Neetel Inside ニートノベル
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「で、あの退魔師と闘ってみてなんかわかったか?守羽!」
 結界が解けたことで身軽になった由音が、大破させてしまった工場から逃走した俺の隣に並んでいつも通りの調子で問うた。
「ん…ああ」
 訊かれて、俺も自身の状態を把握し直す。
 特に何か大きな変化があったわけではない。だが、
「……少し、掴めたかもな」
 具体的に、何が、というのはわからない。とてもあやふやで曖昧なものだが、俺はあの陽向日昏との交戦で何か本来持っていたものを、錆びついていた刃を研ぎ直すような感覚で取り戻せたように感じた。
 おそらくそれは、退魔の力。
 初めて他人が使う術を目の当たりにし、またそれをこの身で受けることで、俺という存在の半分を占める退魔師の血が僅かに反応を示した。
 頭の中でモヤモヤとしていた霧の一部が晴れたイメージ。
 俺の勝手な予想と認識でしかないが、きっとこれが、

 『残りの答えは自分で見つけろ。ヒントどころか解答なんてそこら中に転がってんだから、手近なとこから拾い集めていけ』
 『いきなり全部とは言わねえ、少しずつ返していく。だからいい加減お前も自分と向き合え』

 これが、『僕』とかいう俺の片割れが言っていたことの意味なのだろう。
「そか!んで、次はどうするんだ?」
 俺の様子に満足そうに頷いた由音が、両手を頭の後ろで組んで楽し気に言う。
「次?」
「おう、全部片付けるんだろ?あの陽向ってのもそうだけど、色々いるじゃんか!シモンに大鬼に妖精とか?それとも手分けすっか?やることいっぱいあるもんな!」
 俺が日昏へ向けて言ったことに対し、由音は当たり前のように自分も加わるつもりでいるらしい。俺が片付けるべき問題なのに。
「言ったろ、これは俺が逃げ続けてきたことへのツケなんだよ。俺がやるべきことなんだ」
 再三に渡って同じようなことを口にすると、やれやれといった具合で由音が首を左右に振るった。
「…なんだよ」
「だからオレも言ってんだろが!地獄の底までついてくって。いい加減わかれよな!」
 そりゃこっちの台詞だ、と返してやりたかったが、やめた。どうせそう言ったところで同じ会話を繰り返すことになるだけだ。もう、由音はどうあったって意見を変えることは無い。最初からこいつはずっと同じ考えと信念を貫いてきてるんだから。
 今更ブレることはない、ということか。
「絶対後悔するぞ」
「しねえよ、するわけがねえ」
 きっぱりと断言してしまう由音に、思わず俺も黙り込む。それが間違いではないと、必ずそうであると信じ切っている声音、語調。
 うるさくない時の由音は、大体そういう調子だ。そうなると、俺の調子が狂う。いやいつも狂わせられっぱなしなんだが。
「……由音。俺にはな、何もかもが足りない。でも、もう立ち止まってる暇はないんだ。弱くても、足りてなくても前に進まないと駄目なんだ。状況はもう後退もしなけりゃ停滞もしない」
 いつからこうなったのかはわからない。だが確実に俺や父さんを基点に事態はこじれてきている。もう戻れない。
 ここから先、俺は足りないものを全て前に進みながら埋めていかなければならない。他を気遣える余裕も、きっと無い。
「だから」
「足りないんなら、オレが補う」
 俺が全てを言い終えるより前に、由音が口を割り込ませた。
「弱いんならオレが力を貸す。進めなくなったら代わりにオレが進む。…いやオレじゃなくたっていい。静音センパイだって同じ風に思ってるだろ。オレが…オレ達がいくらでも支えになる」
 隣を歩く友人の顔は見えない。極力見ないように俺が正面だけを見つめて歩いているからだ。由音の方からも視線は感じない。
 互いに視線を交わさないまま、会話は続く。
「…ほんとにお前は、あれだな。アホだな」
「んなこと言っていいのか?守羽お前、今静音センパイもアホ扱いしたぞ!」
「なんでだよ」
 いつの間にか、空気は和らいでいつもの他愛ない話をするような気安さに戻っていた。
「センパイもオレと同じでお前の為になんでもする覚悟してる人だからな!守羽が静音センパイに何したのかは知らねえけど、オレは……とりあえず一度死んだようなモンだからな!だからオレはオレの考えでお前に尽くす!それがオレの存在意義だっ」
「相変わらずだな、お前は」
 東雲由音は二年前に一度死んだ。こいつにとってはそれは揺るがないらしい。だから俺と関わって得た二度目の生は、俺の為に使う。
 ずっと前から由音は変わらない。ブレブレな俺とは大違いだ。
 こいつのそういうところは、たまに羨ましいと思う。
「……次、か…」
 そんな由音の言っていたことを、口の中で小さく呟いてみる。
「…とりあえず、後手にはもう回りたくねえよな。四門も陽向も、できればこっちから攻められればとは思うが」
 日昏から聞いておけばよかったかな、と思う。おそらく馬鹿正直に教えてくれたりはしなかっただろうけど。
「大鬼も、あの程度のダメージなら無視してすぐにでも来るかもしれない。…妖精レイスもだな、シェリアがいる以上またこの街に戻って来るのは間違いないし」
 問題は、次に来る時に妖精の仲間を引き連れてくるんじゃないかということだ。そうなればさらに面倒になる。
 なんにしても、まずするべきは。
「情報を掻き集めないとだな。敵の居場所、目的、戦力、色々と情報が足りてない」
「…はー、めんどいなーそりゃ」
 俺の言葉に対し途端にやる気を消失させた由音に苦笑を向ける。確かにこいつはそういう方面には向いていない。
 無理しなくていいぞ、と言おうとして由音が自分の頬を両手で引っ叩いた音に遮られる。
「うっしゃ!人外の気配とかなら、オレが探れる!任せとけ守羽!」
 情報収集という、自分にとって不向きな仕事にも前向きに取り組もうとしている由音がじんわりと赤くなった頬をそのままにいつも通りの快活な笑みで俺に向き直った。
「んじゃ、明日から始めるとすっか!今日はもう疲れた!!」
 疲れたのなら大声出すのをやめればいいんじゃないのかと思ったが、こいつは素でそういう声量の持ち主だったのを思い出す。
「早く帰って寝ろ。明日遅刻すんなよ?」
「おう、努力する!」
 俺が片手を挙げたのを合図とするように、由音も同じように片手を振って道を外れる。帰り道は俺と由音では大きく異なる。ほとんど反対側だからな。
(俺も、早く帰って話の続きをしないとな)
 日昏のせいで大事な話の途中で家を出てきてしまった。父さんからはまだ聞かなきゃならないことがたくさんあるんだ。
 いつも意味なく走って帰っていく由音の後ろ姿を眺めながら、俺も小走りで家までの帰路を一歩踏み出した。



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「ああ、ちょっといいかしら。そこのお嬢さん」
「はい?」
 夜の大通りで、片手に買い物袋を、もう片手に学生鞄を持った女子高生が背後から掛けられた声に振り返る。
 肩付近まで伸びている若干茶色がかった地毛を頭の後ろで一本に束ねているポニーテールの少女。釣り目がちな両の瞳から、彼女の勝気な気質が窺い知れるようだった。
 制服を着て学生鞄を持っていることから学校帰りであることがわかるが、この少女は自身が通っている学校の生徒会に所属していた。
 生徒会副会長、井草千香。
 千香は自分に声を掛けてきた女性に目をやる。
 まず目が向いたのは、その長い髪。自分の友人にも黒く艶やかな髪を腰まで伸ばした者がいるが、この女性はそれよりさらに長い。膝裏にまで届きそうなほどの長い長い髪を、束ねるでもなく垂らしている。
 天然ものらしき赤毛の髪は、前髪だけ鳥類の爪を模した髪留めで左右に留めていた。
 ゴロゴロと大きなキャリーバックを引っ張って、呼び止めた女性が千香に近付いて、
「ちょっと人を探してるんだけどさ。悪目立ちする赤茶けた短髪の男、ここらで見なかったかな?」
「赤茶の髪、ですか」
 見た目二十代くらいの女性の質問に、千香は記憶を思い起こす。が、そんな髪の男などは学校の不良ですら見たことが無い。
「見たことないですね」
「そっかー。チィ、どこいんだろアイツー」
 正直に答えた千香の前で、女性は深い茶色の髪をいじる。よくよく見れば、その両目は澄んだ蒼色をしていた。
(外人、かしら?にしては流暢な日本語だけど…)
「あ、ねえお嬢ちゃん。ならさ、イカれた緑色の髪の男は見なかった?それか綺麗な白銀の髪の毛の女の子とか」
(なんかよくわかんないけど、すごいヤバそうな集まりみたいね…)
 この女性を含め、その探し人らもかなりの外見をしているような口振りに千香は表情には出さずに引いていた。当然そんな人達も見たことはない。
「いえ、知らないです」
「マジかー!ほんとに、どこいるのかしらねえ。気配も全然しないし」
 長髪を揺らしてきょろきょろと周囲を見渡すが、そんな近辺に探し人がいるわけもなし。そう千香は思っていたが、不意に女性の瞳がとある一点に止まった。
「おっと?」
 まさか見つけたのだろうかと千香もその視線の先を追う。すると、そこには千香も知っている顔がぽかんとした表情で女性と目を合わせて立っていた。
「…東雲…?」
「…あ、副会長」
 東雲由音という、常日頃から生徒会においても問題視されている騒音の化身のような男がそこにいた。
 最初女性を意味ありげな視線で凝視していた由音は、千香の声に反応して初めて認識したかのように彼女の役職を呟いた。
 それから足早に近寄ってきて、おもむろに千香の前に体を割り込ませた。まるで、女性から千香を庇うような構図で。
「ちょ、なにしてんのアンタは」
「へへえ、こりゃ珍しいものを見た。憑いちゃってるね?憑かれちゃってるね?」
「アンタ、この人に何してたんだ?」
 千香の言葉を完全に無視して、女性の発言にも返さず由音は純粋に疑問をぶつけるように女性へ問い掛けた。
「ん、別に。人を探してたからちょっと訊ねてみただけ。知り合い?」
「同じ学校のセンパイだけど。ほんとに何もしてねえんだな?」
 既に相手が人間の姿をした違う者だと理解していた由音は、用心深く再度訊く。
 女性は、赤毛をいじりながらも由音に対し蒼い双眸を嗜虐的に歪めて口を開く。
「…じゃ、もし何かしてたとしたら、どうするのかなあ?」
「ぶっ殺さないといけなくなるけど、いいんだなテメエ…!?」
「っ東雲!やめなさい、アンタ何言って…っ!」
 物騒な雰囲気を感じた千香は、咄嗟に目の前の由音の腕を掴んだ。掴んでから、ぎょっとする。
 掴んだ腕の、その半袖シャツが真っ赤に染まっていたからだ。しかもよく見れば赤い滲みは全身に広がっている上、生地も引き裂かれたようにボロボロだ。
「副会長、下がっててください。ちょっと危ないかも」
 しかし由音はそんな千香の動揺にはお構いなしで背中を向けたまま顎で下がるように示す。
「ったく、疲れてるってのにな!なんだお前は、また守羽狙いの人外か?」
「おっと、憑かれてるだけに疲れてるってかな?しょうもないけど私は笑いのハードルが低いから特別に七十八点と評価してあげましょう」
 微妙に噛み合っていない会話を展開しながら、瞳を昏く混濁させ始めた由音と長い赤毛の女性とが向かい合って、決して友好的とは呼べない視線を交わす。

       

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