Neetel Inside ニートノベル
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街の中でも一際高いオフィスビルの屋上で、二つの決闘の開始を察して反応を示した者達がいた。
「やってるわねぇ」
 屋上の転落防止フェンスを越えて強風吹き荒ぶ中でも平然と屋上の縁に腰を下ろし、直立していても膝まで届くであろう長い赤毛の髪が風に引かれて真横に流れる。
 『突貫同盟』の一人、音々が顔を上げて真上に言葉を投げると、それに応じる声があった。
「だな。あと来たぞ、タイミング良いな」
 スポーツ刈りの短髪は深緑色。およそ人間種に天然ではありえない髪色。妖精種の持つ特色を宿す青年の名はレン。同じく『突貫同盟』の人外だ。
 屋上の縁に腰下ろす音々のやや斜め背後で、片膝を立てた格好でフェンスの上に乗っていたレンが視線を前方に向けるのに倣って、音々も退屈そうに視線を移す。
 二人のいる高層オフィスビルには、隣接して同様のビルがもう一つある。相互にいくつかの階で渡り廊下によって連結されている、二棟で一つの巨大な建造物だった。
 そのもう片方のビル屋上に、くだんの連中は姿を現した。
 数は四。

「あら、レンじゃありません?あそこの」
 まず最初に口を開いたのは金色の髪を持つ絶世の美女。放つ声音は美しく透き通り、心地良く耳をくすぐる。
「そんなこと、言われんでもわかっとるわ」
 しかしそんなことを意にも介さずに仏頂面で答えた中年男性が、もっさりと生えた顎鬚をさする。
 低い身長に拾い横幅。まるで樽のような体形の男の茶色の髪は硬質なのか風に吹かれてもまったく形を崩さない。
「…どうして、いちいちそうつっけんどんな物言いをするのですか?ラバーは」
「フン」
 全身を年季の入った焦げ茶や黒の革で出来た衣服で包み、その上からこれまた革製のエプロンをしたラバーと呼ばれた中年男性は、鼻息一つ吐いてそっぽを向く。
 そんな二人の様子を見て、一歩前に出たラバーよりも背の低い少年が仲介に割り込む。
「まあ、人の子と同じなんだよ、ラバーは。好きな娘ほど刺々しい態度を取ってみたり、なんの意図や意味がなくともいじめたりしたくなってしまう精神構造だから許してあげてよ、ラナ」
「まあまあ、なるほど。でしたら許して差し上げましょう」
「…余計な言葉と、不要な嘘を差し込むのはやめて頂きたいな、ティト殿よ」
 朗らかな笑みを見せたラナをじろりと見てから、ラバーが背後に視線だけ寄越す。
 頭に軽く被った赤いベレー帽を風で飛ばないように片手で押さえて、帽子の下で丸っこい瞳でその視線を受け止めたティトという少年がにこりと微笑む。
「これは失礼したね、ラバー。怒ったのなら謝るよ」
「…いえ、別に怒りは覚えていませぬが」
 恭しく頭を下げたティトに、ラバーも目を伏せて僅かに頭を垂れた。

「なんだか面白い関係性なのね、あの連中」
 やけに老齢の貫禄を見せる雰囲気と外見が合致しない少年と中年男性が対等に、いや少年の側に敬意を持って会話しているのを見ながら音々は可笑しそうに笑みを見せながら呟く。
「ティトさんはあれで結構妖精種の中でも古参に入る方だからね。ラバーさんもそこそこだけど。あの中じゃ一番若いのは、あそこの金髪ラナと……あれ、そういえばレイスがいないな」
 向かいの屋上で話している集団の説明をしていたレンが、ふとよく知る友人の姿が無いのに気付いて周囲をきょろきょろするが、もちろんこちら側の屋上にも姿はない。空を飛んでるわけでもなし。
「レイスを探しているのなら無駄だ。ここにはいない」
「シェリアを迎えに行きましたからねえ」
 互いに隣接しているとはいえ、少しの距離を挟んで強風の吹く高層ビルの屋上にいる二人の声を耳に捉えていたラバーとラナがレンの疑問にすぐさま答えた。当然、その声もレンと音々には届いている。
「そうだったか、どうりで」
「そちらこそ、アルはどこへ?まあ、あの二人が鉢合わせなかったのは幸いだったと言えますが」
 もっとも懸念していた、レイスとアルの衝突が回避されたことに対する若干の安堵を交えて、ラナが疑問を返し、それにレンも応じる。
「アルは部屋で療養中だよ、昨日大鬼にコテンパンにされたから」
「あら」
「フン、何をしているんだか。あの大馬鹿は」
「彼らしいと言えば、らしいけれどね」
 レンの発言に三者三様の反応を示す中で一言も発することなく成り行きを眺めていた最後の一名が、持っていた杖を屋上の地面にコォンと突く。
 それだけで、レンと音々は立ち上がり身構える。
「…あの爺さん?一番厄介ってのは」
「そうだよ。ファルスフィスの爺さま。あのグループ…えっと『フェアリー』だったかな?の中だと個人的に一番厄介だと思う」
「『イルダーナ』だ、レンよ。我らは今そう名乗っておる」
 長い髪、長い髭、その肌から衣服まで。
 その全てが真っ白に染められている老人が前に突いた杖に両手を乗せて緩慢な動きでこちらを見据えていた。
「ああ、改名したんですか。いいと思いますよ、その名」
 太陽神イルダーナと聞いて、きっと同じ北欧に出自を置くアルなら絶対皮肉の一つでも吐き捨てていただろうが、本当に幸いなことにここにアルはいない。
「で?その『イルダーナ』ってのは何が狙いでここまで来たわけよ?」
 四名の妖精を煽るように長い赤毛をなびかせて尊大に胸を張り腕を組んだ音々の言葉に、一歩前に出た組織の長が代表して答える。
「言わずもがな。…陽向旭の捕縛、及び妖精界への連行。目的はそれに尽きる」
「そう。じゃ、帰ってくれる?」
 即座に返した言葉に、ついでとばかりに敵意を存分に乗せる。
「そうはいかんな」
「ふうん。じゃ、仕方ないわね」
「諦め早いなーお前さんは」
 わかっていたことだとばかりにたった今放ったばかりの敵意を殺意に換えて、音々が組んでいた腕を解く。フェンスから降りたレンも二人の会話に冷や汗を垂らしながらも音々に並ぶ。こうなることは分かり切っていた為、覚悟も決まっていた。
「『突貫同盟』が一人、音々。ボスは渡さないわ、そして相手が妖精なら手心も加えない」
「出来れば引いてほしかったけど、まあ、こうなるよな。同じく『突貫同盟』のレン、お手柔らかに頼みます」
 あくまでアルと同じく自分は同盟の一角として対峙するのだという意味を込めた名乗りに、ファルスフィス含む妖精達はそれぞれに頷いたり苦笑したり鼻を鳴らしたり…ともかく誰一人としてレンに制止の言葉を放つ者はいなかった。
 決闘が始まる中で、それを邪魔する者達と邪魔させまいとする者達の衝突も、ほぼ同時に勃発していた。

       

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