Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第四十五話 ぶつかる二つの戦闘狂

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 目の前を真っ白い袋が突っ込んできて視界を塞ぐ。
 反射的に拳で迎撃しようとして、それがビニール袋に包まれた酒瓶だと気付き慌てて片手で受け止める。
「ハァッ!」
 その僅かな瞬間に酒呑の真横まで踏み込んできたアルが右手に握る刀の柄を握り大振りに抜刀する。
「ッ!」
 懐から抉り込むように振るわれた一閃を、片足を地に強く踏みつけて発生させた衝撃で強引に逸らせる。
 砕け散った地面の破片が突風と共に吹き荒れる中、低い姿勢のまま距離を詰め直しながらもアルの持つ刀が的確に鬼を狙う。
 バガンッ!!
 およそ刃と肉体の衝突とは思えない重い音が鳴り響き、目にも留まらぬ速度でアルの白刃と酒呑の四肢がぶつかり合い火花を散らす。
 しかし、そこはやはり最上級の金剛力を宿した大鬼の本領。純粋な肉弾戦においては他の追随を許さなかった。
 ボッ!!とロケット噴射のような唸りを上げて振るわれた蹴りの余波に吹き飛ばされてアルの体が後方に押しやられる。
「…ふうっ。流石は最強の大鬼様。マトモに相手できるほど甘くはねえか」
 息を吐き出して、アルは短い攻防の中で劣勢を感じ取り満足そうに刀を構え直す。
 アルの考えでは、普通に攻め込んでいたらこの短時間で自分は数度殺されていた、と予想している。
 もちろん全力で斬り込んだわけだが、おそらく相手の大鬼は反射速度を含め肉体の稼働そのものが常識の埒外にある。こちらの最速の一撃は、酒呑が数撃叩き込んでもまだ余りあるだけの隙を晒して見えていることだろう。
 だがアルはまだ生きている。致命的な攻撃を受けたわけでもない。何故か。
 警戒しているからだ。この刀…鬼に対し絶対的な優位性能を備えている童子切安綱を。
 現に素手でこの刀と打ち合った酒呑は、剣戟の全てを刀の腹や峰を弾くことで逸らすことに専念していた。そんじょそこらの名刀レベルでも傷一つ付けられない鋼の肉体を持ちながらだ。
 明らかに『鬼殺しの刀』を恐れている。
 そのことにアルは内心でほくそ笑みながら、同時に少しばかり落胆もしていた。
(……本当に山奥暮らしで感覚が鈍ってやがるのか…?だとしたらイケる…やれちまうか?本当に、こんな・ ・ ・刀で)
「フン…」
 数秒の間アルの構える刀を見つめていた酒呑がつまらなそうな吐息を漏らし、持っていた濁り酒を安全な場所にコトンと置いてから仁王立ちで腕を組む。
「やめだ、こんな茶番」
「どうした、そりゃ降伏宣言か?」
「いんや」
 酒呑の姿がブレて消える。
「ちっ!」
 ほとんど勘任せに身を沈め後頭部を狙ったハイキックを避ける。大気を抉り取った蹴りの通過で真空が生まれ、脚撃の軌跡に引っ張られるようにアルの体が烈風で浮き上がる。
「山暮らしで感覚が鈍っただと?ざけんな。このオレが、あの刀を前にして真贋を見極められないはずがねェだろ」
 ほんの数センチ浮いただけの体が再び地に足を着けるまでの間に、目で追い切れないほどの連打がアルを襲う。
 一撃一撃が尋常じゃない重みを伴って、追い切れない拳を迎撃する為にデタラメに振り回したアルの刀を叩く。
 鬼殺しの刀はその特効性をもって酒呑の拳を裂くが、あれだけの威力で真っ向から刃に突き込んだにしては裂傷が浅すぎる。アルはそれを疑問には思わなかった。
 両足をようやく地面に着けて、さらに迫る連撃を受け止めると、刀身から受ける衝撃の流れに違和感と予感を覚えた。そしてそれはすぐにピシリという小さな音で確信に変わる。
「下らねェハッタリもそこまでにしとけ小僧」
 もはや何を恐れることもなく、酒呑の豪快な蹴りが槍の突撃のように地面と平行に放たれる。直撃すれば骨折どころか胴体が引き千切れ分断されるほどの威力。
「…ッ!!」
 酒呑の履いている草履の裏が胴体に接触する間際、握っている柄と刀身の峰に添えた片手に強く力を込めて割り込ませた刀が蹴りの衝撃に大きく湾曲する。
 そして、
「そんな贋作パチモンの安綱じゃ、オレの首は取れねェ」
 パキン、と。
 酒呑童子の言葉に屈するかのように、衝撃に耐え切れなかった刀身が真ん中からあっけなく折れた。
「おわっ!」
 そのまま折れた刀ごとアルの体が地面に数度跳ね転がりながら大きく後退する。
「このオレもナメられたモンだぜ、本物の安綱はどうした。アレを持ってた人間はテメェんとこの仲間だろ?」
 受け身を取りながらも全身を打ち据えたアルがよろりと起き上がるのを待って、腕を組み直した酒呑が問う。
 アルが使っていた刀は本物の童子切安綱ではない。だが本物がこの地にあることは、少し前に実物を前にした酒呑自身がよく知っていることだ。そしてそれを振るったあの男が、おそらくはアルが名乗った『突貫同盟』なる組織の同士であることも、まず間違いない。
「っちゃー、やっぱ耐えらんなかったか。実物をよく観察して創ったから、出来映えはそこそこだと思ったんだがなー」
 ポッキリと折れた刀を見て落胆するアルは、赤茶色の髪を片手で掻き上げてぺしんと自分の額を叩いた。
「確かに本物の安綱は、今は俺らの大将が持ってる。俺はそれを見て模造品を創っただけだ」
「本物を使おうとは思わなかったわけか。それでオレに勝てるとも思ってたわけだ」
 表情からは窺い知れないが、その声音には僅かながら自身を侮られていたことへの怒りとも呆れとも取れるような感情が見え隠れしていた。
 それを知りつつ、さして煽るつもりもなくアルは折れた刀の断面や全体的な損耗具合を確かめながら答える。
「まさか。こんなんで勝てるたぁ思ってなかったさ。ただ、どこまで通用するかが知りたかった」
 あらかた確認すると、次いで視線を酒呑童子へ移す。その両手足、模造品の安綱が付けた微細な切り傷を見て納得したようにアルは手に持っていた刀を手放す。折れた刀は地に落ち砂塵と化してヒビ割れたアスファルトの上に散らばった。
「うん、一応は通じるらしい。よかったよかった、俺の腕でも童子切の性能をある程度は再現できるみたいだな」
「あ?」
 全身についた土や埃をぽんぽんと手で払いながら、爪先でトンと地面を叩く。
 すると荒れた地面を突き破って、一振りの剣が出現した。埃を払い終えたアルがそれを手に取って引き抜く。
 やたらと華美な装飾のされた、悪趣味とすらいえる両刃剣。真昼の陽光を受けてその嫌味ったらしい煌めきを返す鞘から剣を抜き放つ。
「ちゃんとした自己紹介、まだしてなかったよな俺。そっちの正体ばっか知っててこっちのを言わないのは、なんかズルいか。こっちから挑んだ以上、流儀はお前に合わせるさ。嘘偽りなく正々堂々とってな」
 鞘を投げ捨てて刀身の表面を指でなぞるアルが顔を上げて、一方的に二度目の自己紹介を始める。
「俺の真名はアルヴ、北欧出身の元妖精だ。人間様の語り継いだ自分勝手な伝承のせいで起源が妖精なのに悪魔に格下げされた哀れな人外よ。知ってっか?キリスト教とかいうのが広まったせいで俺は光の妖精から闇に住む悪魔ってことにされちまったんさ」
「ほォ」
 自嘲するように話しながら、両刃の剣を大上段に構える。さして興味も無さそうに一応耳だけ貸しながら、しかしその刀身が根元から赤熱していくのを、酒呑は見据えていた。
「んでな、その前までは地中深くで鉄を打っていたって云われている俺らアルヴってのはこう呼ばれていたんだ。魔法の金属細工師…『金行きんぎょう打鋼うちがね』、ってな」
 周辺の大気を喰らい赤熱がやがて炎を生み出すまでに至る。掲げた両刃剣を中心に炎が渦を巻く。
「んで、『反転』して悪魔に落ちぶれた俺もその力だけは引き継いでた。それを極めて、妖精種の固有技能である五大属性掌握の一つである金行と併用させて自在に武器を生み出せるようになった。さらに、伝説や幻とされる既存の武具を生成することでその武装にまつわる性質や特性をもある程度は再現できるまで昇華させた」
 足腰を踏ん張り、振り下ろすモーションを事前に大鬼へと伝えながらアルは両手で握る大上段の剣に一層力を込める。
「ま、口での説明も長ったらしくて好きじゃねえ。百聞は一見に如かず、百見は一撃に如かずだ。手始めに一つわかりやすい攻撃でご理解頂きたいね」
「能書きはいい、飽きそうだから早く来いや」
「ではでは」
 欠伸を噛み殺して片手の指先をちょいちょいと曲げて誘う酒呑へ、尖った犬歯を剥き出しにしてアルが応じる。
 直後に振り下ろされた剣の軌跡を酒呑はしっかりと追っていた。だがその軌跡に意味は無く。

「“劫焦炎剣レーヴァテイン”」

 剣の動きに連動して、纏っていた炎は急速に膨張して高くから雪崩のように酒呑へ押し寄せる。
「くっだらねェ」
 視界を覆い尽くすほどの火炎を前に、酒呑は握った片手を気合いと共に突き出す。単純な正拳突きが純粋な衝撃波と化して眼前に迫っていた炎をロウソクの火のように軽く吹き消す。
「ん」
 炎が散らされた先にいたはずのアルの姿を見失うが、すぐさま上空からの気配を察知して左アッパーを打ち出す。
 振り上げた左手が肘まで浅く裂ける。
「あん?」
 痛みより疑問を強く覚え、指先から肘まで斬り降ろして着地したアルの持つ刀に酒呑は今度こそ苛立ちを表情にまで出した。
「ッテメェ…」
 それは先程酒呑がヘシ折ったのとまったく同じ性質を宿す贋作の刀。天下五剣の一つである安綱の模造刀レプリカ
 性懲りも無く同じ轍を踏もうとしているアルに対してもそうだったが、苛立ちの正体はまた別にあった。
「侮辱も大概にしとけよ…!その刀はなァ、仮にもこのオレの首を刎ねた正真正銘の名刀だったんだよ。それを、そんな質の悪い贋作にまで落とし込んで振り回しやがって!」
 確かに伝承に残る大鬼酒呑童子討伐のお話はお世辞にも褒め称えられた展開ではなかった。
 とある山に住み付いた鬼を退治する為に征伐へ向かわせた人間が旅人を装って鬼の居城に潜り込み、毒の酒を飲ませ昏倒したところを狙い首を討ち取った。歴史に記載されている真実はそうなっているし、それは酒呑童子にとっても紛うことなき事実である。
 ただ、どんな姑息な手段であったとしても脆弱な人間が頑強な大鬼の首を一太刀の下に斬り落としたことは認めざる得ない偉業だった。それを成した刀もそうだ。
 そんな名刀を劣化した状態で再現され振り回されるということは、その刃によって命を絶たれた大鬼自身にとっての屈辱であり侮辱でもあった。
 怒りのままに腕を突き出す酒呑の攻撃を童子切ニセモノで受け流しながらもアルは汗を滲ませながら自己を鼓舞するように笑う。
「ハハッ!…知ったことかよ、こちとら当時の人間に負けず劣らず決死の思いなんだ、そんな言葉に貸す耳はねえな。“不動利剣コウマミョウオウ”」
 叩きつけた手の下の地面から突き出た一振りの刀を引き抜く。それは童子切とは違い鞘を持たず、刀身を含め全てを金色に染めた日本由来の刀。柄には巻き付く蛇の文様と刻印が這い上るように刀身の先端まで刻まれていた。
「行くぞオラァぁあああ!!」
「しゃらッ臭ェ!!」
 二本の刀を手に酒呑と打ち合うが、拮抗は数秒と保てずにまず金色の刀が粉砕された。続けて鷲掴みにされた童子切が握力任せに握り潰された。
(マジかよ、こっちも退魔に特化した明王様の御剣だってのに!)
 やはりいくら魔を討ち祓う性質を宿していたとしても、大鬼に通用するのはこの世でただ一振りのみの業物しか存在しないらしい。
 そして、その贋作も決して通じていないわけではないのだ。刀を握り潰した大鬼の掌から血が滴るのを目撃しながら、空いた両手で大鬼の猛攻を身軽にいなしながら跳ね回りバックステップで背後へ飛び退く。
「確かに面白ェモンは見れた。同じくらい頭にきたけどな。ネタ切れか小僧?いくらテメェの存在が金属弄りの得意な人外だったとしても、逸話や伝説に残る武具の再現にはどうやったって限界がある。その生成もまた、な」
 無際限に形あるものを生み出し続けることは不可能だ。それはどんな存在にだって共通して断言できる法則である。その形あるものにさらなる付与効果を加えてあるのだとすればなおさらに量産できるものではないのだ。
 僅かながらにも大鬼に太刀打ちできる武装を、無数に創れるだけの力量はアルにも無かった。
 だからこそ、
「…………既に二本、か。いや参った、参った」
 苦笑混じりにアルは大鬼を見定め溜息を吐く。
「確かに、こんな短期間じゃ武装のストックもたいして用意できなかった。しかも安綱以外は通用しねえし、それも折られちまった。…でも、まあ」
 聞きしに勝る大鬼の脅威に絶望するでもなく、むしろワクワクとした表情すら見せて、

「ストック十六だから、残り十四本。まだまだ遊べるぜ酒呑童子」

 ズドンッ!!!
 両隣の地面から贋作安綱が柄を上向きにして飛び出る。
「悪しき鬼を滅する刀、と書いてなんと呼ぶかわかるか大鬼」
 眉を寄せる酒呑に、刀を両手に握って構えを取るアルが告げる。
「“悪鬼滅刀ドウジキリ”だよ。さあ鬼退治の続きだ」
 大鬼と悪魔の闘いは未だこの程度では終わらない。否、終わらせない。

       

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