Neetel Inside ニートノベル
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正直、学校は休もうと思っていた。
俺という存在を食った鎌鼬が、もう夜間だけに限定して動くかどうかはもうわからなかったし、俺もいつ襲われるかわからない状況で登校するのもどうかと思ったからだ。
しかし、朝のこのメールでその考えは消えた。

『昨日と同じ所で待ってるね』

静音先輩は昨日の約束をきちんと覚えていたようで、俺と二人で登校するつもり満々だったらしい。こんなメール見たらもう行かないわけにはいかない。
あの人に嫌な思いはさせたくない。
というわけで普通にいつも通りの時間に朝食をとり、着替えて支度をした後にいつも通りに家を出た。
俺はあまり自分から話題を振れる方じゃないので、基本的には静音さんから色々話をしてくれる。俺も彼女を楽しませられる話題の一つでも持ってればいいんだが、どうにも普段の生活で楽しめる話というものが無い。
人外との血みどろの戦いなんて話されても困るだろうしな。俺だってしたくないし。
そんな感じで静音さんの話に相槌を打ったり頷いてたりしてる合間も、俺は気を張り詰めて周囲の様子を窺っていた。
今のところ、二つの気配しかしない。
そっちの方に視線を向けて見ても、直前に何かがいたかのように渦を巻く風の残滓があるのみで姿は見えないが。
…あんまりウロチョロするなって言ったんだけどな。
それともわかった上でやっているのか。嫌がらせのつもりなら上等だ。
「…守羽?」
「あ、はい。なんですか静音さん」
俺があらぬ方向に顰めた顔を向けていたせいか、静音さんが俺の顔を覗き込むように下から見上げていた。
「どうかした?」
「いえ?何も」
「……そう」
静音さんが俺の見ていた方向を追って目を向けるが、当然そこにはガラの悪い小柄な鎌鼬も、壺を抱えた少女の鎌鼬もいやしない。
「それで静音さん、そのあとどうなったんですか?」
不思議そうに小首を傾げる静音さんに、さっきまでの話に戻すように促す。
「…うん。それでね」
俺の謎の挙動にも特に言及せず、静音さんは俺に続きを聞かせてくれる。
…多分、いくらか勘付いてるんだろうなあ。こういうことは過去にも一度や二度じゃきかないくらいやらかしてるし。
それでも触れないでいてくれるんだから、この人は本当にいい人だ。



「…いい加減、姿を晒せよ」
昼休み。
昨日と同じく屋上で、俺は誰もいないはずの空間でそう言った。
ちなみに昨日ぶっ壊れたドアは壊した張本人である俺の同級生が自力で修理したようだ。
「ウロチョロされんのもそうだが、姿も見せずに周囲にいられる方が鬱陶しい」
「…………やっぱ気付いてやがったか」
ビュウ、と強い風が一吹きすると、背後からそんな声がした。
「なんとなく、そんな気配がしたからな」
昔から人外を相手に戦ってきたせいか、人ならざるモノの気配には敏感になっているみたいだ。
「お前らはどうやって移動してんだよ。気配はしたのに見えなかったぞ」
「オレらは鎌鼬だ。風の吹くところなら、どこでも風に乗って移動できる。視界に映る前に移動してんだよ」
風に乗って人を斬る妖怪としては、その程度は造作もないってことか。
後ろを振り返ると、そこには逆立った黄土色の髪を持つ小柄な男だけがいた。
「…紗薬はどうした、夜刀」
「気安く呼ぶなっつってんだろ、守羽」
嫌味たっぷりに俺の名前を呼ぶ。
なんで知ってるんだと思ったが、朝から俺に付いて回っていたんだから静音さんが俺を呼ぶ時にもいたんだろう。そこで知ったか。
「紗薬はこの周りを見て回ってる。見つけたらすぐにオレを呼ぶようにも言ってある、アイツだけじゃ話にならないからな」
「そうか」
適当に答えつつ、屋上のフェンスに寄り掛かる。
普段屋上は閉鎖されている。誰も来ないし、大きな音でも立てさえしなければ学年主任が様子を見に来ることもない。
互いに話すこともなく。ただ無言の時間が過ぎる。
俺から人外へ話すこともなければ、ヤツも人間に話をすることもない。
それでいいと思っているが、それでもこの機会はちょうどいい。
事前に一言、言っておいた方がいい。
「先に言っとくけどな」
そう前置きして、
「もう俺も無関係じゃねえ。狙われる以上は正当防衛だ、殺しても文句は言うなよ」
「……なら、テメエは手を出すな」
苦々しい表情で、夜刀は言う。
やりたくないけど、仕方ないからやると言いたげな表情で。
「狙われるなら守ってやる、庇ってやる。テメエに害を及ばせないようにする。だからテメエは手を出すな」
嫌っている人間、特に険悪な関係しかない俺を守る。
そこまでしてコイツは仲間を、兄を助けようとしている。
「本能に乗っ取られた人外が、元に戻れるパターンなんてあるのか?」
俺は反転した人外が元に戻れたのを見たことが無い。
「戻す。何がなんでもな」
「ヤツは相手が仲間おまえでも殺しに来るぞ」
「だがまだ殺されていない」
……。
「転止の実力ならオレや紗薬を殺すくらいわけないはずだった。なのにやらなかった。最初に反転したヤツを止めようと戦った時も、昨夜もだ」
「手を抜いたってのか?」
その割りに俺は死にそうな目に遭ったが。
「アイツは人を傷つけたくない、仲間も傷つけたくない。それがオレらの兄貴なんだ。それは『鎌鼬』じゃなくて『転止』が望んでいることだ」
俺にだけではなく、自分にも言い聞かせるように夜刀は続ける。
「人に害成し命を刈る、そんなふざけた化物なんかには成り下がらねえ。オレも紗薬も、転止もな。だからオレらが止める、オレらなら止められる」
ジャギンッ、と右手の甲から太い鉤爪ーーー『鎌』を出して夜刀はそれを忌々しげに見つめる。
「自分の存在を否定する気はねえが…こんな『鎌鼬ほんのう』なんかに、俺達兄弟の絆を踏み躙らせたりはしねえ。絶対にな…!」
「…そうかい」
コイツにしては長々と喋ったな。そんなことを思いながらただ一言そう返す。
上回るのは、果たして人外としての本能か。
それとも長い年月を共にしてきた仲間同士の絆、想いか。
掛けられた天秤がどちらに傾こうが、俺のやるべきことは変わらない。
…ただ、傾く側によっては俺も楽をできるかもしれないな。

       

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