕く勢いで振り上げたハイキックもやはり防がれる。
 だが、今度はただ防がれて終わりじゃない。
 ボンッッ!!
「なんだ…っ?」
 防がれた蹴りの踵部分が爆発し、その勢いで強引に日昏を押し負かす。
 押し切った日昏を追いながら、左手に意識を集中させる。
 鋭利な刃、細く薄く、圧縮して、強力な斬撃を。数回振るえればそれでいい。
 イメージを形にして、掻き集める。
 大気中の水分が、手の内に集う。
 それを圧し、引き伸ばし、レイピアのように細く、しかしとても鋭い刀身を生み出す。
(いけるか…!?)
 水の剣の柄を握る。驚くほど手によく馴染んだ。それにとても軽い。
「だぁらっ!」
 縦横斜め、かなり雑に水の剣を振り回す。刀身からは圧縮された水が剣の軌跡をなぞり斬撃と化した。
 四度目で水の剣は折れ形を保てなくなった。日昏は空中で全て受け止めていた、いつの間にか両手に小振りのナイフが握られている。
 とはいえ滞空中の強引な防御だったからか完全には防ぎ切れておらず、スーツの上着やズボンが数ヵ所斬れていた。
 ダメージは無い。が、これでいい。
 こんな付け焼刃なものでも、一応は通じるということがわかった。通じるのならば、付け焼刃だろうが戦術に組み込める。
 出せる手は全て出す。
 追撃防止に投擲された二本のナイフを、折れてただの水になりかけてた剣の欠片から短剣を再度作り直して弾く。こちらは一度の使用で液体の水に戻った。
「その力は…妖精の」
 日昏は少し意外そうに霧散して消えた水を眺めていた。
 あの野郎の、『僕』との対話を終えてから、俺は少しだけこの力を扱えるようになっていた。
 妖精種の持つ、自然界に満ちる五つの元素を統べる力。ただし、手元から離す遠隔操作はまだ慣れておらず出来ない。せいぜい手元で武器の形として使ったり推進力を上げる為の噴射装置を擬似的に再現する程度に操るのでやっとだ。
 さらに“倍加”の限界も上がっていた。…確実に俺が自分自身を純粋な人間ではないと認めてきている証拠に他ならないが、それも仕方無いことかと思い始めている。諦めも肝心だ。
 認めなければ、この先何も守れないのだから。
「おっしゃいいぞー!やれやれやったれ守羽ーぶちのめせぇー!!」
「ちょっと黙ってろ!」
 相変わらず外野はうるさい。お前危うく腕一本取られるとこだったんだぞ。あいつは“再生”でまた生えるからいいのかもしれないが。
 ダークスーツの袖の中から新しいナイフを取り出した日昏が、手の中でその小さな刃を回している。
「というわけで、まだ不慣れな力のせいで手加減は出来ない」
「ああ。手加減も遠慮もしない方がいい。その程度で俺を上回っていると勘違いしてるなら、余計にな」
 勘違いしているつもりはない。相手は本職である退魔師の術をいくつも持っている。妖精の力を一つ使えるようになったくらいで圧勝できるほど甘くはないだろう。
 それでも、なんだろう。この感覚は。
 何か、うまく言葉で言い表せないけど。
 内側で、何かが砥がれていくような、そんな感じがあった。

       

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