Neetel Inside ニートノベル
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「やっぱり相当な手強さだね、大鬼は」
 夕食の席で、ふと漏らした父さんの感想に対し、俺は最早なにを驚くこともなく、
「昼に酒呑と闘ってたのは、父さんの仲間か?」
 ある程度出来ていた予想をそのままぶつける。今食卓にいるのは俺と父さんだけ。母さんは町内会の集まりだとかで今は家にいない。
 父さんは咀嚼しながら首肯を返した。
「そうだよ。確かな実力者だったはずなんだけど、報告を受ける限りほとんど惨敗に近い負け方をしたらしい。本人は嬉しそうだったけどね、今度紹介するよ」
 惨敗して嬉しがるってどんな変態だよ……。
 俺は若干引き気味になりながらも、父さんに話の続きを促す。
「鬼の因子を持つ人外は鬼性種きしょうしゅと呼ばれるんだけどね、特徴として高い自己治癒能力と身体能力っていうのがある。その頂点に位置する大鬼はもちろん段違いの強度と回復力を持ってる。硬度強化や変化、空中浮遊とかの神通力も一通り使えるらしいし」
「うん。で?」
 そこら辺の知識は、既に『ミカド』から返してもらっている。父さんだってそんな話を本題としているわけではないはずだ。
「大鬼の肉体にダメージを通す方法は限られてくる。それはとんでもない大出力の一撃だったり、極めて強力な毒だったりだ。僕や君のような退魔師の家系であればその術式を用いて動きを封じ、攻撃を通すことも可能だろう。それでも与えられるのは微々たる傷程度だ」
「……」
 神妙な顔つきで父さんは続ける。
「だが例外的に鬼へ致命傷を与えられる武器がある。詳細は省くけど、君と同じ『鬼殺し』の二つ名を持つ童子切安綱という天下五剣の名刀だ。今は僕が現物を持ってる」
「童子、切り…」
 その知識自体は持っていないが、天下五剣の名称そのものは知っている。何故父さんがそんなものを持っているのかまでは、流石にわからないけど。
「刀は守羽、君に託すよ。大鬼と闘う為には必須だ。…まあ、君はかつてそれ無しで大鬼を倒したことがあるけど、酒呑童子はあの鬼をさらに上回る鬼神だ。必要になる」
 『鬼殺し』という二つ名が出て来た時点で察してはいたが、俺が前に一度大鬼を退治していることまで知っているんだな。こうなると父さんが俺の何をどこまで知っているのかまったくわからなくなってきた。
 俺の戸惑いの様子もやはり無視して、父さんは俺の眼を真っ直ぐに見つめて柔らかい笑みを見せた。
「それともう一つ、君に渡しておく物がある。僕の大事な物だけど、守羽にとっても大事な物のはずだ。君に預けておくよ」
 刀と共に食後にでも渡すつもりなのか、今はそれだけ言って話を締めようとする。
「父さん」
 その前に、俺は声を上げた。父さんは茶碗に落としていた視線を上げて再度視線を合わせる。
「なんだい?守羽」
「俺は、結局力を完全には取り戻せなかった。明後日の決闘までには、たぶん間に合わない」
 感覚的に、本来持っていた力の大半は戻ったと思う。だが完全には遠い。
 完全ではない神門守羽で、最強の大鬼に立ち向かえるのか。俺はそれがわからなかった。
 負ける気はない。というより負けることは許されない。だが拭いきれない不安はどうしてもネガティブな思考を加速させていってしまう。
 もし俺が力を完全に取り戻す方法を知っているのなら教えてほしい。そう声に出して続けようとした俺を、父さんの言葉が遮る。
「大丈夫だよ」
 あやふやで曖昧な一言。まるで子供をあやすように優しく力強く、父さんは俺から視線を逸らすことなく確信した口調で断言する。
「大丈夫。君の力は手の届く範囲にあるものだよ。その求めている力は、すぐそこにある。ただ、今はまだ見えていないだけ」
 食卓から身を乗り出して、父さんは伸ばした手で俺の頭をくしゃりと撫でる。
 父さんに頭を撫でられるのなんて、一体いつぶりだろうか。幼い頃とまったく同じようにゆっくりと動かす手が髪を梳く感覚は、昔と同じで心地良い。
「僕はろくでもない人間だったけど、君の父親でいれたことは唯一誇れることだと思ってる。だから、だから僕は―――」
 何かを言い掛けて、父さんは躊躇うように口元を引き締めて俺の頭から手を離す。
「…父さん?」
「早く食べないと、冷めちゃうね。さあ守羽、一緒に食べよう」
 俺の疑問を受け流すように父さんは食事を再開してしまう。
 多少不思議に思ったが、俺ももうそれ以上はこの話を続けることはしなかった。
 父さんの言葉に、父親に頭を撫でられたことに。
 俺は単純にも安心してしまったのだ。大丈夫と言われて、ほっとしてしまったのだ。
 だから、その言葉で満足した俺に話を深追いする必要はなくなった。
 今の俺に不安は無い。
 明後日の勝負、必ず勝つ。

 ―――俺がそんな決意をしていた時、父さんは何を思っていたのだろう。
 ―――今思えば、きっと父さんも俺と同じように覚悟をしていたんだと思う。
 ―――……これが、息子との最後の食事になるかもしれない、という覚悟を。
 ―――そして大鬼との決闘を控えていた俺に、そんな心中を察せるだけの余裕は、無かった。




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 神門守羽と酒呑童子の決闘が迫っていた、その前日のこと。
 ダークスーツを着こなして火の灯っていない煙草を咥えた青年、陽向日昏は何をするでもなく空を見上げていた。
 彼がこの街に来てからずっと進めていた作業は、先程ようやく全行程を完了した。これまでは、とある者に邪魔をされて一向に完成してこれなかったものだ。
 そしてこれの完成により、日昏は最終目的へやっと手を伸ばせる。
(…覚悟を、決めたのだと判断していいのだな。……旭)
 言葉に表せない微妙な表情で日昏は空へ向けていた目を細める。
 その背後で、人の気配と靴底を擦る音が聞こえる。
「オイ!」
 鼻息荒く、そこに立っていた者の声を日昏は知っていた。苦笑しながら振り返る。
「どうした東雲の、そんなに息を切らして。俺に用件か?」
「用がなきゃ会いになんてこねーよ!」
「そうだな」
 日昏は、その少年・東雲由音のことが嫌いではなかった。だから話に応じてやることにした。
「それで、なんだ?」
「自分でも色々やってみたけど!やっぱお前に教えてもらうのが一番かなって思って来た。お前に頼みたいんだ!!」
 土下座すらしてみせそうな様子で、由音は戦ったことも共闘したこともある奇妙な間柄となっていた日昏に頼み込む。



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 同じく決闘前日の夜遅く。
 静音と一緒のベッドで眠っていたシェリアは、耳をぴくんと動かして薄く目を開けた。
「ん…………レイス、ぅ?」
 聞き覚えのある足音が複数、遠方からこの街へ向かってきているのをケット・シーの聴覚が捉えていた。
 しかしシェリアにとっては眠気の方が優先され、その意識はすぐさま静音の腕の中で深く沈んでいった。



「来てんぞ、連中」
「数は?」
「知るか」
 同刻、寝付いた白埜を起こさぬようにマンションの屋上へ移動した『突貫同盟』の三人は、夜の闇の奥を見やりながら話していた。
「明日には到着って感じか」
「ほんと、間が悪いわねえ。よりにもよって明日とは」
「仕方ない。ある程度は予想していたことでもあるし」
 右腕を首から下げた布で吊った全身包帯まみれのアルと、夜風に長い赤毛をなびかせる音々。それと腕を組んで思案顔をするレン。
 着実に近づく妖精の気配を前に、三人もまた警戒を強める。
「アル、音々。やることはわかってるよな?」
「当たり前。ボスの邪魔をさせないことでしょ」
「殲滅だろ。来たこと後悔させてやる」
「「お前さんアンタは部屋でおとなしくしてなさい」」
 一番活き活きとした表情のアルが、他二名に冷静なツッコミを受けていた。



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「…こんなモンか」
 全身を軽く動かして、酒呑童子は自身の調子を確認する。
 妖精崩れの悪魔と遊んだ・ ・ ・時間以外をひたすら退屈に過ごしていた甲斐あってか、その身はほとんど全快に近い状態になり、酒断ちによる弱体化からも戻っていた。
 明日、『鬼殺し』をブチのめす。
 自分の勝利を疑わない最強の鬼は、酒を取り込み久しぶりの快調に至った上機嫌で誰に向けるでもない笑みを浮かべる。



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 そして始まる一日は、一つの街の中においてはあまりにも濃密で、あまりにも凄絶で、
 そして、あまりにも慌ただしかった。

       

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