Neetel Inside ニートノベル
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俺は左、夜刀は右からそれぞれ攻める。
ヤツには夜刀以上紗薬未満の『薬』がある。少しでも攻撃の手を緩めて余裕を与えてしまえばすぐさま手当てを行うだろう。
そうはさせない。
「はああああ!」
(全身体能力四十倍!)
爪と素手。それぞれの攻撃手段で転止を押さえる。
一対一タイマンなら勝ち目は薄くとも、これならある程度は注意を分割し攻撃を散らせる。
「ギガッ…アァァアアア!!」
予想通り、二人を相手に爪と斬撃を振るう転止の動きはぎこちない。風を纏う高速移動もうまいこと機能していないように見える。
だが、それでもこちらが無傷で圧倒できるわけではなく、
「ぐっ」
「…!」
『鎌』が掠り、あるいは斬撃を受けて少しずつ傷が増えていく。まだ致命傷に至る怪我はないが、それも疲労の蓄積による時間の問題だろう。
「オラァ!」
斬撃数発を受けて一撃加える。身に纏う風が障壁となっているのか、いまいち直撃とはいかないが、それでも数メートル吹っ飛ばすくらいには衝撃を与えられた。
同時に叫ぶ。
「紗薬!」
「はいっ!」
背後から突風が包み込む。風と同化するが如き速度で動く紗薬が、俺と夜刀の外傷に薬を塗って後退する。
疲労までは癒せないが、傷自体は治せる。
「やっぱ、ちょっとやそっとじゃ動きは止まらねえか!」
「どうすんだよ、どうやって戻すつもりだ」
傷が治り再度駆ける。転止も『薬』を出して治す暇もないと判断したのかそのまま爪を振るって迎撃に意識を注いでいた。
不可視の『鎌』を、圧縮された大気が切り裂く塵や埃、爪の軌跡を読むことで回避しながら隣の鎌鼬と話をする。
「とりあえず意識を一度ぶった切ってやりゃどうにか元の転止に戻るんじゃねえかと思ってたんだがな!」
「気絶させるってか。そんなんで止まるのかよ」
「転止は反転してから一睡もしてねえ、はずだっ。気絶させてから紗薬の『薬』でも口に突っ込んでやれば思い出す!オレらと一緒だった元の転止をな!」
「なんでそこで『薬』が出て、くんだよ!」
爪を斬撃を掻い潜り、目の前の獣の動きに注意しながら会話をするのは中々に疲れる。ただでさえ回避の為に無理矢理な動きを続けている上、鎌鼬はどうかわからないが俺は“倍加”を常時展開させているせいで疲れるのも早い。
俺の疑問に、夜刀は互いの爪を競り合わせている眼前の兄の暴れ狂う形相をなんとも言えない表情で見つめながら、
「…転止は、よく紗薬の『薬』を好んで食ってた。栄養があるわけじゃねえんだが、妙な甘みがあってな。転止はそれが好きで壺から度々掬い取って、紗薬に怒られてた」
「ああ…」
そういえば、甘かったな。あの『薬』は、確かにおやつにはちょうどいい。
「ギ、ヤァアアアアアアアアアア!!!」
「転、止っ!」
ビシリと嫌な音がした。
見れば転止と競り合う夜刀の爪が、右手の甲から突き出た三本の『鎌』にヒビが走っていた。
単純な力押しで負けている。反転し暴走した鎌鼬、誰よりも強い資質を持った鎌鼬。
あらゆる要素がこの段階で全て上回っている。『鎌』同士の衝突も、かろうじて相殺できているように見えてはいたが、しかし確実に限界は近づいていたらしい。
最初からわかっていたことではあるが、長くは保たない。
強く足を踏ん張り転止の左手を押さえている夜刀の意思を汲み取り、俺も右手を握り振りかぶる。
「アァッ!」
「ふっ!」
攻撃の気配を察知して転止が右手の爪を構えるが、既に間合いは充分に詰めた。爪を振るうだけの隙間は無い。
(四十五倍!)
密着した状態から渾身の右ストレートを打ち込む。その瞬間に合わせるように夜刀も『鎌』を当てて攻撃を重ねた。
反動に耐えられなかったのか夜刀の右の『鎌』を成すその爪はベギンと音を立てて折れた。だが俺はその事実を耳でのみ捉え、視線と顔は正面だけに向けていた。
飛んだ転止を追う。逃がさない。
ここを逃すのは不味い。
両足が地面に着く前に、転止の姿が風の一吹きと共にふっと消える。
(聴力触覚三十倍!)
鎌鼬には風を使った高速移動術がある。通常の人間では追い切れない速度だが、目だけに頼らなければまだどうとでもなる。
耳で捉え肌で感じる。
右斜め後方。
「そこかっ!」
振り向きざまに右の裏拳を振り回す。
握った拳に幾筋もの裂傷が走った。転止の姿はない。
上。
顔を向けるより先に前に跳び出してその場から離れる。ついさっきまで立っていた場所が切り刻まれ、下の階層まで続く大穴が空いた。
(二人掛かりで押さえないとこうなるかっ)
少しでも余裕を生ませるとすぐさま捉えきれなくなる。早すぎるんだ。
風による移動もやはり転止が一番優れている。
「守羽さん!手当てをっ」
「んなもんあとでいい!下がってろ!」
ズタズタになった右手をそのままに、粉々に切り裂いて粉塵を巻き上げた転止が、それらを風で吹き飛ばしながら俺へと迫る。
一歩を踏み出そうとした片足が、唐突に地面から離れる。見えない氷でも踏んで足を滑らせたかのように。
『旋風』による転倒。突風で足を払われた。
(またかよクソッ!)
予兆は感じ取れてもこればっかりは回避する術がない。
せめて尻餅はつくまいとたたらを踏んでどうにか踏ん張るが、結局は同じことだ。
大きな隙が生まれ、転止はその隙を見逃さない。
「紗薬、合わせろォ!」
「わかった!」
後ろから何事か聞こえたが、そっちに意識を向けている暇はなかった。腕を前で交差させて防御に徹する。『鎌』の直撃でも腕の耐久力を上げればギリギリで受け切れるはずだ。
転止の爪が長大な『鎌』を生み出し俺の腕へ喰らい付く、その直前。
いきなり『鎌』はおかしな方向へ曲がり、俺の真横へその軌道を変えた。
肩付近の皮膚と肉が少し削がれたが、直撃に比べれば大したことは無い。
何が起きた?
疑問を抱いたまま防御の腕を解いてみると、正面にいた転止が前方につんのめった不自然な恰好で爪を空振っていた。
背後で聞こえた声と、起きた現象。理解はすぐに追いついた。
(…二人分の『旋風』…足元を取ったか!)
不得手であるはずの『旋風』。足を掬い転ばせるそれを、夜刀と紗薬が同時に行ったのだろう。流石に完全に転ばせることは出来なかったようだが、それでも目の前の俺から攻撃を逸らせる程度の効果は引き出せた。
状況は逆転した。今度は転止が大きく隙を晒す。
(当たれよ!左腕五十倍!!)
ミシミシと音を立てて筋肉が隆起する左腕を、思い切り前に突き出す。
あらゆる体勢からでも放てる斬撃が襲うが、無視する。
無心に、心荒げず、ただ確実に、必中の一撃を、
鳩尾を貫かんばかりの勢いと威力をもって、叩き込んだ。

       

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Neetsha