Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第四十七話 決闘×2+α

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 決闘当日。人の世において休日とされる昼下がり。
 退魔師の結界によって一般人の興味を極端に消し去られた廃ビル群地帯の荒れた地面を踏み締めて、一人の少年が現れる。
 それを見据えるは、腕を組んだ不動の仁王立ちで佇む巨漢の人外。組んだ腕の片側には大きな酒瓶が掴まれている。
 場にいる者達の正体など言わずもがな。神門守羽、そして酒呑童子の二名だった。
「よォ」
「…ああ」
 ある程度まで近づいて、守羽は立ち止まる。両者の距離は十数メートル空いているが、互いにその気になれば数歩で詰められる程度の間合いだ。
 守羽が片手にぶら下げたモノを見て、酒呑童子は軽く首肯する。
「…フン、今度こそ本物らしいな」
 片手に握られているのは一振りの刀。父・神門旭から託された鬼殺しの名刀。暇潰しに相手した贋作とは違い、その刀から放たれる威圧は間違いなく本物の童子切安綱。
「あ?」
 アルと酒呑童子が交戦した事実自体は知っていても、その戦闘において贋作の童子切十六本を用いて死闘を繰り広げたことまでは知らない守羽が、大鬼の発言に眉をひそめる。
「いんや、こっちの話だ」
 つまらなそうに話を打ち切った酒呑を一瞥して、守羽は周りをぐるっと見回す。
「牛頭馬頭は、おとなしく観戦するつもりなんだな」
 酒呑に心酔し付き従っている配下の鬼は、視界に映る位置にはいない。ただ気配だけはずっと遠方の廃ビルから感じた。酒呑の命令か、あるいは首領の望みを汲んで下がっているかのどちらかだろう。
「オレとテメェのタイマンだからな。その辺は、そっちの悪霊憑きも承知済みなんだろ?」
 瓶を傾けて日本酒をぐびぐびと飲みながら、酒呑があらぬ方角へ視線を向ける。
 守羽が気付いたのと同じように、酒呑もまた遠方のビル屋上で人外の視力を宿してこちらを黙って監視している東雲由音の存在を認知していた。
 互いに側近は大将の勝利を願い、望み、しかし割り込むような無粋な真似はしない。
「んじゃァ、始めっか」
「そうだな」
 持っていた瓶の中身を飲み干して、酒呑が宴会でも始めるかのような気軽さで言うのに対し、守羽もまたさしたる気負いもせずに頷き、
 ズガン!!と。
 そうして、持っていた刀を地面に突き立てた。
「…なにしてんだ、『鬼殺し』」
 行動の意味がわからず、純粋に酒呑は疑問をぶつける。
安綱コイツはいらねえ。受け取ってここまで持って来たが、使うつもりはないからな」
 舐めている、と大鬼は判断した。
「遠回しな自殺アピールはやめろ『鬼殺し』。人間が鬼に勝つにはかつての逸話をなぞるしかねェ。勝つのが分かり切ってる勝負なんざつまらねェんだよ」
「だから言ってんだよ、大鬼」
 突き刺した刀から背を向けて、数歩離れた守羽が振り返る。
 その表情には、鬼を必滅させる業物を手放してもなお余裕が窺える。
「ただの人間なら、きっとその刀を使ってお前の首を刎ねるしか方法はねえんだろう。けど、俺はただの人間じゃあない」
 守羽の静かな声音が、真昼の乾いた空気に乗って響く。握り拳を大鬼へ向け、周囲の大気を歪ませて原初の元素を掌握しながら続ける。
「元素を統べて、退魔を束ねて。俺の存在全てを賭けてお前を倒す。もとよりテメエの望むべくは素手喧嘩ステゴロだろ?多少こっちの土俵は割り込ませるが、乗ってやるよ。その上で、勝つ」
「……そうかい」
 この清々しいまでの売り文句に、酒呑童子は違和感を覚えていた。
 前回までの『鬼殺し』とは、何かが違う。
 舐めていると思っていたこの言動は、油断や慢心から来るものではない。そもそも前回の戦闘であれだけ叩きのめされて、こんな態度を取れるわけがないのだ。
 何かが、変わった。
 苛立ちで皺の寄っていた表情が和らぎ、代わりとばかりに笑みが浮かぶ。
 まったく、あの妖精崩れの悪魔といい、この人間と妖精の半端者といい。
「楽しませるのがうめェ野郎だ」
 殺意を噴き上げて、空っぽになった酒瓶を空高く投げ捨てる。
 緩やかな放物線を描いて、空瓶は酒呑童子と守羽との間の地面へ迫る。
「ふー……っ」
「よ…っと」
 それぞれに首を回したり両手を伸ばしたり、まるでこれからジョギングにでも出掛けるんじゃないかと思うような動作をしていた両者が、
 パリンッ

「「ッ!!!」」

 地に落ちて割れた瓶の音をスタートダッシュの合図にして、瞬きの間に目と鼻の先まで肉迫していた。
 初撃の打ち合いが怒濤の如く鳴り渡る。



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「…始まった、か」
「みたいだね」
 産毛がピリッと静電気が弾けたように逆立ち、大鬼との戦闘が始まったことを知る。
 たとえ人払いの結界が施された領域での出来事でも、この二人には感じ取れる。結界の術式を、その構造と仕組みをよく知っている退魔師の二人には。
「勝てるか?お前の息子…守羽は」
 陽向ひなた日昏ひぐれ
「勝てるさ。僕の自慢の息子だからね」
 神門みかどあきら
 かつての旧友であり、同じ家の同胞でもあった二人は、口調や会話こそ以前と同じ友人同士の他愛ない雑談のような風を思わせるが、その胸中に秘められた想いは昔とは大きく異なる。
 片や復讐。
 片や因縁。
 互いに負けを許さぬ分水嶺。
 二人が立つ場所は、なんてことない普通の公園。休日なのに子供の一人も見ないのは、子供の遊びがテレビゲームや携帯機へ移行してしまった時代の変化故かと、公園の侘しさに旭は少しだけ感傷的になった。
 この公園には、息子が幼い頃にもよく遊びに来ていた。遊具で遊んだり、鬼ごっこしたり、あるいはキャッチボールをしたり。
 いつか終わりが訪れるのだと理解はしていても、その日々は確かに幸福だった。
「俺も守羽の勝利を願おう。彼は幸せになるべきだ、…お前の分までな」
「それは同感だけど、まるで僕がこれから死ぬような物言いはやめてほしいな」
 冗談めかして笑う旭に、日昏は無表情で冷たい視線を向けていた。
「のらりくらりと俺から逃げ続け、俺が組み上げていた術式の完成を阻害し続けて来たお前がこうして眼前に立っている。それはつまり、そういうことなんだろう」
「………さあ、どうなんだろうね」
 神門旭という人物は、一言で表せば『臆病』という二文字に尽きる。
 これまでの半端な行動、半端な言動、半端な一挙手一投足は全てそこに起因しているといっても過言ではない。
 失うのが怖い、闘うのが怖い、死ぬのが怖い生きるのが怖い嫌われるのが怖い軽蔑されるのが怖い変化していくことが怖い。
 数々の大罪を犯してきた彼だからこそ、その果てで得た奇跡のようなこの現状の停滞と維持を切望してきた。
 だが時間は停められない、切り取れはしない。否応なく流れゆく時の中でいずれ歪みは生まれ、状況は確実に変わっていく。今がそうだ。
 だから、
「僕は生きるかつよ。勝って、また家族皆で幸せを続けるんだ」
 無精髭を撫でて、その顔から柔らかい笑みを引っ込める。その表情は、陽向家として共に凶悪な人外と闘い抜いてきた頃の旭そのものだった。
 日昏は旭の言い分を聞いて、それから咥えていた火の灯っていない煙草をブチンと噛み千切った。
「…陽向家での生活は幸せではなかったか?俺達が命懸けで日夜、人々の為に戦い続けた日々は満たされていなかったか?共に遊び、学び、育ったあの時間は、お前にとって今の幸せを続ける為になら平気で踏み躙れる程度のものでしかなかったのか?」
 日昏は肩を震わせながら俯けた顔を片手で覆う。普段これまで感情を表に出すことが滅多にないだけに、旭はその様子に閉口してしまう。
「俺にはお前がわからないよ、旭。お前が何を思い、あんな暴挙に及んだのか。今になっても未だに判然としない」
「……あの家は狂っていた。だから畳むべきだったんだよ。陽向の退魔師は、今代限りで絶やすべきなんだ」
 僕を含めてね、と口には出さずに心中のみで呟いた旭だったが、日昏には口に出した分すらも理解し難かったらしい。
「お前は、相変わらず俺に詳細な説明をしてはくれないのだな。はぐらかして、逸らして、そうやっていつまでも核心に触れさせない」
「触れたところで、もう戻れないし引き返せない。言葉はこれ以上は不要なんだよ」
「…そう、だな」
 ついに日昏も諦めたように呟いて、静かに両手を構える。
「言葉は不要。確かにその通りだ。最後に一つ要する言葉があるのなら―――まずはお前が絶えろ、旭。俺はそれを見届けてから続く」
「なら僕も最後に一つ……お断りだよ日昏。まだ僕は命が惜しい」

 最後の言葉を投げ合い、それっきり親友だった・ ・ ・二人は口を閉ざす。
 直後に起きたのは、比喩でもなんでもない、空間の歪み。
 規格外の力を持った陽向家の中でもずば抜けて飛び抜けた才能を備えていた二人の退魔師が、大鬼との決闘と並行して因縁の清算を開始する。

       

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