Neetel Inside ニートノベル
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 牛面と馬面の人外が、屋根に降り立ち端的に質問をぶつけた時、それを受けた二人もまた同じタイミングで口を開いた。
「別件だ」
「忙しいんだよ!」
 日昏は無関心そうに、由音はすっくと立ち上がり怒鳴り散らすように。
 神門守羽への負担をこれ以上増やさない為にと、そう意味を込めて返事をした。
「ああ?別件?忙しいだぁ…!?」
 対して馬の頭に人の身を持つ人外が、まるでチンピラのように眉間に皺を寄せながら威圧してくる。
「…ふん」
 牛面の人外は、それを放って視線を由音や日昏ではなく、その向こうにある倉庫へ移した。
「そこだな、『鬼殺し』は」
 二人にはまるで興味が無いとでも言わんばかりに体ごと向き直った人外へ、カツンと必要以上に屋根を叩いて大きな靴音を響かせた日昏が前に出る。
「獄卒の成り上がり、牛頭馬頭か。酒呑童子の刺客だな。去れ、彼はいずれお前達とも決着をつける日が来るだろうが、それは今じゃない」
「それを決めるのも、貴様ではない」
 一目で相手がただの人間ではないことを理解した牛頭も、日昏の言葉を一蹴して隣の馬頭に視線で促す。
「ケッ、邪魔立てすんなら容赦はしねえさ。テメエら叩き潰して野郎に会いに行く」
 背中に背負っていた巨大な金棒を片手で軽々と持ち上げ、馬頭が構える。
「そりゃこっちのセリフだっつうの!あいつの邪魔は誰にもさせねえ!そこの退魔師にも、鬼共にもなあっ!」
 ゴゥッ!!と由音の内側から噴き出した邪気が渦を巻く。瞳を漆黒に染め上げ、人外と渡り合うに足る力を魂魄から汲み上げていく。
「俺も守羽の邪魔をするつもりは無い、と言っただろうに。…あの鬼共はどうあっても『鬼殺し』への用を済ませたいらしいな」
 ならば、と日昏は臨戦態勢でいつでも飛び掛からんと身構えている由音と自然に肩を並べ、
「それを止めるのが今の俺の役目だ。目的が一致したな?東雲の」
 少し面白そうに口の端を吊り上げた日昏の表情を横目でちらと睨み、すぐさま正面に向け直して頷いた。
「協力タッグプレイってか!別にいいけど裏切んなよ!?」
「君はやりやすくて実にいいな。任せておけ、人外退治は我ら『陽向』のお役目だ」
 完全に対立の意思を見せた人間二人を前に、牛頭も背中から刺叉を取り出してヒュヒュンと手に馴染ませるように振り回す。
「あの人間、おそらく退魔の血筋だ。ヒナタと言う名、覚えがある」
「悪霊憑きの人間も、前よか少し人外寄りになってるみてえだぞ。簡単にゃあいきそうにねえ。ふんどし締め直していくぜ牛頭!」
「無論だ、お前こそ気を抜くなよ馬頭」
「ヘッ、承知よ!」
 人という域から少し足を踏み外した人間種二人と、大鬼の臣下たる実力を持ち合わせた鬼性種二体とが競い合うように攻防を開始した。



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「風水を利用した地形地物の方位、方角の意味と象徴を具現化させた強化術」
 四門の空間を越えた攻撃や斬撃を躱し防ぎながら火球や水刃を撃ち飛ばす守羽が、解明し終えた相手の戦術を明かす。
「それがお前の使ってる術式の正体だな、やっとわかった」
「随分と時間が掛かったじゃねえか、半端なクズ退魔師崩れが」
 本来の力の何割かを取り戻した守羽に、四門は攻めあぐねていた。それどころかすでに数発の拳打と五大属性の具現化攻撃を受けており傷と流血が目立つようになっている。
 それは守羽の側も同じことで、短刀による空間攻撃に加え強化された身体能力から繰り出される体術に叩かれ体はボロボロだった。
「東の方向に、三つの妙な気を感じた。あれはお前が配置した方位の象徴だ」
 乱れた息を整えながら、守羽は手中に火と水、足裏から地面を通して土と金の属性を練り上げながら時間稼ぎついでの答え合わせを続ける。
「東方は万物を照らす太陽の昇る方角、よってこれには調和や発展、健康などの意味が含まれる。南東方には吉報、富の継続、絶え間の無い成長の意味がある。…つまりは好循環する上向きのエネルギー、その意を組み上げてお前は健康や発展を上昇させ向上させる術式を構築してやがったんだ。その人間離れした身体能力はその恩恵ってわけだな」
 おそらくは傷の治療にも同様の術式が使われていたはずだ。それをもって腕の骨折を完治させたのだろう。健康運の風水方位を操れば人間の自己治癒能力も飛躍的に上げることは可能。
「それともう一つ…北東方。知識を表す方角だ。北東の意味を掛け合わせることで知識を混合させ、方位の理解度を深めた。循環する絶え間ない風水エネルギーをさらに効率よく運用させる為の方策だ…!」
 前回は同じような屋内を戦域として由音と共に四門と激闘を繰り広げたが、そこでも同じように術式展開の策を密かに展開させていた。その証拠に、由音が感じ取ったその術式の根源を成すものの破壊が四門弱体化の決定的要因となっていたのだから。
 致命傷を狙い空間跳躍して飛んでくる短刀の刃を回避し四門へ向けて駆け出しながら両手を大きく打ち合わせる。
 それぞれの手の内にあった火球と水球が衝突し打ち消し合い、瞬間蒸発と共に白煙が倉庫内に立ち込める。
 単純な目眩ましだが、これで充分意味がある。
 四門の家系由来の『四つの門』による空間操作の攻撃は座標を固定しなければならない故に、視認できなければ使えない。
 つまり白煙で視界を封じた今、『四門』は使用不可能。たとえ使ったところでろくに座標認識もできずに開いた門はあらぬ場所へ繋がってしまう。
「この倉庫を中心点として、お前はこの周辺地域に領域を敷いている。これも一種の結界ってやつか?この場所を基点に東の方角にはお前が手ずから細工をしたそれぞれの方位を象徴する『何か』が配置されてるはず!前回みたいになぁっ!!」
 そう。前回もそれはあった。同じ方角に、同じ意味で。
 植物を植えた植木鉢と、水で満たされたバケツが。
 その二つを由音が蹴り砕いたことが、勝利へと繋がったことを思い返す。
 気とはすなわち木。さらに木を増長させる為に必要なのは水と土。これら象徴物を適切な方位と位置に据えることで風水の効力は発現する。
 四門は陽向家がお得意とする五行思想まで取り込んで八卦の術式を構築していたんだ。
「随分と自分のお家に誇りを持ってたみてえだが、そのわりによその技術を組み込んで我がもの面で使ってやがるテメエはなんなんだよっ!」
 爪先から妖精の力を通し地中の精霊の力を整えて射出する。同時に俺自身もロケットスタートで飛び出す。
 白煙を突き破っていくつもの太い鉄柱が飛来してくるのを、まるで魚を解体するかの如く二振りの短刀で斬り裂いてバラバラにしながら四門は血の混じった唾を飛ばして背後に回り込んだ俺の速度に追い付く。
「本来の四方位操作だけなら楽だったんだが、それが八つともなると力の制御が面倒でなあ!てめーらんトコの五行法は配置循環をスムーズにするには打ってつけだったのさッ!!」
 地中から引き抜いた金行と土行を圧縮させた切れ味の鈍い小太刀を振り回して四門の斬撃を受け流し、剣戟の隙間を縫って突き出した左手でヤツの胸倉を掴む。そのまま背後に倒れ込むようにしながら膝を曲げた片足を四門の腹に当て、呼気を合わせて一気に押し出す。
 不恰好な巴投げは四門の体を倉庫の天井近くまで浮かせた。
 それを見届け、俺は背中を地面に着けたまま右手で地面にベヂンッと触れる。
 地面から倉庫の壁面、壁面から天井まで力の流れを伝導させる。操るのは屋根を支えている天井の鉄骨。
 五大属性を操れる妖精種の力なら、たとえ人工的に加工された物体だろうが大元の五つの元素のいずれかが関与していれば操作出来る。
(陽向家は五行思想を基盤として意味や現象を発動していたらしいが、その理屈からすれば妖精の力も馴染まない道理は無い!)
 意識の奥底から引き出す。陰陽師として古来から伝えられてきた『陽向』の家系が脈々と受け継いてきた退魔の記憶と経験。そこへ妖精の持つ力を混ぜ合わせる。共に根源には五行が携わっている、二つの力に特段大きな差異が発生するはずがない。
 天井で精密に汲み上げられていた鉄骨が干渉を受けてギシリと軋む。やがて強引に不可視の剛力で歪められたかのように次々と鉄骨が捩り曲がり矛先を定めて固定される。
 さながらそれは放たれる間際の引き絞られた矢のように。
「な、てめッ……!!」
 身動きの取れない空中で、それでも『四門』の力で門を開き俺へ刃を跳ばそうと構えていた四門が頭上の動きを感知して絶句する。
 普通の人間なら間違いなく即死だ。だが、お前なら。
「お前ならこれくらい、『かなり痛い』レベルで済むのかもな」
 力を流し込んで操っていた右手をぐっと握る。
 それが発動の合図だ。
「てめーなんぞに、クソッ…てめー、この半端野郎がああァああああああああああああああああああああ!!!」
「“金剛こんごう改式かいしき鉄華墜てっかつい!”」
 ガギョッ!!と何か硬質なものが無理矢理引き千切られたような音がそこかしこで鳴り。
 次いで響き渡る、鋼鉄の矢が射放たれる無数の異音。
 広い倉庫内の屋根全域から、中央の四門を撃ち落とす数えきれないほどの尖った鉄骨の群れが押し寄せ、四門を巻き込んで地面に突き刺さる。
 我先にと続々と降り注ぐ鉄の矢群の中で、四門の悲鳴とも怒声とも取れる絶叫は鼓膜を痛めるほどの金属音に呑み込まれて消えていった。

       

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