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無数の鉄骨が地に落ちた一人の人間目掛けて殺到した。
天井の全てから射出された鉄の矢が一ヶ所に集い突き立ったそこは、まるで鈍色の花が咲いたように鋭利な鉄の柱が満遍なく均等な角度で広がっている。
その只中に、満身創痍の四門はいた。
「…流石だな。やっぱ生きてたか」
痛む体で歩み寄る。
四門は無数の鉄骨の隙間に埋もれるようにして横たわっていた。
途中からは無数の鉄骨に遮られて姿が見えなかったが、それまでは四門は凄まじい速度で撃ち出された鉄骨を迎撃していた。ただ如何せん、あの重量物があの物量で押し寄せてくればいくら常人を越えた身体性能で強化していても限界は来る。掠っただけでも骨が粉砕しそうな鉄骨の勢いに押しやられ、ついに四門は地に縫い止められた。
「……ぶっ、げぼぁっ…!こ、の…てめ……」
俺の呟きを受けて、勢いよく起き上がろうとして吐血し、血をだらだらと流しながらも殺気立ち昇る怒りの形相で俺を睨む。
決着はついたはずなのに、俺はその視線に身を竦ませてしまう。突き刺さる眼力が俺の肌に感じるはずのない痛みを与えてくる。
「四門、もう諦めろ。お前に父さんは殺させない」
鉄骨の猛攻によって全身を打ちのめされたはずだが、意外にも見たところ致命的な怪我は無いようだ。粉砕骨折、内臓破裂くらいならありそうだが、この四門をしてその程度は致命傷とは呼べないだろう。
「息の根、止めもせずに……勝った気になってんじゃねーよ……バカが…!そういうトコも、てめーは半端だ」
「お前の家系は四方の力を管理し、その中枢…莫大な力が集う『神門』の管理者に仕える一族だったな」
四門の言葉を無視して、俺は必要な情報を引き出させることに集中する。そうでなければ、俺は自覚し過ぎている自身の半端さに嫌気が差して何もする気が起きなくなってしまいそうだった。
「そして、その『神門』の権限を姓名ごと俺の父親が奪った。お前の言い分はそうだったはずだ。奪われたっていう本家『神門』の人間はどうした」
「死んだ」
はっきりと、喉に詰まった血液を吐き出しながら四門は言った。
「てめーの親父は、なあ…神門の当主をブチ殺して、強引に力を掻っ攫って…消え失せやがった。……オイ、てめー。知ってっか?」
「…なにが」
父さんが人を殺していたということ。真偽のほどは不明だがとにかく少なからずショックを受けた俺へ、仰向けに倒れたまま動けずにいる四門が話し掛ける。
「あたしや、てめーみたいな特異家系の人間、はな。…血族としての縛りが利いてる」
「縛り?」
「一族へ裏切りや謀反を、起こさせない為の…首輪さ。産まれた時から洗脳教育をされっから、普通はんなこた、考えるわけもねーんだが……念には念を、ってヤツか。あたしも四門家を裏切るつもりなんざねーが…たとえそうしようとしても、なんらかの矯正力が働く、ようになってる」
「…………」
引き出す、脳から意識から、記憶と知識を引き摺り出す。
多くの人々から願い望まれ、やがて実際に力を持つようにまでなった家系の人間は、その身に先天的な異能を有した状態で産まれて来る。それは俺に流れる退魔の力であったり、四門のような力の管理者としての資質だったりする。
その者達は、人々に望まれるがままにその力を正しく使いお家の使命を全うしなければならない。それは宿命と言い換えても過言ではない。特異家系に産まれた者の生存理由は、ほぼ大半がそこにある。
故にこそ、裏切りなど言語道断。そもそもがそんな事態に至らないようにその内に流れる血には抵抗を無力化する術式が封されている。
そこまでを『僕』から引き渡してもらって『思い出した』。そうしてようやく疑問が浮上する。
父さんは陽向を裏切ったと言っていた。だがそれは、ただ単純に陽向家から出奔したなどといった話ではない。
「てめーの親父は、…どーやったのか知らねーが、特異家系としての『陽向』から完全に縁を切った。さらに…その上で『神門』として成り上がり、やがった」
「―――家系の…移籍だと?」
特異家系のしがらみはもはや呪いのレベルだ。普通に考えて断ち切れるものではない。
だが父さんは『陽向』の鎖を振り解き、枷を破壊して陽向家から心身共に離脱することに成功した。
これだけでも信じ難いが、さらに不思議なのはそのあとだ。ようやく家の縛りから解放されただろうに、さらにその身を別の特異家系の束縛に投じた。これが本当なら今の父さんは『神門』の家系に囚われていることになる。
なんの為に?
「どういうことだよ…」
さっぱり意味がわからない。大体父さんは何故『陽向』から決別した?裏切るに足る理由があったのだとしても、そこからさらに別の血族に乗り換える必要性が見えない。
ただの裏切りじゃない、これは過程だ。
自分の生まれ育った家を棄て、それでも先に進まなければならない『何か』があった。
(父さん…あんた一体…っ)
居ても立ってもいられず、俺は荒い息と吐血を繰り返す四門に背を向けて倉庫の出口へ足を向ける。
「オイ待て……クソが、だから半端に、残して行くなって…言ってんだろーがッ!!」
鉄骨の一本に折れかけの左手の指を掛けて上半身を半ば強引に起き上がらせた四門の声が背後から聞こえる。
「はっ、はあ……
「それだけの怪我なら、いくら自己治癒能力を引き上げようが完治までにはそれなりの時間が掛かるはずだ」
四門への攻撃に使ったせいで鉄骨の組み上げが緩くなってきた天井が、崩れる一歩手前となっていることを不気味に擦れる金属音で知らせてくれる。
「その間に、俺も真相を暴く。もし本当に父さんが本家神門の人間を殺したのだとしたら、もうお前の役目とやらは続けられない。そしたらまた俺は父さんを狙うお前と闘うことになるだろう。次も無事お前に勝つことが出来たら、その時殺す」
パラ、と頭上から鉄骨の欠片や粉塵が落ちて来る。崩壊はすぐだ。
その前に俺は両足から力を伝え、地中の属性を抽出する。閉じた瞼の裏に描いたイメージに沿って、鉄骨に埋もれる四門の周辺の地面が盛り上がって巨大な数本の柱となって崩れ始めていた天井を支える。これでしばらくは保つはずだ。
「それまでおとなしく療養してろ。『神門』の件も含め、お前も俺も完全に当事者だからな…。事の次第がはっきりわかってからでも、話の続きは遅くない」
自身の家の役目を全うせんとして仕えるべき『神門』を探し求めた四門も、この件に関しては被害者と言えなくもない。全ての事情を知っている張本人様は家にいるはずだから、今夜の内に無理矢理にでも聞き出した方がよさそうだ。
当初の目的であった、打倒四門は達成された。色々考えたが、こうして生きたまま無力化できた以上、無理に命まで奪うこともないと判断した。
「んだと、てめー…オイ待て!…ふっざけんなァああああああああ!!!」
生きたまま見逃されるのが屈辱なのか、喉が裂けるほどのけたたましい声を上げて獣のように叫ぶ女を一瞥だけして、今度こそ俺は崩壊手前の倉庫から外へ出る。
……人と妖精、神門に陽向。
様々な要素が交わる渦中ど真ん中に位置する俺に、加えて人の命まで背負うだけの余裕はないんだ。
少なくとも、今はまだ。