Neetel Inside ニートノベル
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 朽ちた廃ビルの屋上で、これまた錆びて傾いた貯水タンクの上に立つ由音が漆黒に染まった両眼で遠くを見据えていた。
「……」
 悪霊の力を汲み上げて人外の五感と感知能力を宿した由音は、この街で発生しているいくつもの事態をほぼ正確に把握していた。
(日昏…と、誰だ?よくわからんが気配がさっき二つ消えた。あっちはかなりたくさん人外が集まってんなー。そこから離れて……マンション?のとこに二つ人外の気配。そっからさらに離れてシェリアとレイスか。迎えに来たんだな)
 戦闘中ならともかく、感知一辺倒で全神経を集中させた時の由音の索敵範囲は尋常じゃなく広い。
 今日に限って不自然なほどに集った人外と異能力者達の動きに逐一注意しながら、由音は守羽の決闘をこの場から見守っている。
 守羽と酒呑童子の決闘を遠方から強化した人外の視力で捉えている由音と、決闘の場を挟んで真逆の位置には同じようにして牛頭と馬頭が観戦している。あちらも手を出すつもりはないようだ。
(…………守羽)
 自分も手は出さない、出すわけにはいかない。
 これは神門守羽の願いであり、命令だ。勝つことを信じているからこそ、惑いや迷いを行動にして表すことは守羽の信頼への裏切りになる。
 ただ。
(守羽、お前)
 ただ、思う。今この段階で確信している、事実を。
(このままだとお前、死ぬま け るぞ)



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 拳の乱打を受けて霞む意識の中、守羽は考える。
 既に人外として肉体の強度はかなり上がっている。そのおかげか、前ほど大鬼の一撃に対し体が破壊されることはなかった。あるいは手を抜かれているのか。
「…ッ、くう!」
 さらに陽向家の強化術である歩行法の改式、“禹歩うほ九跡くせき歩琺ほほう”も発動済みだ。耐久力だけで言えば前回の比ではない。
 だが、それでもこの怪物の攻撃は堪えるし、こちらの攻撃はまるで通じない。
 地面を踏み叩き、叫ぶ。
「“壌土じょうど改式かいしき砂縛捕さばくほ!”」
 陽向家の正統継承者でない守羽の放つ、本来の型式から離れて我流で改良した術式が地に浸透して効力を発揮する。
 砕けた地面が細かな砂と化して大鬼の足首に絡み付く。
「こんなんじゃ止められねェぞ『鬼殺し』ィ!」
 土の拘束を容易く引き剥がして酒呑童子が一歩踏み込み拳を突き出す。
 紙一重でそれを躱し、拳を掴んで軽く跳躍すると両脚を鬼の肩に絡ませる。
 飛び付き腕ひしぎ逆十字固め。
「うおらああああ!!」
 鋼鉄の肉体とはいえど、それを万全に稼働させるのに関節を使うのは人間と同じ。ならば、その稼働部を破壊できれば。
 そう思った守羽は、すぐさまそれが間違いだったと気付かされる。
(…コイツ!)
 歩行法による強化に加え百倍以上の“倍加”を使用した身体能力で破壊してやろうと思った肘関節が、びくともしない。まるで太い鉄柱にしがみついているかのようだ。
「発想は悪くねェ。が、」
 腕に絡んだままの守羽ごと、酒呑は腕を持ち上げて、片膝を曲げて一気に振り落とす。
「無駄だ」
 ズドォ!!!
 関節を破壊してやろうと手足を鬼の腕に絡み付けていた守羽は、受け身も取れずに背中から地面に叩きつけられる。
 金剛力の威力をも上乗せされた落下に、背骨が嫌な音を立てた。
「か、はぁ…!!」
 見開いた目が、口から逆流してきた血液と胃液の混じった体液を映す。その奥から高々と拳を振り上げる、鬼の姿も見えた。
 衝撃に身を硬直させた横倒しの守羽へ、大鬼の恐ろしい一撃が降る。

 『君に渡しておく物がある。僕の大事な物だけど、守羽にとっても大事な物のはずだ。君に預けておくよ』

「とう、さ」
 決闘の前々日に、父親から刀の他に渡されたもう一つの物品と、その時の父の言葉。
 鬼の拳を受け周囲の地面ごと深く陥没しながら、失い掛けた意識の中で咄嗟に思い出したのは、それだった。

       

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