Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第六話 絆と本能の両天秤

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「多芸なヤツだな…」
紗薬による手当てを受けながら、俺は呟く。
鎌鼬の援護を受けながら懐に潜り込んで放った全力の一撃。
あれは結局直撃とはいかなかった。
衝撃が伝わり切る前に、ヤツは拳を押し返す突風を生み出しながらも同時に自らを後方に吹き飛ばす突風をも発生させた。
直打の威力を殺しつつ、高速で後ろに飛んで衝撃を逃がした。
それを理解した瞬間に俺も咄嗟の判断で“倍加”を五十倍にまで引き上げて拳を振り抜いたが、おそらく伝わった衝撃は直撃の半分程度だろう。
言葉も忘れた獣のような状態のくせに、戦闘面では予想以上に頭を使っているようだ。
「実際、本気で戦えば一番強いのは転止ですから。普段から生き物を傷つけることを嫌がっていたので、あそこまで全力の転止を見るのはわたしたちも初めてでしたが…」
壺から掬い取った薬を俺の外傷に塗る紗薬が俺の呟きにそう答える。
半減されたとはいえ、全力の一撃をもらった転止は腹を押さえて下がり、そのまま旋風と共に路地裏から逃げ出した。
追う気はなかったし、夜刀も単身追撃したところで意味が無いことをわかっていたのか追い掛けようとはしなかった。
いくら人気のない路地裏だったとはいえ流石に騒ぎ過ぎた。誰かに見られる前に、俺達は路地裏を構成していた建物の屋上へと駆け上り人目を避けた場所で手当てを行った。
「確かに、ありゃお前らじゃ手に負えないな…ぺっ」
「あの、人間さん」
「なんだよ」
錆臭い口の中の唾を屋上の端に吐き捨てると、紗薬が壺を抱えて俺を見上げていた。
「もしかして、体の内側も傷ついているんじゃないですか?口から血が…」
「だったらなんだよ」
「これ、舐めてください」
ずいっと薬の壺を差し出す。
「………これ、塗り薬だろ」
「体内の傷は、これを取り込むことで癒えます。直接塗るわけじゃないので少し時間は掛かりますが…」
塗ってもいい、舐めてもいい。やたら万能だな。
「鎌鼬の性質からして内臓の傷を治す機会はないと思うんだが」
「はい。ですがわたしは『薬』に特化した鎌鼬ですので、こういうこともできます」
『旋風』も『鎌』も他より劣る分、『薬』の能力が高いんだったか。そういえば。
夜刀は擦過傷を治す程度しかできないとか言ってたしな。
…………。
「おい、あの転止ってのは鎌鼬としては一番優秀だったんだよな、『旋風』と『鎌』の役割を両方こなせるくらいに」
なら。それなら、
「『薬』はどうなんだ。アイツ、傷を癒す『薬』としての素質はどうだったんだ」
俺の言葉に紗薬は顔を伏せて、
「…転止の『薬』としての素質は、わたしよりは下で、夜刀よりは上でした」
「ハッ、ちょっとした打撲だの裂傷だのだったらすぐさま自力で治すだろうよ、アイツは」
自嘲気味に言った夜刀の発言で、さっきの一撃がほとんど無意味に終わったのを理解する。
一度撤退した以上、次に現れるまでにダメージの回復を図るのはいくら獣と化した鎌鼬でも当然の行動だろう。
「面倒臭いな…」
思わず口に出たその言葉を聞いて、夜刀が俺を一瞥して、
「だからテメエはもう失せろっつってんだ。関係ねえだろうが」
「お前も人の話を聞かないヤツだな。もう無関係じゃねえって言ってんだよ」
溜息混じりに答えながら、紗薬の壺から薬を一掬いして口に運ぶ。
…なんだろう、まろやかな甘みがある。でも甘過ぎない、キャラメルを薄めたみたいな。
まさか糖分が入っているわけもないだろうが、何故こんな味がするんだ。まあ不味いよりかはいいけどさ。
「何が関係あるんだよテメエに。散々オレらのことをけなしておいて」
別にけなしたつもりはなかったが、コイツの中ではそういう認識だったんだろう。いちいち訂正するのも面倒だ、コイツに説明する気もない。
だから夜刀の疑問にだけちゃっちゃと答える。
「転止は次も俺を狙ってくるだろう。粗末な屑肉を食ってたのにいきなり極上のステーキにかぶり付いたらもう次はそれしか食えない」
ヤツは俺の血肉をとても美味そうに喰らい付いていた。自覚は無いが、異能を持ち、なおかつそれを使いこなしている人間の味というものは人食いからしたら忘れられないほどの美味であるらしいから。
「明日の晩かそこら。下手すりゃ人気が無くなった瞬間日中でも襲ってくるかもしれねえが、好都合だ。これでこっちから探す手間も省ける」
「…もしかして、その為にわざわざ転止に自分の体を食べさせた、んですか?」
紗薬が信じられないとでも言わんばかりの眼差しで俺を見ている。
「悪いかよ、こっちだって巻き込ませたくない人がいる。そっちに矛先が向く可能性を考えれば、ずっと俺に向けてくれてた方が気が楽なんだ」
手遅れになって嘆くよりは、関わりたくなくても我慢して手早く片づけた方がずっといい。
「お前らも諦めるつもりはないんだろ、どうするかは勝手だがあまり俺の周りをウロチョロすんのはやめろよ」
俺の周囲にいればいずれヤツはやってくる。コイツらとしてもその方が仲間とケリをつけるのも都合がいいはずだ。
正気に戻すにしても、殺すにしてもな。
「テメエ…何考えてんだ」
見れば、夜刀はさっきとは違う感情の乗った瞳で俺を見据えていた。
怒りから困惑へ。
俺のやっていることが、コイツにはよくわからないらしい。
そんなに理解できないことだろうか。そんなことは決してないとは思うんだが。
「考えてること自体はお前とそう変わらんよ。お前らがお前らで人外なかまの為に命張るのと同じように、俺だって同属にんげん…特に親しい人の為ならこれくらいやろうと思えるさ」
だからこの鎌鼬達の気持ちもわからんでもない、というか分かる。
ただ俺が人外を好きになれないから関わりを持とうとはしていないだけで、根底の部分は人外も人間も大差ないとは思う。
でも、やっぱり俺は認められない。
人を傷つける人外を。
俺自身が傷つけられてきたからこそ。
認められない。

       

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