Neetel Inside ニートノベル
表紙

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日中の間は、特に襲撃されることもなかった。
何事もなく授業を終え、静音さんと下校し家まで送り届け、そして自宅に帰る。
昨日、一昨日と夜な夜な遅くまで起きていたせいもあって、学校ではほとんど寝ていた。おかげで今晩の睡眠時間もある程度は短くて済みそうだ。

「おい、気配は?」
「黙ってろ。……近づいてる、確実にここへ向かってるな」
「…転止」

母さんにはもちろん何も話していない。昨日の戦闘でボロボロになった服は捨てたからバレてはいないと思う。
街の外れには、取り壊しもされていない無人の廃ビルが乱立している。一切手を付けられていないのは、取り壊すだけでも手間と費用が掛かるからだろうか。
なんにしても俺はここを重宝させてもらっている。
人外との戦いは、基本的にここでするようにしている。
手っ取り早く済むなら近所の空き地を使うが、そうでない場合はなるべく人目が無い場所の方がいいからだ。
そういった時、この場はとても都合がいい。

「守羽、テメエは手を出すなよ。これはオレらの問題だ」
「何度言わせれば気が済むんだボケ。襲われてんのは俺で、ヤツがここへ来てる狙いも俺だ。それで手を出すなとか、お前は俺に死ねって言ってんのか」
「大丈夫です、守羽さん。ちゃんとわたしたちが守りますから」

一応この付近は立ち入り禁止の領域とされている。手付かずのビルが倒壊でもして一般人が巻き込まれたら大変だからだろう。もっとも勝手に倒壊してくれた方が取り壊しの手間が省けて助かる連中もいるだろうけど。

「そういう問題じゃねえよ。俺は俺が殺されないように動く、お前らはお前らでやりたいようにやればいいだろ」
「…邪魔すんなよ」
「お前がな」
「怪我は、わたしが治しますから安心してください」
「それは俺に無茶をしろって言ってんのか?」

深夜、廃ビルの屋上で。
俺と二人の人外は夜風に衣服や髪をなびかせながら会話していた。
人間の血肉を求める風の獣は、俺の匂いを追ってじきにここへ来る。この会話は、それまでの暇潰しのようなもの。

「紗薬、薬を持って構えてろ。どうせ夜刀だけじゃ勝ち目は無い。お前も戦力としては見込めない。多少以上は夜刀に無茶をさせて、やばそうになったら薬で援護してやれ。どうせ二、三回は死に掛けねえと勝ちの目は見えないからな」
「……守羽さんのお力を、貸していただくわけにはいきませんか?」
「甘えんな。殺すんなら手を貸してやってもいいが、それ以上を求めるなら手に負えねえ。お前らの兄貴だろ、お前らでどうにかしろ」
「ハッ、人間の力なんざ必要ねえよ。せいぜい死なねえようにビクビクしながら隅っこで震えてろ」

いつでも威勢のいい不良のような外見の鎌鼬は、そう吐いて両手を構える。
手の甲から太い鉤爪が突き出て、風が渦巻く。
不安げな表情で薬の入った壺を抱えた紗薬も、余った片手の爪を伸ばして『鎌』を出す。
(…三十倍、固定)
いつ俺へ矛先が向いても対応できるよう、俺も自身の身体能力を総じて“倍加”させる。

「夜刀」
「なんだよ」
「転止…元に戻せるかな」
「戻すんだろ、戻るまでやってやるさ」
「………」
「お前の薬、頼りにしてんぞ。気に入らねえが、クソ人間の言ってることは間違ってねえ。この戦い、何度も命を懸けなきゃとてもじゃねえが勝てない」
「うん…」
「転止はオレの数倍強い。オレだけじゃ無理だ、お前と組んでも薬をフルに使っても怪しい」
「…うん」

来た。
鋭敏化された五感が、遥か遠くから高速で飛んでくる何かの存在を感知する。いや、何かなんて表現は回りくどいな。
三人兄弟の長男、転ばせ役の『旋風』にして、鎌鼬としてもっとも高い素質を備えた鎌鼬。

「だが止める。オレとお前ならできる。兄貴の目を覚まさせてやろうぜ。鎌鼬の本能なんてクソ喰らえだ。オレら三人の間に、そんなモンが割り込む余地が無いってことを、ちょうどいい、ここで証明してやる。なあ、紗薬!」
「っ…うん!」

最後に力強く紗薬が頷き、一歩下がって壺と爪を構える。
俺はその二人が前に見える位置、一番後ろで正面を見据える。
紗薬と夜刀の背中を越えて、さらにその先。
闇夜が分厚く視界を遮るその先。十数秒後に風に乗ってやって来る敵を。

「ーーー来やがれ!!」

夜刀には何かが見えたのか、先んじて右手を前に突き出す。
ドンッ!!と手の平から溜め込んだ強力な斬撃、『鎌』が飛ぶ。
それを見た直後、屋上のフェンスの向こう側からも同種の斬撃が飛んで来るのを強化された視覚が捉えた。
フェンスを粉々に斬り飛ばして、兄を止めんとする『鎌』と暴走する獣と化した『鎌』とが正面衝突して互いに掻き消えた。

「ギィ…ア゛アァ゛アアアァッァァァアアアアア!!!」

夜空の果てから、凶暴な敵意を撒き散らして、
そのほとんどが反転し青紫色に浸食された黄土色の短髪をなびかせ、
人外としての本能に身を乗っ取られた鎌鼬は、悲鳴にも似た金切声を上げながら襲い掛かる。

       

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