Neetel Inside ニートノベル
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「やっぱり外に出ていたんだね、それも学校に」
「えへへ~」
「別に褒めちゃいねえからなオイ」
 ひとまず屋上でシェリアを日向ぼっこでおとなしくさせて、無事授業が終わってから回収。その後静音さんと合流し下校した。
 今は人の世界を見てみたいというシェリアの一声で寄り道をしている最中だった。
「部屋にいても退屈だろうから、ちゃんと人の世で違和感なく混じれるなら外出してもいいよとは言ってあったんだ。でも校内を走り回るだなんて思ってもみなかったね」
「だって、みんにゃ行くとこ同じにゃんだもん。どんにゃとこか気ににゃっちゃって」
 ちょくちょく屋上で昼飯を一緒に食ってた記憶があるんだが、俺の思い違いなんだろうか。まあ実際に校内を回ることはしてこなかったから、実質これまでは学校に来ることはあっても屋上しか知らなかったシェリアが内部に興味を示したということについては、わからないでもない。
 カートを押しながら、俺は静音さんとはしゃぎ回るシェリアと店内を回る。
 ここは商店街にあるスーパーの中。静音さんの行きつけらしいのだが、食材が切らしていたから買い物に寄ったということで、なんとなく俺達も同行して来た。
「シェリアも、何か欲しいものがあったら買ってもいいよ?お菓子とか」
「ほんと!?」
 カートに乗ったカゴの中に食材や調味料などを入れながら静音さんが言うと、ニット帽の上から耳をしきりに動かしてシェリアが跳び上がらんばかりに声を上げて目を輝かせた。
「うん。でも一つだけだよ」
「わかった!ちょっと見てくるねっ」
 静音さんの言葉を最後まで聞き終わる前にシェリアが店内のお菓子コーナーへ突っ込んでいった。よくよく見れば、ワンピースの下に隠してある尻尾すら勢いよく振られ内側から押し上げられていた。
「不味いな…おい由音!」
 上機嫌なのが耳と尻尾に出やすいらしいシェリアを一人でうろつかせるのは危ない。お目付けとして由音を向かわせようとしたところ、ヤツは冷蔵されている大きなブロックハムを凝視していた。
「すげえ…これ丸ごとかぶりついたら絶対うまいぜ……なあ守羽!これ絶対うまいってこれ!!」
「いいからはよ行けアホ」
 別に俺達が買い物に来たわけではないというのに何を言っているのか。俺は涎を垂らしそうになっている由音の尻を軽く蹴ってシェリアのあとを追わせた。なんだかんだでこの中で一番シェリアが懐いているのは由音だし、うまくやるだろう。
「楽しいね」
「…そっすか?」
 引き続き俺がカートを押して静音さんが見定めたお得食材などをカゴに入れる作業の中で、ふと静音さんが口元を綻ばせて言った。
「うん。こうやって誰かとお話しながら買い物するのって、楽しいよ。シェリアも可愛いし、なんだか子連れの主婦の気持ちになった」
「まだ主婦は早いんじゃないですか?」
 俺も静音さんの言葉に可笑しくなって少しだけ笑うと、隣をゆっくり歩く静音さんは、ちらと一瞬だけこちらへ視線を向けて、すぐ戻した。
「?」
「それにね。こうやって買い物してると、あの。私と君とで」
 口ごもった静音さんが言いたいことがなんとなくわかり、俺も視線を正面に向けて目を合わせないようにする。俺が察していること自体を察しているのかいないのか、静音さんは言葉を続けてこう言い放った。
「えっと。………夫婦みたいだな、って。思ったん…だよ?」
 何故か最後が疑問形で終わった静音さんの言い方が、語調が、仕草が、あまりにも可愛らしくて俺は色々と参った。
 どう返したらいいものか。
「ああ、えと。俺は…その」
 お互い制服だから、随分と若夫婦だと思われますね。とか。
 シェリアがいるせいでもう子連れのデキちゃった結婚だと誤解されてたりしたら面白いですね。とか。
 何か気の利いた冗談でもかましてやろうと思ったり思わなかったり、とにかく何か口にしないと無言で終わってしまうつまらないヤツになってしまうだとか愛想を尽かされてしまうかもだとか。とにかく色々何か考えてしまって何も何か言わないと―――。

「おう。随分と楽しそうじゃねェか」

 …そんな浮かれた気分でいた俺の遥か頭上から、空気が押し潰されたかのような圧迫感を与える声が降ってきた。
「…な」
 そこには、二メートルを超すのではないかと思えるほどの巨漢がいた。剣山のように立った固そうな髪は元々そういう質なのか、無理矢理にかき上げ纏めて後頭部へ流してあるオールバックもどきとても呼ぶべきような髪型。
 岩石のようにゴツゴツとした肉体は軽くぶつかっただけで吹き飛ばされてしまいそうな圧力を放っている。着ているタンクトップは内側の筋肉に押し上げられて、その上から着用している革ジャンや穿いているジーパンもだいぶ窮屈そうだ。
 縦にも横にも大きい巨漢の男が、俺を見下ろしている。
「…守羽。この人は?」
 隣の静音さんが訊ねて来る。声色は普段と変わらないが、俺の制服ワイシャツの裾を僅かに摘まんでいるのが感覚でわかる。
 相手の図体と溢れ出すプレッシャーに怯えを見せている静音さんを背中に庇い、俺は巨漢を見上げて睨みつける。
「早かったじゃねえか、思ってたよりずっと早い。昨日の今日で、もう挨拶に来やがったか」
「…え…?」
 背後で静音さんが声を漏らす。
「クカカッ、バレてやがったか。よく出来てっと思ったんだがなァ」
「…!」
 その笑い方、熊ですら卒倒しそうなほどの巨大な威圧感。
 静音さんもその覚えのある要素で気付いたのか、俺と同じように目の前の巨漢を見上げて息を呑んだ。
「お前らは人間ってのをよくわかってねえな。茨木童子ん時もすぐわかったぞ」
「そうかいそうかい。鬼の神通力の一つである変化へんげだが、オレもあまり得意じゃなくってなァ。まあ外面は人間だから問題ねェだろ」
 大鬼・酒呑童子。
 人に化けて、それでも自らの存在を隠し切れていない酒呑が大仰に笑う。
「…で、わざわざ大鬼自らこんなとこまで来て、なんの用だ。まさかとは思うがお前、こんな場所で」
 周囲の人間へ注意を払いながら放った言葉は、半ばで遮られた。
「ミカドっ!」
 対面する酒呑童子の肩越しに、通路の角からサンダルを滑らせてシェリアが躍り出てきたのが見えた。右手には棒付き飴ペロペロキャンディーを握っている。
「ッテメェ!!」
 次いで俺の後方から大きな声がして、眼前の鬼を警戒しながら少し首を捻って背後を見る。
 今にも全身から邪気を迸らせようとしている血気盛んな戦闘モードに移行しかけていた由音と目が合った。左手にチョコバーを握っている。なんでお前もお菓子持ってきてんだよ。
「…用件、さっさと言えよ。ここじゃ長話はできねえぞ」
 顔を正面に戻して酒呑に言う。
 食材コーナーの通路で、巨漢の男を挟んで少女と高校生が切羽詰まった表情を浮かべているのは傍目に見ても異常だ。これ以上この状態が続くのであれば店員が声を掛けるまで発展するだろう。
 その辺りは人外の鬼にも理解が及んだのか、何事かとこちらへ注意を向け始めた周辺の人間をざっと見回して面倒臭そうに首元に手を這わせる。
「みてェだな。まァ、手短に済む話ってわけでもねェから外に出ようや。……えェ、オイ?」
「「……っ!!」」
「由音、シェリア!下手な真似するな、このまま出るぞ」
 ほんの少し放出した害意に当てられて身構えた二人に声を飛ばす。
 コイツは本気だ。いつでもこの場で始める気でいやがる。ちょっとでも攻撃を加える素振りを見せれば、冗談抜きでこの大鬼は腕の一振りでこの店を丸ごと吹き飛ばす。
 ただ、逆に取れば今はまだ大丈夫だ。下手に刺激することさえしなければ、今この鬼は状況を戦闘に切り替える気は無い。わざわざこんなスーパーまで来て俺へ接触してきたくらいだ、今すぐに闘いを始めるのではなく、何か…何か目的があるはずだ。
「ハン、そう構えんなよ。本当に今日はる気はねェんだ。ただな」
 既に体の向きを変えて出口へ向かおうとしている酒呑が、片手で内側のタンクトップを引っ張って胸部を晒す。
 そこには肩から斜めへ引かれた一線があった。鋭い刃で斬り裂かれたような、傷痕。
 間違いなく前回俺が与えた唯一のダメージ、退魔師の術式である断魔の太刀の痕だ。
「少しテメェに興味が湧いた。ちょっと腰据えて腹割って話すのも悪かねェと思ってな。つゥわけでツラ貸せって言ってんだよ。オラ行くぞ」
 一方的にそう言い放ち、酒呑童子は堂々と背中を向けて店の出口へ歩き始めた。
 もちろん、俺もそれに付いていかないわけにはいかなかった。

       

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