Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第四十三話 宿敵同士の座談会

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 結局その夜は父さんが帰って来ることはなく、翌日の朝になっても未だ帰宅することもなかった。どうやら昔の顔なじみとやらの所で一泊してきたらしい。
 父さんに話を訊く機会を逃したまま仕方なく登校。サボろうかとも思ったが、母さんに悪いし静音さんだっていつもの場所で待っている。そう考えたら休む気持ちはすぐさま消え失せた。
(ひとまず四門はしばらく戦闘不能と見ていいだろう、あの女だって手負いの状態で挑んで勝てるとはもう思っちゃいないはずだ)
 力の何割かを取り戻した俺を既に四門はただの雑魚とは思っていない。俺自身、今の俺でなら四門と対等かそれ以上に渡り合える程度には力を得たと確信している。…否、『返してもらった』、が正確か。
 そして次。そう次だ。
 俺は教科書をぼんやり眺め教師の言葉をなんとなしに耳に入れながら考える。
(大鬼…酒呑童子)
 前回大敗を喫した相手、鬼の最上位。
(前は一太刀入れることには成功した、が……あれは酒断ちをして弱体化していた状態だった。今ヤツは酒を取り入れて万全の状態に戻りつつあるらしい。おそらく前回と同じとはいかない。断魔の太刀は、もう……)
 牛頭馬頭の言伝によれば、酒呑は俺との再戦に向けて酒を喰らっている最中だという。そうなれば鬼としてヤツは『最強』に相応しい本来の実力を発揮する。現状でいくらか力を取り戻した俺が放つ退魔の術も、前ほど通用しないと考えた方がいい。
 出来ることならば、もう少しだけ時間が欲しかった。自身の理解を深める為の時間が。
 だが鬼は待ってはくれない。ヤツ自らが俺へ接触してくる正確なタイミングがわからないが、酒呑童子とてのんびり時間を置いて会いに来ようとは思っていないのは明白だ。
 ヤツは同胞を滅した『鬼殺し』たる俺を狙ってわざわざ山から降りてきたのだから。
(…まあ、なるようにしかならんか。ひとまずは…ん?)
 考えを打ち切って真面目に授業を受けようとした時、何か覚えのある気配を感じ取って自然な流れで視線が廊下に向く。
 真夏の教室は窓が全て開け放たれ、廊下へ続くドアも全開にされている。その開かれた向こう側、廊下を黒い何かがヒュッと一瞬だけ通過したのを、俺の眼が確かに捉えた。
 ガタンと音を上げて椅子から立ち上がる。
「うん?どうした、神門」
 勢いよく起立した俺へ、黒板にチョークで文字を書き連ねていた教師が不思議そうに振り返る。
「あ、えっと。…腹痛いんで、トイレ行ってきます!」
「ええ?ああ…」
 教師の返事を聞く前に俺は小走りで廊下に出て通過したものを追う。
『あーいてぇ!!腹がいてぇぇえええええ!!こりゃ盲腸だ先生っ、オレも便所行ってきます!』
 すぐ背後でそんなアホな言い訳と共に由音が続いて教室から飛び出して走る俺に並ぶ。
「なあ守羽!さっきのって!」
「ああ、間違いない。とっ捕まえろ由音!なんでこんなとこにいんだアイツ!」
 共に人外としての性質を解放しながら授業中で静まり返った校内を足音を極力殺しつつ疾走する。
「速ぇ!深度上昇!」
(…脚力七十倍!)
 廊下が砕けないか心配になるほどの力で両足を動かす。
 それくらいしないとあの人外の脚力には追い付けなかった。
 やはり存在の由来に猫の因子が混じっているからか、ヤツの速力は並の人外を凌駕していた。

「わーいっ♪」

 俺達の必死さなど知ったことかと、目標はこちらに気付く様子すらなくただ校内を子供のように走り回る。
 黒い髪に紛れて頭頂部にぴこんと生えた二つの耳と、尾骶骨付近から伸びる尻尾を振った無邪気な猫娘を引き止める追い掛けっこはそれから十分ほど続いた。



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「にゃはははっ!ここ面白いね、いっぱい人間がいる!」
「面白いねじゃねえよ!何してんだお前は」
 さっきまで受けていた授業が昼休み前の四時限目だったことも幸いして、俺達はそのまま屋上へと猫の化身のような少女を引っ張り出してきた。
 妖精種で構成された組織に身を置き、今現在はお守りのレイスが不在の間だけ静音さん宅で世話になっていたはずの人外。
 アイルランド産の猫妖精ケット・シー、シェリアが引き摺られながらもけたけたと愉快げに大きく口を開けて笑っている。
「ヒマだったから、シズやシノがいる学校ここにきたの!でもみんにゃお部屋でずぅっとにゃんかやってるから、中を見てまわってた!」
「その恰好でか」
 着ているのはいつもの白いワンピース。風の加護とやらのおかげなのか、どれだけ激しく動いても薄着のシェリアの見えてはいけない部分が目に入ることは一度もなかった。尻尾だけは別で、時折スカートの裾から揺れているのが見えるが、これはまあいい。
 問題は耳だった。感情に連動してかぴこんぴこんと僅かに動く猫の耳。ウェーブがかった黒髪に埋もれるようにして生えているそれが、一番この少女の中で人とは違う部分を強調していた。誰かに見られなくて本当に良かったと思う。
「帽子は?」
「ん?あるよ?」
 右手に握っていた、猫耳をすっぽり覆い隠せるニット帽を素直に差し出す。おそらくレイスが人外であることを隠させる為にシェリアに持たせたものだろう。
 それを受け取り、一気にずぼぉっとシェリアの頭にかぶせる。
「ふにゃっ!?」
「外にいる時はそれ着けてろって言われなかったか?」
 驚いてもがくシェリアの頭を押さえ付け言い聞かせる。今この役目を負っているレイスがいない以上、俺が言ってやらねばなるまい。
「だぁってー、それ暑いんだもんー!」
「アホか!それくらい我慢しろ、人間にそれ見られる方が不味いんだからな!」
 帽子を脱ぎたがるシェリアと押し合いを続けていると、俺の肩をぽんぽんと叩いて由音が割り込んできた。
「まあまあ、別にいいじゃねえか!ここにはオレら以外誰もいねえんだし、なっ守羽!」
「どこで誰が見てるかわからねえから常時かぶってろって言ってんだ俺は」
 なんて言い合いをしていたら、素早く身を沈み込ませてシェリアが俺の手から逃れる。
「あっコラ!」
「うえぇーんシノー!ミカドがいーじーめーるー!」
 人聞きの悪いことを言いながら、シェリアが由音の背中に隠れる。
「誰もいじめてねえよ!」
「ああ、守羽はお前の為を想って言ってくれてんだよ!わかってやれってシェリア」
「ほんと…?うーん」
 身を擦り寄せるシェリアの頭を撫でながら、由音が優しく諭すように言う。すると渋々といった具合にだが、シェリアは少しだけ頭を落としてこくんと頷いた。
「わかったよぅ…」
 由音の背中から離れ、逃げ出した時に外れたニット帽を持ってる俺へと両手を出してきた。よほどかぶりたくないのか、その顔は拗ねた子供のような渋面になっている。
「…わかった」
 その表情を見て、俺も嘆息する。仕方ない。
「今はいい。ただ大勢の人間がいるところでは、帽子はかぶれ。これはお前の為だ、人間にその耳が見つかったら、お前ただじゃ済まないんだからな?」
 大騒ぎになった挙句、色々な人間から奇異の視線を向けられることになる。それだけで済めばいいが、最悪それより酷い事態になりかねない。
 人間の好奇心や悪意が人外のそれに勝るとも劣らないということは、半分人の血を持ちこれまでも人として世を生きていた俺にもよくわかる。
 かと言って無理強いさせるのも気が引ける。だから最低限の場面でだけかぶっていれば、まあ大事にはならずに済むだろう。
 ニット帽を放り投げて渡すと、シェリアは途端にぱぁっと明るい笑顔を見せた。
「ありがと!やっぱ優しいね、ミカドは!」
「調子のいいヤツだな…」
「そんにゃことにゃいよー!…あ、それとねっ」
 何かを思い出したのか、はっと顔を上げたシェリアが俺を真っ直ぐ見つめて、
「あのときはありがとー!オニから守ってくれて!」
 そう言われて思い当ることは俺も一つしかなかった。前回の大鬼戦で、一時的に味方となって戦ってくれたシェリアへ向かった金剛力の致命打を、俺が割り込むことで庇った件だ。結局あれ自体はさらに割り込んできたレイスの術によって防がれたわけだから、結果的に俺が守ったというわけでもなかったんだが。
「ミカド、って言うと妖精はみんにゃ悪いやつだーって決めつけるんだけど、あたしはちがうってわかってるからね?うん、ミカドはいいやつだ!」
「……さあ、それもどうだろな」
 純粋無垢な瞳で見て来るシェリアに、俺は目を逸らしながらそう呟きを返した。
 今はこうして仲良くやれているが、それもいつまで続くかはわからない。
 シェリアの属する妖精組織は、神門という姓を持つ俺に強い恨みを抱いている様子だった。さらに連中はかつて妖精の世界で大問題を起こした父さん、妖精世界の住人であった母さんをそれぞれ対象として狙っているようでもある。
 両親を狙って来れば、当然俺だって黙ってはいられない。
 もしそうなった時、俺はその組織とも対立することになるのは避けられない。シェリアとも敵同士になる可能性は否めないのだ。
 そうなれば、今この時の仲良しこよしは重荷になる。俺にとっても、シェリアにとっても。…無論、俺の味方であることを断固押し通している由音にとってもだ。
 …出来れば、そうなってほしくはない。
 屋上で楽しそうに会話をしているシェリアと由音を眺めていると、どうしてもそう思ってしまうのだった。

       

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