Neetel Inside ニートノベル
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 今日は家族会議は無しだ。ってか俺がやんわりと断った。
 今夜もやることがある。昨日は相手側からの襲撃だったが、今度は違う。
 優先順位は決めてあった。
「……由音、いたか?」
「ちょい待ち!…あー、うーん、あれかー…?」
 真っ暗な中、学校の屋上でフェンスに寄り掛かったまま俺はその真上に声を掛ける。フェンスの上辺では器用に両足で立つ由音が両目を閉じて遠方へ顔を向けていた。目ではなく、違う何かで遠くを見据えているような。
 由音には“憑依”による人外の五感を宿せる力がある。その力を持って曰く、『ヤツら』には独特の気配が放たれているのだという。それは距離があっても深度を上げれば感知できるほど強烈なもので、だからこうして学校からでも居場所を見つけられるらしい。
「…ん、見っけた!!」
 突然大声を上げて目を見開いた由音がフェンスの上から跳び下りて真横に着地する。両目の昏い濁りがスッと引いて行くのを確認しながら、俺も寄り掛かっていたフェンスから背中を離す。
「場所、教えてくれ。行ってくる」
「おう!ってか、本当一人で行くのか?オレも行ったほうがよくね?」
 今回も力を借りてしまったが、このまま由音を連れて一緒に行くわけにはいかない。
「俺が動くことで、ヤツ以外にも動きを見せる連中が現れるかもしれない。お前には、それが出た時に対処する役を担ってもらいたいんだよ」
 これまで受け身一方だった俺が単身で動いたところで何がどう変わるということもなかろうが、万が一ということもある。特に、俺達が認知している敵以外にも昨夜は正体目的共に不明な人外が三人も確認されている。しかも由音が言うには自分の数倍は強いとかなんとか。
 野放しにしておく他ないが、もし何か動きを見せた場合には、その動き方次第でこちらも黙っているわけにはいかなくなる。
 だから俺がヤツを相手にして手が離せない時に、由音にはその対処に当たってもらいたかった。「そりゃいいけどさ、でもあの野郎結構な強さだぞ?いや守羽だって強いけどさ!」
 俺と由音は一度戦ったことのある相手だ。その強さはお互いによく知っているし、まだ何か隠しているような感じもあった。未だ全力を出し切っていないという部分では、確かにヤツはまだ底が知れない。
 だが、俺だってそれは同じだ。本気は出してきたつもりだが、それは俺の全力ではなかった。…まだ、自由に全力全開を引き出せるわけではないのが口惜しいところだが。
「頑張ってみるさ。俺は俺なりにな」
 由音を連れて行かないことの理由に、説明していないことがもう一つある。
 俺自身への甘えを捨てる為。
 結局日昏に言われたことを、俺はまだ気にしていたのだ。
 全て足りない。俺はあいつにそう言われた。そしてそれを嫌というほど理解していた。
 足りなければ他を頼って補えばいいと由音は言ったが、それだけでは駄目なんだ。
 俺自身が足りないものを埋めていかなければならない。力も、覚悟も。
「そっか…わかった!頑張れ!!」
 数秒逡巡する様子を見せた由音が、すぐさま切り替えて大きく頷く。それから由音らしい大雑把な方向と場所を教えてもらい、俺も頭の中でその先の地形を思い出しながら納得する。まあ、あそこなら一時的な拠点にするには持って来いだろう。
「じゃあ、ここから先はお前の判断に任せるぞ、由音。何かあったら頼む、でも無理はするな。出来る範囲のことだけでいい」
「わかってるっつの任しとけ!誰にもお前の邪魔はさせねえよ!守羽のほうこそ、ヤバそうだったらすぐオレ呼べよ!?」
 いつでも飛んでいくからな、という言葉を受けて無言で笑みを返した。
 フェンスを跳び越えて屋上の縁へ足を掛ける。引き上げる“倍加”の八十倍、風が気持ちいい夏の夜を空高く跳んで目的の地へ向かう。
 色々と考えたが、やはり優先すべきはヤツだ。
 陽向日昏は俺の父さんを狙うと明言していた。あまりはっきりと言えないが、日昏はそれほど危険な人物じゃない。復讐に燃えてはいるようだが目的は一貫している。
 そういう意味では大鬼・酒呑童子も同じだ。アイツは俺を殺すことだけを最優先に真っ直ぐ向かってきた。酒呑自身が言っていた通り、鬼に嘘や小細工は無用らしい。
 だが、あれは違う。ヤツは俺を殺す為に手段を選ばない。俺を殺す為ならどんな手でも使えるだけ使う。
 俺の周りを巻き込む、俺の大切なものを踏み躙る、俺の大事な人を餌に取る。
 神門守羽に怒りと絶望を与える為に友人を殺そうとし、神門守羽を誘き寄せる為に人を一人簡単に拉致して見せる。
 四門。
 あの女だけは放置できない。このままじゃまたヤツは同じことを仕出かす。俺へ直接的に関わる前に、俺の周囲に手を出して俺を間接的に攻め立てて苛む。
 俺が知る限り最低最悪の人間だ。…そう、人間だ。
 とても同じ人間だとは思えないほど、醜悪に憎しみを吐き散らす害悪。静音さんを攫った罪もある。絶対に許さん。
 これ以上、俺の巻き添えで周囲に危害を及ぼすわけにはいかない。
 鬼よりも先に退魔師よりも先に、何よりもまず先に。
 最優先で四門を倒す。
 ここから先、ヤツに好き放題やらせるつもりはない。

       

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