Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第四十六話 求める力はすぐそこに

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「あー。今日も疲れた疲れたあー!」
「お前ほとんど寝てたろ」
 学校の授業を終えての下校途中、ほとんど居眠りしていたくせに肩なんて揉んでる由音を半眼で睨む。
 やや後方では、ニット帽をかぶったシェリアが静音さんの腕に抱き着いて何やら楽し気に話をしている。顔立ちの整った二人の少女は、傍目から見るとやはり仲の良い姉妹のように見えてとても微笑ましい。
 遠方から感じていた戦闘の気配はしばし続いていたが、やがて収束して大鬼の気配以外は何も感じ取れなくなった。相手が死んだか、逃げたかしたのだろう。
 それにしても一体誰が大鬼に挑み掛かったのか。明後日に決闘を控えている俺が言えたことじゃないが、命知らずなヤツだ。
「しっかし、ちょっと小腹が空いたな…なあなあ!アイス食わね!?」
 また突拍子もなく、由音がちょうど視界に入ったコンビニを指差して提案した。
「アイスっ」
 真っ先に反応したのはシェリア。目を輝かせてずいっと前に出る。
「アイスってあれだよね!冷たくて、甘いやつ!」
「そうだよ、シェリア食ったことねえの?」
「ずぅっと前にいっかいだけ、レイスに買ってもらったことある!」
「そか!んじゃ食おうぜ!奢ったる!」
「ほんとにー!?いくつ?いくつ食べていいの?」
「一つに決まってんだろいくつも買えるほど金ねえよ!それにそんな食ったら腹壊すぞお前!」
 きゃっきゃと騒ぎながら、もはや決定事項のように二人は和気藹々とコンビニへ入っていく。
「……」
「行こうか、守羽」
「…すんません、静音さん」
 馬鹿二人に代わって謝ると、静音さんは不思議そうに小首を傾げた。
「どうして謝るの?」
「いや、あんな勝手にぐいぐいあっち行ったりこっち行ったり…。迷惑じゃないかなと」
 思えば、俺が四門との一件で由音と『再び』親しい関係になってからというもの、静音さんをも巻き込んで食べ歩きをしたり外食をしたりといったことが当たり前のようになってしまった。それまでは、二人っきりで登下校してもそんなことをしたりはしなかった。
 俺自身はよく食べ歩きや買い食いをするが、品行方正な静音さんにそんなことをさせてしまうのはなんだか気が引けて、一緒の時は控えていたから。
「…私はね、あんまりこういうこと、したことないんだ」
 コンビニに入った二人を眺めながら、立ち止まった静音さんは俺を振り返って語る。
「周りの友達も遠慮してるのか、そういうのに誘ったりしてくれたことがなくて。一人だと勇気が無くて買い食いなんて出来なかったし。…だからね、こういうの楽しいんだ。すごく、学生らしい」
 静音さんの同級生も、やはり俺と同じような考えをしていたのか。だが静音自身は、そういうことに興味があったと。
 これは俺が思慮に欠けていたかな。静音さんだって学生だ。高校生活をらしく過ごしてみたいと思うのは当然のことだった。
「それじゃあ、俺らも行きましょうか。アイス買って、どっかベンチでも見つけて食べましょう」
「うん」
 嬉しそうに頷いた静音さんと肩を並べて、俺もコンビニの自動ドアから中へ入る。
 既にどのアイスを買おうかと二人して熟考している背後から、さっさとアイスバーを選んで取る。
「オイ守羽!お前そんな簡単に決めていいのかよ!もっとしっかり考えろよ!!」
「アホか」
 一蹴して、同じく俺が取ったのと同じアイスバーの違う味を取った静音さんとレジで会計を済ませる。
「む、ねねシノ」
「ああ…その手があったな」
 俺と静音さんを見て何を考えたか、由音は悩んでいた内からカップアイスを選び、シェリアもその隣にあった別の味のカップアイスを掴んだ。
「これで!」
「二つの味を楽しめる!やはり天才だぜ守羽は…!」
 アホか。別に俺も静音さんもそんなつもりで選んだわけじゃねえよ。



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「あ、そっか発売今日だった!悪いすぐ済ませるからちょっとだけ時間くれぇ!」
 アイスを買ってから、由音はそう叫んでコンビニ内に立て掛けてあった週刊少年誌を引っ掴んで速読を始めた。雑誌一つ買う金すら惜しむその姿勢は実に学生らしく俺は友人としてとても情けなくなった。
 俺も尿意が近くなっていたことを思い出し、コンビニのトイレを借りることにして静音さんとシェリアには一足先にコンビニから出て近くのベンチで待っててもらうことになった。
 用を足しながら、ふと思う。
(…真っ当に授業を受けて、友達を飯食って、帰りにコンビニで買い食いして)
 当たり前にこなしている、当たり前のような学生生活。
 俺が切実に願い続けている、何事も無い平穏な生活。
 ふとした拍子に涙が出そうになるほどの、幸福な時間。
 かつて『鬼殺し』として人外情勢に名を馳せてしまった当初の時期には、もう決して戻れることはないと確信していた。悪意の群れと正面からぶつかり皆殺しにしてきた、俺の短い人生の中でも暗黒とすら呼んでいい、苦痛と苦悶の生活からの脱却。
(戻れるもの、なんだな。あんな地獄からでも…)
 戻れてしまったからこそ、それを実現出来てしまったからこそ。
 守りたい、続けたい。この生活を死守していきたい。
 そう思わずにはいられなくなってしまうのだろう。
 珍しくそんな感傷的な気分になりながらトイレから出ると、ちょうど少年誌を閉じて顔を天井に向けて両目を閉じたおかしな恰好の由音を見つけた。
「何してんだお前」
「…気に、なるッ!くっそ続き気になるんですけどぉーっ!!」
「うるっせ。さっさと出ろ迷惑だ」
 読んでいた漫画の続きが気になるらしいが、これ以上大声で喚かれたら営業妨害で店員さんに文句を付けられてもおかしくない。由音の尻を蹴ってコンビニから叩き出す。
「いやでもさあ!あの引きはズルいって!あんなん続き気になるって!」
「来週も立ち読みすればいいだろ…ん」
 由音を連行して、二人の待つ街路樹の下に設置されたベンチへ顔を向ける。すると、そこには律儀にもアイスを開けずに待っていた女子二人がいた。
 それと、その二人に何事か話し掛けている、チャラい恰好をした三人の男も。
「……由音」
「おう」
 目に鋭さを帯びた由音が指の骨をポキリと鳴らす。
 シルバーアクセサリーやピアス、ブレスレットなどでジャラジャラと装飾した三人の男は、それぞれがトチ狂った色に髪を染めていた。
 明らかに地毛ではないとわかるほど目に痛い銀や金、真っ赤な頭の三人は、どうやら静音さんとシェリアを口説いているらしい。シェリアはよくわかっていないらしくきょとんとした表情で三人の髪を眺めている。そんなシェリアを静音さんが庇うように立って健気に何か応答していた。
「守羽、やっていいか?」
「いつもなら止める側だが許可する。人気の無い路地まで引き摺ってボコれ。三匹全部くれてやる」
 思い通りに事が進まないのに苛立っているのか威圧的な空気を出し始めている連中にもはや対話の余地は無い。
 せっかく学生らしい下校を楽しんでたんだ。ここまで来たら学生らしく少しくらいやんちゃに喧嘩の一つしたって問題ないだろう。
 歩きながら接近していた俺達だが、俺の言葉に猟奇的な笑みを僅かに浮かべた由音が先んじて駆け出す。
「だからよお!俺達が遊んでやるっつってんだから―――ぐぉあっ!?」
 ついに怒声まで発し始めた三人組の一人、気色悪い銀髪に染めた男を由音が無言のドロップキックで蹴り飛ばす。
「な、なんだテメエ!?」
「ハッ!この東雲由音、悪に応じる名など無いわ!」
 思いっきり応じちゃってますがそれは。
 そのまま蹴っ飛ばした男の胸倉を掴んだまま、由音はキャリーバックを引き摺るような感覚で銀髪の男を引っ張って走り出した。背中を地面に削られ悲鳴を上げる仲間と突然の襲撃者を追って、残り二人の男は由音に続いて路地裏に誘いこまれて行った。なんて単純な馬鹿共だろう。
「大丈夫でしたか?静音さん」
「守羽…」
 俺の顔を見てほっとした表情になった静音さんと、無言でじっと俺を見上げるシェリア。なんだかシェリアがおとなしい気がするが、まさかこいつも知らない人間に絡まれて怖がってたのか?
「未だにいるんですね、あんなガラの悪い連中」
 この街は治安自体はそう悪くないはずなんだが、うちの学校にも不良はいるし。まあどこにしたって完全に取り払うことは不可能な存在ではあるのか。
「由音が戻ってきたら、アイス食べましょう。早くしないと溶ける」
 安心させるように朗らかに笑って、静音さんをベンチに座らせる。
「…………んー」
「……なんだ、お前は。どうしたんだよ」
 視線を静音さんの真横にずらすと、俺を見上げて小さく唸っているシェリアと目が合った。
「ミカドはさ、髪、黒いんだね?」
 ぽつりと、何を今更ということを呟いたシェリアに、俺も困惑顔で首を傾けた。
「さっきのニンゲンみたいに、銀だったり、金だったりしにゃいの?」
「ありゃ染めてんだよ。俺も由音も静音さんも黒いだろ?この国の人間ってのは全員黒髪なんだよ」
「でも、ミカドは妖精だよね?」
「半分はな」
 どうも会話がうまいこと成立していないような…。シェリアは何が言いたいんだ?
 そんな俺の疑問に、猫娘はニット帽を両手で押さえて俺を見上げたまま答える。
「妖精って、みんにゃ髪は黒くにゃいよ?」
「…なに?」
 声を漏らしてから、すぐにその言葉の矛盾を突っ込む。
「お前黒髪じゃねえか。それにレイスだって」
 俺の知る妖精は皆黒髪だ。だがシェリアは妖精に黒髪はいないという。どういうことか。
「レイスは髪、黒く染めてるんだよー。そうしにゃいとニンゲンの世界だとヘンだからって。あたしは、にゃんか妖精の中だと『れーがい』で黒いんだって!」
 レイスの黒髪は地毛じゃなかったのか。そしてシェリアは妖精種の中では例外的に黒い?
 いや待て、前に人外をよく知る為に父さんのパソコンを借りて資料を集めたことがある。ケット・シーに関してもその時に調べた。確かその中の話によれば、アイルランドの伝説に出て来る妖精猫は人語を喋り二足歩行で歩く黒猫だと記載されていた。
 人が語り継いだその特徴が反映されているのだとすれば、シェリアの容姿が妖精種の特徴に反して黒毛になっていたとしてもおかしな話ではない。猫の因子と起源はシェリアの存在構成そのものであり、その優先度は種族構成より上回る。
 そして、そのシェリアの容姿の優先度合いを鑑みれば俺にも同じことは言えるわけで、
「俺は人間の血も半分あるからな。外見的な要素は人間種の要素が勝ってたんだろ」
 確かに俺は母さんのような瞳や髪の色はしていないが、妖精の力自体はしっかり継いでいたし、人外としての性質は内側にのみ反映されたと見て間違いない。
 顔立ち自体はどちらかといえば母さん似だし、髪まで妖精に寄ったら父さんが絶望しそうだ。そういう意味でもこれで良かったような気がする。
「ふへぇ~いろいろ大変にゃんだね、ミカドも」
「まあな」
 納得したんだかしてないんだかよくわからない吐息と共に俺を労うシェリアに、俺も捉え方の困る曖昧な返事をしておく。
「ふはははっ!成敗っ!!」
 そんなこんなで話し込んでいると、大笑しながら由音が戻ってきた。
「ほどほどにしたか?」
「おう!ってか殴り掛かられたから殴り返したらそれで逃げた!」
「なんだ。たいした度胸もねえ連中だったんだな」
 ならあの場で追い返してもよかったか。
「あっシノ!早く早く!」
 さっきまでしてた会話はどうでもよくなったのか、手からぶら下げていたビニール袋を振り回して由音を呼ぶ。
「そうだな!アイスだアイスっ」
「守羽。私達も」
「ああ、はい」
 四人で買ったアイスを開けてそれぞれ口に入れる。
「ああ゛~、夏だなっ!!」
「だねー」
 アイスを頬張ってご機嫌な二人が声を上げる。返事こそしなかったが、感想自体は俺も同感だ。静音さんもアイスバーを咥えて小さく頷いている。可愛い。
「しかしあれだな、今週乗り切ればいよいよ……」
「?なんだよ」
 シェリアの持っているカップアイスと自分のをスプーンで交換して食べたりしながら、由音が力強く拳を握る。
「馬鹿お前!本気か!?しっかりしろよな!」
「…?」
 マジで由音が何を言ってるのかわからない。来週何かイベントでも控えていただろうか。
「いいか、守羽。オレら学生にとって最大の楽しみだ。むしろこれが無かったらオレは無事に学生生活を乗り切れる自信が無いとすら言える!」
 俺が何も分かっていないのを見て深い溜息を吐いた由音が、大きく息を吸い込んで答えを明かす。

「―――夏休みだぁぁああああああああああああ!!!」

       

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