Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第四十二話 一難去って

見開き   最大化      

「よっ、お疲れ!」
 外に出ると、まず一番に片手を挙げて由音が出迎えた。その頬には自らの傷から飛び散ったと思しき返り血が付着し、着ている服も破け固まった血がこびりついていた。傷は一つ残らず治っているが、その様子から相当な激戦だったのが見受けられる。
 四門との戦闘中、外でも何か戦いが起きていたのは知っていた。人外の気配が二つと、人の器にして人外の力を宿す由音の邪気。それから、
「……」
 戦闘に関わっていた四つの気配の最後の一つの正体が、俺を無言で見据えていた。夏場でも関係なしとばかりにきっちり襟元までダークスーツを着こなした陽向日昏だ。由音と違い外見に傷は見られない。精々がスーツに僅かな埃と煤のようなものが付いていた程度か。
「何が来た?」
「牛と馬!」
 ひとまず日昏は無視して俺が由音に訊ねると、端的にそれだけを返してきた。普通ならわけのわからない発言でしかないが、俺達にとってはこれで充分伝わる。
 牛頭ごず馬頭めず、大鬼・酒呑童子に付き従う配下の鬼だ。
「…酒呑の野郎は来なかったのか」
 現れたのが鬼であれば確実に狙いは俺のはずだが、親玉であるヤツが出て来ないのは少しばかり意外だった。あの大鬼の性格からして、『鬼殺し』の始末を部下に任せるようなことはしないと思っていたが…。
「あー、それなんだけどさあ」
「大鬼より、お前へと言伝を頼まれた」
 言い淀む由音に代わって日昏がそう答えた。
「言伝?」
「おう!」
 どういうことなのか、俺は二人(主に由音)から四門と交戦している間に起きたことに関して詳しく話を聞くことにした。



      -----
「チィ、ああクソッ面倒臭ぇな!」
「ああ、珍しく意見が合うな、馬頭よ」
 小さな倉庫を一つ吹き飛ばして、牛と馬の人外が後退しながら悪態を吐く。
 破壊された倉庫の瓦礫を踏み越えて二人の人間が姿を現す。一人は瀕死だった。
 無傷の方の人間、陽向日昏が瀕死の東雲由音に苦笑混じりの顔を向ける。
「無事か?東雲の」
「んなわけねーだろ!見ろこれ、手足バッキバキだぞゴフォッ!!あー内臓も死んでるァー!」
 盛大に吐血しながら手足が片方ずつおかしな方向へ向いて、あまつさえ骨が肉を突き破ってすらいる状態で由音は元気一杯に叫ぶ。とても人間とは思えない有様だった。
「ゾンビかよアイツ…」
「流石に、ここまでくると不気味を通り越して恐怖すら覚えるな…。よもや鬼がゾンビに怯える日が来ようとは…」
 牛頭馬頭が共にドン引きしている間にも、由音は“再生”を用いて致命傷から微細な擦過傷まで隅から隅までを全治させていく。
「おぉっしゃあ治ったぁああ!!オラァ来いよ鬼共!金棒なんて捨ててかかってこい!」
「人間の分際で…ッ!」
「……はあ。待て、馬頭」
 露骨な挑発に真っ先に反応を示した馬頭に、溜息と共に片手を出して機先を制した牛頭が前に出る。
「これ以上無益な争いは面倒だ、本当に面倒だ。話を聞け悪霊憑き。我らは今夜戦う為に『鬼殺し』を探して来たわけではない」
 戦闘の意思を放棄したことを示す為か、自らの獲物である刺叉を地面に突き立てて両手を上げた牛頭に、由音と日昏も同様に動きを止めた。
「……だってよ!?」
「ああ、聞くだけ聞こうか」
 互いに同意し、一定の距離を保ったまま牛頭が声を張り用件を伝える。
「我らが鬼の首領、酒呑しゅてん童子どうじ様から『鬼殺し』へ言伝だ!一言一句余さず伝えるからよく聞け、そして伝えろ!」
 息を吸い、一際大きな声で牛面の人外の口から言葉が放たれる。
「『テメェとの再戦は必ず執り行う。近々こっちから会いに行ってやっから逃げんじゃねェぞ!もしこのオレから逃げようモンなら、その日の内にこの街を潰す!!』」
 ビリビリと空気を震わせるその声音は、本当にあの大鬼がこの場にいるかのような威圧感を二人にもたらした。あるいはそれは、鬼の持つ神通力から成る声帯模写だったのかもしれないが。
「…とのことだ。ゆめ、その言葉を軽んじないことだな人間」
 こほんと咳払いしてから普段の声色に戻った牛頭が、刺叉を地面から引き抜いて数歩下がる。そのまま背中を向け掛けたところへ由音が呼び止めた。
「待てよ!その大鬼は何してんだ!?お前らパシって自分はゆったりしてるってのか!」
 刺叉を背中に背負い直した牛頭が神妙な顔を作って振り返る。
「…頭目は、今療養中だ」
「ほう。守羽も中々やるな、大鬼を相手に不完全な状態ながらも一矢報いたと見える」
 少しだけ楽しそうに呟いた日昏へ、今度は不愉快げな馬頭が言い返す。
「勘違いすんじゃねえや人間。確かに『鬼殺し』は頭領に一太刀入れたが、ありゃ頭領が万全の状態じゃなかったからだ。だから今、頭領は酒を飲んで力を取り戻してんだ」
「………酒飲むと本気になんのか!?なにそれ酔拳?」
 何故かワクワクした表情で乗り出した由音に、隣の日昏が丁寧に説明してやる。
「酒呑童子はな、その名の通りの酒好きで有名だ。だがそれだけじゃない。酒呑童子は酒を取り入れ続けることでその力を維持し、逆に酒を断つことは弱体化のみならず生命の存続すら危うくさせる生命線なんだ。奴等人外における本能が、酒呑童子の場合は酒を喰らうことになる」
「そういうこった。前回は頭領も酒を持ってきてなかった。『鬼殺し』とはいえたかが人間、数日酒を飲まなかった程度で負けはしねえ、ってな」
「舐めプして負けてんのか!ざまあねえな!!」
「邪魔が入っただけで負けたわけじゃねえだろうがクソが!勝手に勝敗決めつけてんじゃねえ殺すぞ悪霊憑きの人間がァ!!」
 子供のような言い争いを始めた両名を、それぞれもう一方が諌め落ち着ける。
「ともかく、そういうことだ」
「了解した、守羽にはしかと伝えておこう」
 互いに牛頭と由音を羽交い絞めにしながら頷き合う。牛頭は馬頭を押さえ付けながら引き摺るようにしてその場から立ち去っていった。



      -----
「近々会いに行くから、ねえ…」
 深い溜息を吐いて、俺はその言伝を受け取る。
「別に逃げる気はねえが、わざわざ釘を刺す為だけに牛頭馬頭使って伝言持ってきたわけか」
 ヤツから見て、俺はそこまでチキンだと思われていたのか。まあ間違っちゃいないけど。
 さらに、次ヤツと対峙する時は大鬼本来の全力を目の当たりにすることになる。酒断ちを行っていた酒呑童子の力は本来の半分か、それ以下と見ていいだろう。
 前回ボロ雑巾の如く叩きのめされた記憶がまだ真新しい故に、あれ以上のパワーを振るわれることを考えるだけで身震いしてしまう。
 だから、出来ればあの時に仕留めておきたかった。今更ながらに自分の力不足と自身の存在への頑固さに辟易と後悔が押し寄せる。
「…大鬼、前と同じと思わない方が賢明だぞ。守羽」
「わかってるっつの。…俺だって前と同じじゃねえさ」
 日昏には強気にそう返したものの、やはり不安は拭えない。
 日本史上最大最強と謳われるかの大鬼に、妖精と退魔の混血はどこまで通用する?
 八方手を尽くして、命を削って、出せる札は全て切って。
 それでも、勝てる見込みは限りなく薄い。
 だが逃げるわけにはいかない。
 神門守羽として、あるいはかつて同様に大鬼を下した『鬼殺し』として。
 この勝負、退くこともなければ負けることも許されない。
 四門は倒した余韻に浸る間も無く、俺は次に立ち向かわなければならない宿敵を想起して、静かに唾を飲み込んだ。

       

表紙
Tweet

Neetsha