Neetel Inside ニートノベル
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「いってて…あーもしもし旦那?うんありゃ駄目だ。化物とか怪物とかそういうレベルじゃねえ。まさしく鬼神の如き強さっつうか鬼神だな」

 とあるマンションの一室で幼い少女に全身包帯を巻かれながら無事な左手で握る二つ折り携帯電話から通話相手に報告を行っているのは、焼け焦げたような煤けた赤茶色の髪を持つ褐色の青年。
 昼に大鬼へ挑み惨敗、撤退してきた妖精崩れの悪魔・アルだ。
 今は白銀の髪を揺らして一生懸命に手当てを行っている白埜にされるがまま、同盟の長へと今日の戦闘でわかったことを報せていた。
「童子切も贋作じゃ無理だ、よほど隙を晒してくれてねえと直撃の前に皮膚の段階で折れる。歩く鉄塊だな、ッハハ」
「……アル。わらいごとじゃ、ない」
「あ、すんません…」
 砕けた右手に簡易的な処置をして首から下げた布に吊るさせながら、僅かに表情に怒りが滲んでいる白埜の言葉にアルは歳の差も外見の差も関係なく素直に頭を下げる。
「ダッサ!そんな小さな子に怒られてやんのダッサっ!!」
 同じ部屋でその様子を眺めていた女性、音々が爆笑しながらアルを指差すと、アルが額に青筋を浮かべながら、
「おうコラ魔獣…天羽々斬あまのはばきりって刀知ってっか?八岐大蛇やまたのおろちって怪物をたたっ斬ったって云われてる業物だァ。その逸話から俺の創る天羽々斬には魔獣種に対する特効付与がされててな………まあ何が言いたいかっつうと表出ろクソがぁ!!」
「上ッ等!右手以外の手足も全部へし折って外に蹴り転がしてやるわ!」
 売り言葉に買い言葉で立ち上がりかけたアルを、白埜がシャツを掴んで止める。その程度であれば振り払えないわけないのだが、白埜に真剣な眼差しできゅっと掴まれてしまえば、アルに抵抗する気など湧くはずもなかった。
「……アル」
「わかったよ!もう今日はおとなしくしてるよ」
 浮かし掛けた腰を再びフローリングの床に着けて、再び白埜の手当てに身を任せる。
「音々もいい加減にしときなって。今のアルは本当に満身創痍だ、こんな状態のアル久しぶりに見るぞ、俺も」
 台所で夕食の支度をしていた深緑色の髪の青年、妖精のレンも顔だけ居間に出して音々を注意する。
「ふん、そんだけ叫んで動けてりゃ問題ないでしょ。そもそもアンタがそんだけ全力で挑んでロクなダメージの一つも与えられなかったってのがもう嘘臭いのよ。その大鬼ってのはどんだけ規格外の化物なんだか」
 長い付き合いでアルの実力を重々承知している音々だからこそ、ここまで完膚なきまでに撃退されたアルの状態こそが信じ難かったのだが、それをわざわざ言葉にして伝えたりするような真似は死んでもやらない。アルが付け上がるからだ。
 長い長い赤毛の長髪を払って、音々も腰を下ろす。それを見届けて、アルは通話中だったことを思い出して床に置いた携帯電話を持ち上げる。
「もしもし?すんません旦那、音々の野郎がちょっかい出してき…え?いつも通り?まあそうですがね」
 互いに笑い合いながら、逸れかけていた本題へ話を戻す。
「ともかくあの鬼に通じるのは旦那が今持ってる本物の童子切安綱か、あるいは旦那方の扱う退魔の術法くらいのもんじゃねえですかね。それもどこまで通じるか…。守羽でしたっけ?自分とこのガキを死なせたくねえなら刀は持たせた方が賢明ですぜ。酒呑童子からもそうしろって伝言を預かってますんで」
 頭に包帯を巻いて行く白埜に視界を半分ほど遮られながら、神門旭との会話を続けていると、余計な雑音まで耳に届いて来る。
「はあ、はぁ……あ、あんなにハクちゃんに密着して手当てしてもらえるなんて、なんて羨ましい…!」
「おい音々、頼むからベランダから飛び降りるのはやめてくれよ。大体お前さんその程度じゃたいした怪我にならないだろう」
 手当てしてもらいたいが為にベランダの戸を開いて投身を決め込もうとしている頭のおかしな同盟仲間を冷やかな目で見据えながら、大方伝えられる情報を伝えたアルは話を終わらせる方向に流す。
「ええ、へい。了解、こっちは引き続き妖精共の接近を感知し次第牽制に回りやす。旦那も気を付けてくだせえな。あいよ、では」
 通話を切り、脱力したアルは今度こそ白埜の思うがままに体中まさぐられながら包帯を巻かれ消毒液を付けられガーゼを貼られるままにされる。
「とりあえず、お前さんは戦線からは外さないとな」
 夕食の仕込みが終わったレンがエプロンを外しながら居間に戻って来る。
「何言ってんだお前?片腕使えりゃ戦えるだろ。なんなら口だってある」
「犬かお前さんは。いいからおとなしく療養しとけって」
「……アル、バトルきんし」
「えー」
「そんなんで出られても迷惑だしね、足手まといだわ」
 本人がそういった様子を見せないから軽傷に見えてしまうが、ちゃんと傷の具合を見た者からすれば絶句ものの重傷者であることを、この場の全員が理解していた。
「ってかよレン、お前現役で妖精種じゃん、“治癒の光”で治せよ俺をよ」
 妖精種に備わっている固有技能である“治癒”は、自分の怪我は癒せないが他者のものは治せる。
 が、レンは首を左右に振る。
「俺も得意じゃないから、出来て痛み止め程度が限界だぞ。やる意味ないと思う」
「そうだったか?チッ使えねえなもう」
「なにおう」
 流れるように罵倒して、アルは使い辛そうに包帯と添え木で固められた右手を持ち上げる。包帯の内側はかなり酷い怪我だ。
 ただ、問題は粉砕された右手だけではない。肋骨、鎖骨も折れているし、内臓器官もいくつか不全を起こしている。現に今も唾に混じって吐血が止まらない状態だ。
「そんなんで、どうして平然としてんのアンタ。流石にちょっと引くんだけど…」
「いや、魔性種の恩恵でいくらか肉体の負担は軽減できてるし…。それにアレ置いてあるし」
 アルの向けた視線の先には、一本の杖が雑に立て掛けてあった。シンプルな錫杖のような形状で、末端から末端までを二匹の蛇が螺旋交差しながら這っている造形が施されている。
 それは医療・医術の方面では象徴的なシンボルとして世界規模で多用されているマーク。その原型とされている、ギリシア神話由来の名医が持っていた杖。 さらにそれを魔法の金属細工師が性能を模倣して創り上げた贋作。
 “癒冠宝杖アスクレピオス”。
「元々武装専門の俺が創ったヤツだから出来映えは最悪だけど、アレを近くに置いとけばいくらか傷は治せる。今晩は白埜の代わりにアレ抱いて寝るさ。それで最低限生命存続維持が可能なレベルまでは治癒出来るだろ」
 喋りながらもごぼごぼと口から血を吐き出して白埜に拭かれている。
「んで、俺達の押さえるべき相手である妖精共だが…」
 当たり前のように牽制に参加するつもりでいるアルが、確信した口調で切り出す。
「こっち来てるぞ。じきに街へ入る」
「…俺は何も感じないぞ?」
 妖精であるレンが感じ取れない同胞の気配だが、アルは確かに感じていた。
「悪魔に『反転』した影響かわからんが、俺は一度戦ったことのある相手の気配にはやたら敏感なんだ。レイスとクソジジイの気配が着実に近づいてる。まだ距離はあるがな」
「ファルスの爺さまも来てるのか。ちょっと不味いなそれは」
 忌々しく名を呼んだレイスはまだいい、歳若い妖精のレイスは実力自体はまだレンやアルと拮抗するか下回る程度。…まあ、あれから随分経って現在の実力は知れないが。
 問題は妖精界の古株。ファルスフィスと呼ばれる年老いた白髪の妖精。
 あれを相手するとなると、牽制とはいえど少しばかり骨が折れる。
「ま、なるようにしかならねえ。個人的にはやっぱ明後日の決闘が気になるとこだがな、観戦しに行ってもいいかな俺?」
「巻き添え喰らって死んでいいなら好きにすればいいんじゃない?」
 いちいち辛辣な返しをしてくる音々とそれに噛み付く狂犬のようなアルとの仲裁に割り込むのがもう一連の流れとして組み上がっていることに辟易しながらも、レンは白埜と共に同盟内の平和を保つ為に二人の仲を取り持つ。

       

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