Neetel Inside ニートノベル
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『 
 なるほど、改竄によって改変したのは自己ではなく、その内の人格。深層意識にもう一つの「神門守羽」を用意することで、力と知識を統べる管轄者の役割を生み出したというわけか。
 自分で生み出したもう一つの人格を敵性対象とし、「僕」たるミカドを否定し拒絶する。これにより持っていた力を思い込みでほとんど力尽くで封じた。
 多少以上に強引だが、いつか来る破綻を回避しうる可能性として守羽はその封印方法を選んだらしい。それもおそらく、無意識化でだ。
 ここから先は、きっと「僕」が人外としての性質を管理していくのだろう。
 ……でも、これはたぶん、正しくはない。破綻は止まらない。』

『―――ま、それが詰まるところ僕ってわけだ、守羽』
 真っ白な空間。対面に立つのは俺の姿。
 現実の俺が酒呑童子の攻撃でダウンしている中、僅かな猶予で精神世界に住まうミカドと俺は会っていた。
 何もない純白の世界は以前とまったく同じ。そこにミカドしかいないのも同じ。
 ただ、今のミカドはその外見を輪郭以外ほとんど失っていた。
 前に会った時も全体的にぼんやり白んで見えたが、今はもう完全に白で埋められている。俺の姿形を切り取っただけの白いシルエット。
 それが何を意味するかは、今の俺にはよくわかった。
『僕はお前が自分のことを認めるまで、扱い切れなかった力を押し留め管理する為だけにお前が生んだ人格だ。本来なら僕はもっと前…そうだな、中学生くらいの頃には既に役目を終えて、お前は神門守羽としての全てを受け入れるだけの心構えを整えられる設定にしてあったはずだ』
 幼かった当時の俺は、人の世での常識を理解し始めてから自分の存在が異端であることに気付き始めた。だから俺は自分の中の、人としてあってはならない部分を『ミカド』を生み出して封じ、人間らしくあることに努めた。
 それは精神の成熟と共に徐々に緩み、ある程度の安定を得た頃合いで解除されるはずだったんだ。そうなるよう、俺は僕と共に考えていたはずだ。
 それがこじれたのが、中学二年生の時に発生した事件。

『 □月○日
 少し面倒なことになった。
 この街に鬼がやって来た。
 それも大鬼。鬼性種の中では上位に位置する厄介な人外だ。おそらくはこの街の人間を餌として喰らう為に来たのだと思う。
 だが面倒なのはその人外のことじゃない。守羽が、その大鬼と交戦し、倒してしまったことだ。
 詳細は不明だが、大鬼を倒した際に守羽はなんらかの言動なり行動なりを受けて心境に大きな変化を引き起こした。
 つまり、「人外という存在に対する強い嫌悪感」だ。
 人ならざる者は悪い奴、人に害を成す凶悪な化物。どうやら守羽はこの一件をそう捉えてしまったようだ。自身に流れる人外の性質への忌避も一段と強まり、封印は緩まるどころかさらに強固なものとなってしまった。
 もう、守羽は自分を妖精だとは絶対に認めないかもしれない。人外と闘う術を身に宿す退魔の家系に関しても同様だろう。
 まったく、本当に…あの大鬼は大変なことをしてくれた…。』

『茨木童子だったっけか、アイツにはしてやられたぜ。街を襲ってきたのもあるが、野郎は静音さんを標的にしやがった。そのせいで守羽、大切な人に危害を加えられたことに憤ったお前は人外を極端に嫌い憎むようになった。おかげで僕も表層上に出れることが無くなった。お前が瀕死の重傷を負ったり、力足りずに大事なものを守れなくなりそうになった時は自己封印が多少緩んで助けてやることも出来たけども』
 対口裂け女、対酒呑童子。
 ここ最近で人外との激闘の最中において出て来た『僕』の存在。異能の力だけでは足りない時、それは決まって出現した。
 妖精の力と退魔の力。それを統括する『ミカド』。
 人外の性質が混じっていることを認めたがらなかった俺が、あくまで他人として扱ってきた強大な力。
 そして今の俺が完全に受け入れた力。
 ミカドが、白い輪郭だけの動きで片手を持ち上げ首をさする。
『そう、そういうことだ。今のお前は、もう妖精ぼくを否定しない。退魔ぼくを拒絶しない。お前は自分おれを全て受け入れたみ と め た。だから、もう大丈夫だろ』
 俺の姿をした白の輪郭が、さらに純白の世界に溶け込んでいく。
『お役御免だ。なっがいサービス残業だったが、そろそろ僕は消えるぞ。ピースは揃ったし、答え合わせもいらねえな?』
「……ああ」
 言葉にするまでもなく同じ『神門守羽』として意思疎通が出来ていた俺は、それでも最後にようやく口を開いて返事をした。
「ありがとう。今まで、助かった」
『お前も僕も「神門守羽」だ。自分に礼を言うのは不気味だぞ』
 輪郭が、身体の線が崩れ始めた。ミカドが声音で笑っていることだけが、かろうじて判別できる。

『勝てよ、「守羽おれ」。完全のお前なら勝ち目はゼロじゃねえ』
「勝つさ。だから『おまえ』も安心して眠れ」

 心の世界が崩壊する。
 砕けた純白の中で、最後に俺の姿が片手を振って笑っているのが、見えた。
 そうして俺は―――瓦礫の底で、意識を現実に戻す。

       

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