Neetel Inside ニートノベル
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(四門……四門!おそらく知ってる、この姓を俺は知っている)
 距離を詰め、あるいは離されながら俺は意識の深層へ深く潜る。『四門』という名の知識を、本来所有していたはずの記憶を今現在俺が押し付けた違う誰かから掻っ攫う。
 いつもならこんな強引な手は使えないはずだが、今は出来ると確信できる。
 四門の口から直々に聞かされた知識の一端。それを頼りに記憶の引き出しをひっくり返して探し出す。
 『四門』ーーー四方より集う龍脈の加護を得て黄龍より天上へ昇る門を死守する一族。
(四つの方位…すなわち東西南北の方角にそれぞれ存在する力の流れ…龍脈。それらの流れを堰き止める門を管理し掌握する家系)
 巨大な氷山から少しずつ溶け出す水のように、膨大な情報量から必要なものを切り崩して理解していく。四門とはつまり、
「方位を司る者…ッ!」
 ガギンッッ、と一際高い音を立てて、両手の水と火の剣が砕けて四散する。五大元素を固めて形にしただけの見せかけの武器ではヤツの短刀にすら及ばない。
「知ってたか?いや、思い出したか。知ってんぜ、てめーのこともな。そんな身の上のクセして、生意気に人外騒動や異能騒ぎに巻き込まれないように普通の人間を装ってたんだろ。ご丁寧に自分がただの人間である思い込みに加え記憶と力を封印してまでな!ほんとてめーらはクズばっかだなぁ!!」
「っ!」
 右脚を地面に叩きつけ、足元から土の壁を出現させる。いくつもの斬撃を受けて土壁が一瞬で粉砕された。
「神門守羽は自己の存在から逃げ、神門旭は血統を食い荒らし逃げ続けたクソ野郎!なんだっててめーらみたいなのに神門が引き継がれなきゃなんねーんだ、っつうの!!」
 既に常人を大きく超えたその力は人外にも匹敵し、振るった短刀からは圧縮された斬撃が飛んでくる始末。
 さらにヤツは門を繋いで多方向から斬撃を飛ばす。
「はああああああ!!」
 土と金の属性を抽出し全面を覆う檻を形成する。地面より数センチ間隔で周囲から垂直に伸びた鉄格子が頭上で結合する。自身を守る防衛手段として自ら檻の内側に引き籠ったはいいが、四門の強力な斬撃の前には時間稼ぎすら難しい。
 僅かな時間でさらに記憶を引き出す。だが…、
(出て来ねえ!神門だと……?そんなもん俺はおろか『僕』だって知らねえぞ!)
 陽向、四門、古くから多くの人々によって願われ続けてきた異能の一族。役目を担った血筋の存在はある程度知っているのはなんとなく理解していた。だが、いくら深く意識を傾けても『神門』というワードには何も引っ掛かるものがない。
 となれば簡単な話、思い込みによって封じている知識を総動員してもその知識が存在していないということ。神門守羽そのものが『神門』という姓の真なる意味を『本当に知らない』ということだ。
 冷や汗が滲むが、思案に暮れる時間は無い。
 鉄格子が切断され、斬撃が飛来する。工場の床を斬り砕き守羽のいた付近を吹き飛ばした。
「くっそ!」
 回避と防御を繰り返して数ヵ所の斬り傷を浅く最低限に留めて踏み込む。大きく跳躍し、体を空中で何回転もさせて力を溜め込み右の踵を振り落とす。
「力の流れが集束されるその一点、『神へ至る門』を管理する『神門』のお家に仕え、命を賭して尽くすのがあたしら『四門』のお役目、存在意義だった!」
 空振り。確実に捉えたと思っていたのに、直撃の寸前に四門の姿が裂けた空間に呑み込まれて消えた。
 門による自身の瞬間移動。前に一度見たはずなのに同じ手を使われた。
「今その神門は、その力は!てめーの親父に全て奪われたッ!何を企んでやがる、てめーらは、陽向旭はァッ!!」
 背後から空間を超越する門を開いて出現した四門に対応しきれず顎先を蹴り上げられ、胸倉を掴まれ壁際まで押し出し叩きつけられる。
「ごはっ!!」
 肺が押されて口から空気が漏れ出る。胸倉を掴んだまま器用に指に挟んだ短刀の刃を首筋に当てる。もう片方の短刀は眉間に向けられた。チクリと痛みが走り、切っ先が眉間に食い込み血が細く垂れていく。
 抵抗しようとするより先に、ずいと四門の顔面が迫る。目と鼻の先で、憎悪と疑念に満ちた双眸が俺を睨み上げていた。
「神へ至らんとする莫大な龍脈の力、配置と方位の関係を最大限利用して封じ続けて来たその力の放出や解放は門の開閉権限がある『神門』にしかできねえ。それを本家本元から奪ったのが陽向旭だ!何に使うつもりなのかを聞き出した上で嬲り殺しにしてやらぁ…!!」
「く、う…」
 さほど強烈な衝撃を受けたわけでもないのに、四門の言葉を聞いていく内に頭痛が酷くなり呼吸が辛くなる。意識が落ちるーーーいや、これは。



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「やはり旭は来ないようだな」
 未だ強く用心警戒している由音と顔を合わせたまま、屋根の上で日昏は諦めたように座り込む。手のジェスチャーで由音にも座るよう促すが、ケッとそっぽを向くだけで警戒心を引っ込めようとはしない。信用できない自分を相手にして、まあ打倒な判断だとは思う。
 息子の危機、あるいは日昏の出現に応じてその重い腰を上げるかもと思ったが、どうやら見当外れに終わったらしい。そもそもこんな程度で出て来るようであれば、とっくに前から動いていてもおかしくはない。
(近頃動き出した妖精連中の動きに気を張っていて動くに動けんといったところか。妖精界全体を敵に回した大物だからな、妖精も安易に逃がすつもりもないだろ。『突貫同盟』とかいうかつて旭を中心に結成された面子が集まっているのも、それに対処する為の戦力か)
 確認した時に処理しておくべきかどうか悩みどころではあったが、そうなればこちらも手負いは覚悟の上で挑まなければならない。
 仮にもたった数人で妖精の城を陥落させ妖精女王候補の一人を攫ってきた逸話は伊達ではない。未だ妖精界及び人外情勢に語られる戦力集中一点突破、同盟の名に相応しき突貫の『黒鳥作戦』なるものを敢行した彼らのことは一部の人外間では一種の伝説と化してすらいる。
 一人たりとも余裕を残して倒せる相手ではない。
「……む」
 その時、何かに反応を示して顔を上げた日昏に、何を勘違いしたか由音が両手を構えて腰を落とす。
「なんだコラァ!あ?やんのかアァ!?」
「…東雲。俺が何故ここにいるのかは説明したな」
 ゆっくりと立ち上がり、尻に付いた埃を払いながら日昏はふうと息を吐く。
「あの二人の闘いを邪魔させないためだろ!」
「そうだ。そして面倒なことにだが…」
 絶賛戦闘中の倉庫を一瞥してから、立てた親指で自分の背後を指した。
「邪魔者が、来たらし」
 い、と最後まで言い終える手前で、由音と日昏が乗っていた屋根の反対側の端にドバンッ!!と大重量から来る着地の衝撃で屋根を破壊しながら二つの影が落ちてきた。
「うわ」
 その二つの影を目を凝らして見、そして覚えのあるシルエットに由音は露骨に嫌そうな顔をした。
 一つは頭の右側に凹凸のある湾曲した角を、もう一つは左側にゴツゴツした太枝のような角を生やした人外。
 それぞれが牛の面、馬の面の被り物のような頭部をした人間に近い体を持ったーーー鬼。
 酒呑しゅてん童子どうじの側近である牛頭・馬頭がそれぞれの獲物を背中に背負って、静かに身構える二人を睥睨して、言った。
「『鬼殺し』は、どこだ」

       

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