Neetel Inside ニートノベル
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『えー、一学年の東雲由音。至急生徒会室まで来るように』

「マジか!」
 昼休みになると同時に入った学内放送に、今まさにダッシュで購買へ走ろうとしていた由音は顔を上げてスピーカーを見上げた。
「おい東雲、お前今度は何したんだよ?」
「今度はってなんだ!?別になんもしてねえよ!」
「本当か~?あれ副会長さんの声じゃなかったか?やべぇんじゃね?」
「なんとかなんだろ!」
「ついに『由々しき騒音』の二つ名を持つ東雲由音も生徒会に粛正されるかー」
「そんな二つ名初めて聞いたぞオレ!」
 放送を受けて、クラスメイトが由音へと殺到してからかう。相変わらず人気が高いやつだ。
 昼休みで沸き立つ教室から、弁当箱を持って廊下へ出る。
 しかしまあ、こっちから出向こうと思っていたのに相手方から来たか。それはそれで手っ取り早く済みそうではあるが。
(生徒会室、ね)
 学生の教室があるこことは違う、もう一つある棟の四階に生徒会室はある。ひとまずは二つの棟を繋ぐ渡り廊下まで向かう道すがら、考える。
 それはこれから何も知らない一般人相手に異能のことをどう説明したらいいか、などといったものではなく、俺自身の今後について。
(今、優先して対処しなければならない者。やっぱり…ヤツか)
 現在確認している俺の『敵』の中から、危険度の高い相手を思い浮かべる。問題はヤツをどうやって見つけるかだが、そこら辺は由音に頼るしかないかもしれない。
 出来ればもう少し情報が欲しいところなんだが、あまり贅沢なことを言ってもいられない。父さんならきっと色々知っているんだろうけど。
 『今日はここまでにしよう。守羽も疲れたろうし、いっぺんに多くを話しても頭に入りきらない』。
 昨夜家に帰ったときに父さんはそう言った。陽向日昏との戦いについては一切聞かず、母さんも俺の怪我を治してただ笑うだけだった。もう危険なことはするなと言うつもりはないらしい、生きて帰ってくれさえすれば、怪我は治すことが出来るから。
 母さんの瞳は、そう語っていたように思う。
「守羽ー!置いてくなって!」
 渡り廊下に差し掛かった時、後ろから全力疾走で由音が追い付いてきた。それほど距離があったわけでもないがその顔には汗が滲んでいた。
「ちゃちゃっと終わらせようぜ。あの人なら理解力あるし、他人に言いふらすような馬鹿丸出しな行動も取らないだろ」
 生徒会副会長はそういう人だ。頭がキレて、物事に対する理解も早く異常にも迅速に対応できる力がある。
 多少常識から外れたことだろうと、呑み込むまでそう時間は掛からないだろう。さらにそれを他言したところで普通の人間が簡単に信じるようなことでないこともない、それを理解しているから言いふらすことも有り得ない。そもそもあの人は他人の秘密を無断で誰かに話したりするような人でもないことは静音さんの信頼っぷりからもよくわかる。
 だからこそ、あの人には素直に話すのが一番いい。下手に嘘を見破られて踏み込んでこられても面倒だしな、初めから線引きをしておけば賢い人ならば越えようとはしないものだ。
「え、ってかちょっと待って。守羽お前なに、自分だけ弁当持って行くん?」
「だって話がもし長引いたら飯食う時間無くなるだろ。お前が話してる間に生徒会室で食わしてもらう」
「ずっる!オイ今から購買行ってパン買ってくっから一分待ってて!!」
「四十秒で買ってきな」



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 様々な備品やら雑貨やら文房具やら、やたら沢山あるわりにはきっちり整然と片付けられているところは、さすが生徒の模範たるやを方針にしている生徒会のお部屋だ。
 由音が購買からパンを購入して戻ってくるまで待ち、その後二人で赴いた生徒会室には、一人の少女がパイプ椅子に腰掛けて待っていた。
 勝気な瞳、若干茶色掛かった髪を肩付近まで伸ばして後ろに一本束ねられたポニーテールが、開けた窓から吹く微風にそよそよと左右に揺れている。
「ちわーっす!!副会長!」
「……普通に開けられないの、アンタは」
 生徒会副会長、井草千香が荒々しく扉を開けた由音を一瞥し、それから視線をスライドさせて俺を見た。
「この馬鹿の付き添いです、翻訳役がいないとこいつの説明は聞くに堪えないと思うんで」
「そうね、それはありがたいわ」
 井草先輩は俺の端的な説明に言葉少なに同意して、
「それで、神門。ならアンタも無関係じゃないってことでいいのね?」
「ええ、まあ」
 そうでなければ翻訳どころかこの場に居合わせることすら不味いだろう。なにせ先輩が訊きたがっているのは普通からかけ離れた常識外のものなのだから。
「じゃあいいわ、適当にそこらにある椅子に座って。そんなドアじゃ防音なんて期待できないけど、一応は閉めて。鍵もね。他の役員には今日の昼休み中は私が貸し切ることを伝えてあるから誰も来ないとは思うけど」
 内緒話をする為の準備は万全というわけか。
 窓から入る僅かな風のみで涼を得るにはあまりにも温度湿度共に高過ぎる炎天下のお昼時。俺達は何もしなくても垂れてくる汗をそれぞれタオルやハンカチで拭いながらパイプ椅子に座って副会長と対面する。
「副会長!昼飯食べながら話してもいいですか!?」
「好きにして頂戴な。貴重なお昼休みを使わせてしまってることだし、その程度は目を瞑るわ」
 挙手して許可を得た由音がすぐさまパンの包装を破いて食べ始める。いきなりそれはどうなんだと思ったが、とりあえず俺も弁当を長机の上に置いて蓋を開ける。母さん手製の弁当は今日も美味しそうだ。
 そうして、危うく二度も人外騒ぎに巻き込まれ掛けた井草先輩への説明が始まった。主には由音が話し、足りない部分を補足する形で俺が所々口を挟む。
 かなり大雑把になってしまったが、それでも二十分ほどで大体の説明は済んだ。
「ふうん…」
 普通の人であれば失笑するか呆れるか、あるいは馬鹿にしているのかと怒るか。この話への反応はそれくらいのパターンしか無いだろうが、やはり井草先輩はそのどれにも当てはまらなかった。訊き終えて静かに俺達を鋭く見据える。
「世の中には人知れず、あるいは人の世に紛れて人ならざるモノがいて、それが時折人間へ襲ったりする事件や事故があったりする。あたしが見たのは両方共その一部で、あの気色悪い燃える人型はもちろん、昨夜の三人も人外だった」
「うっす!」
「そして、アンタらも普通ではありえない超常的な能力、異能を持っている」
「うっす!!」
「東雲、嘘は?」
「ついてないっす!」
 パンを食べ終えた由音へ、まるで尋問のように長机で構成された生徒会室中央に据えられた長方形の両端で二人が話すのを、こちらも食べ終わった弁当箱を布で包み縛った俺が黙して眺めている。
「神門」
「はい」
 と思えば今度は眼光がこちらへ向いた。
「今の話、全て真実であるとあたしに言い切れる?」
「…断言します。大声で笑ってくれれば、まだこっちもくだらない冗談話で終わらせられますが」
「わかった、なら信じるわ」
 予想通り、ではあるがあまりにもあっさりと井草先輩は納得してくれた。
「アンタは静音が絶対の信頼を置いてる後輩よ。こんなくだらない冗談話で話を逸らせよう、なんて魂胆じゃないことを信じる」
「ええと…ありがとう、ございます」
 井草先輩が静音さんと親しい仲なのは知っていたが、静音さんはそんなことを言っていたのか。ちょっと嬉しいけど気恥ずかしいな。
 俺は由音に購買がてら買ってきてもらったお茶の缶を飲み干して長机の上にカコンと置く。
「というわけで、このことは他言無用かつ立ち入り禁止のラインということでご了承願いたいんです。異能持ちの俺達でさえ命張った危険な領域なので」
 説明し終えて息を吐き出しながら手で顔を扇ぐ由音は放っておいて、俺は最低限伝えておきたいことを伝える。
 生徒会副会長という役職故か、真夏に首元までしっかりボタンを留めた学校指定の半袖ワイシャツの胸元をもどかしそうに摘まんで、井草先輩も重々しく頷く。
「わかったわ。本当なら生徒会役員の一人として生徒であるアンタ達には危険を冒さないようにと厳重注意するなりしたいとこだけど、生憎と立ってる場所と置かれてる状況が既に一般人あたしとはかなり違うみたいだしね。知ったような口で偉そうなことは言えないわ」
「すいません」
 滞りなく話が済んでしまったことに若干の動揺すら抱えながら、俺はひとまず井草先輩に頭を下げる。
「いいわよ。ただあまり無茶はしないようにね。静音だってそう思ってるはずでしょうし、あたしだって学校の知り合いが死んだなんてなって事情もある程度知ってるなんてなったら目覚めが悪くなっちゃうから」
「はは、気を付けます」
 ぶっちゃけ本当に死ぬような経験も何度かしてきた身としては乾いた笑いしか出て来ない。
「しかし異能とはね。疑うつもりはないけど信じ切るのも難しいわね…」
「そっすか?」
 特に深い意味を持たせたつもりもなかったのだろうその呟きに、大きく伸びをしていた由音が反応して立ち上がる。そのまま壁際に設置されていた小さなプラスチック製の引き出しを指差す。中には鉛筆やボールペン、ハサミや定規といった文具一式が詰め込まれていた。
「これ、借りていっすか?」
「ああ、別にいいけど…どうするの?」
 その中からカッターを取り出してキチキチと刃を押し出すと、由音は井草先輩の言葉に答える代わりとばかりにその刃を軽く振り下ろして自分の腕を斬り裂いた。
「東雲っ!?」
「お前、ちゃんとそこ拭いとけよ」
「わかってるって!」
 傷口から大量の出血を床に落としていくのを、井草先輩だけが慌てた様子で見ていた。立ち上がり由音の目の前まで走り寄る。
「アンタなにやってんのよ!早く止血しな…」
 取った由音の腕を見て井草先輩はそれ以上言葉を続けることなく傷口を凝視する。ろくな止血処置をすることもなく、ものの数秒でその傷からは血が止まっていた。斬り裂かれた傷もすぐさま治っていく。
「これがオレの“再生”っす!手足吹っ飛んでも生えますよ!」
 言ってる間に完全に言えた腕を持ち上げてぺしんと叩いた由音の顔を、最初は驚きの表情で見ていた井草先輩もすぐに元の呆れ返ったような顔に戻る。
「わざわざ見せる必要もなかっただろ、ったく…」
 ぼやきながらも、由音が見せた以上は俺も証明しておいた方がいいかと自らの内側に異能を循環させて、空になったお茶の缶を手に取る。“倍加”させた両手で空き缶を折り紙でもするように潰して畳んで小さな鉄片にして見せた。
「俺は“倍加”、肉体の能力を倍々に強化できる力です。こんな感じで」
 鉄片を机に転がして、俺も立ち上がる。説明も済んだし、留まる理由はもう無い。
「…馬鹿げているわね、異能ってのは。こんなこと言うのは失礼だけど」
「知ってますよ、化物じみた力だってのは」
 適当に答えて、俺は生徒会室の扉の内鍵を解いて開ける。
「それじゃあ、俺達はこれで。井草先輩も気を付けてくださいね、こういう力を持った人間や人外ってのは、意外と身近にいたりするもんなので」
「精々肝に命じておくわ。…あと、東雲」
「はい?」
 俺に続いて出ようとしていた由音を井草先輩が引き止めた。とりあえず俺は先に廊下に出て待つことにする。



『なんですか?副会長』
『二つ、言っておきたいことがあるの。アンタに』
『はあ…?』
『まず一つ目。アンタ、昨夜あの女性…人外だったらしいけど、あれからあたしを守ろうとして割り込んできたのよね』
『ああ、まあ…そっすね。かなり怪しい感じだったんで!』
『なら、ありがとうね。あたしは全然あの場の状況を理解できてなかったけど、もしかしたらあの人外にあたしは襲われていた可能性もあったってことでしょ?だからありがと』
『いやいや結局なんもしてないっすからねオレ!別にお礼とかいいっす!』
『そう?ま、一応ね。それから二つ目。……東雲、アンタいくらすぐ異能とやらで治るからって、そんなすぐ自分の身を傷つけるのはやめなさい。それは命を軽んじる行為に等しいわ』
『え?あ、すんません…』
『“再生”っていう能力のせいで、アンタは自分の価値を安く見過ぎてる。人の命は何にも代え難い大事なものよ。アンタはそれを肝に命じなさい、いいわね?』
『はい、わかりましたっ!』
『よし、ならもう行きなさい』



「…………命を、軽んじてる、か」
「おう由音、どした。副会長になんか言われたか?」
「…まあな!お礼言われてから怒られた!」
「なんだそりゃ、どういうことだよ」

       

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Neetsha