Neetel Inside ニートノベル
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今回の一撃はしっかり入った手応えがあった。
普通の人間にやったら冗談抜きで風穴が開くんじゃないかってくらいの一発。貫通こそしなかったものの、内臓の状態が心配になる程度には拳がめり込み、転止はくの字に折れ曲がって宙に浮いた。
「ゴ……フゥッ……!!」
吐血しながらも、その意識は未だ繋がっているようだ。
気絶させるにはまだ足りない。
限界まで力を引き出した左腕は感覚が鈍い。同じだけの威力を出すべく右手に力を込める。
落下のタイミングに合わせてもう一撃。
そう思っていたのに、殴打の衝撃で中空に浮いた転止は、くの字の前傾姿勢のまま空中で静止していた。
風の力で浮いているのはわかった。まだそれだけの余力が残っていることも。
まだ終わってない。まだ止まらない。
「守羽さんっ」
それがわかっているのかいないのか、背後で紗薬が近づいてくる。
「ァーーーァァァァアアアアアアアアアアアア!!!」
まるで紗薬の声に反応したかのように、突然上体を跳ね上げて転止は全方位に斬撃を飛ばした。
「転止!」
「近寄るな!」
身に迫る斬撃を弾きながら、紗薬を片手で突き飛ばし吹き荒れる暴風圏域から遠ざける。それと入れ違いに傷を手当てした夜刀が風に乗って飛んできた。
「テメエ、人間!勝手に死ぬんじゃねえぞ!?」
「わけわかんねえこと言ってねえであの野郎をどうにかしろ!」
「血だらけじゃねえか!」
言われて、ようやく俺は全身切り傷だらけで服も肌も赤く染まっていることに気付いた。
「全部浅い!んなことよりアイツを止めろ!」
「チッ!」
とはいえ夜刀の右の『鎌』はもう使えないようだ。象徴である爪が破壊されると『鎌』自体も使用不可になるらしい、左手だけで戦っている。
さっきまでお互いの武器を最大限使って押さえられていた状況が、ここで崩れた。
転止の爪は夜刀の片手だけでは抑え切れない。
「紗薬!傷の手当てはいい、力は弱くてもいいから援護に回れ!」
それは夜刀自身もよくわかっていたのか、後方で治療に割り込めるタイミングを計っていた紗薬に指示を飛ばす。
ほんの僅かに逡巡を見せた紗薬だが、すぐさま五本の爪を伸ばして参戦した。
「夜刀、紗薬っ!コイツに呼び掛けろ!お前らの声に反応してる!」
戦っている間ずっと思っていたことだが、転止は夜刀の怒鳴り声や紗薬のか細い声に僅かながら反応している。聞き慣れた仲間の声に意識が傾いているのかもしれない。
少なくとも俺が何か言うよりは効果があるだろう。
「いい加減に戻れ転止!いつまでも迷惑かけてんじゃねえぞクソ兄貴!」
「転止っ、もう人を傷つけないで!鎌鼬の本能なんて、いままでだってどうにかしてこれたでしょ!?今回だって!」
「ウァアアアガアアアアアァァァァァアアァアァアアア!!」
やはり、二人の声に転止は反応している。それは拒絶の意思か、あるいは助けを乞うているのか。
後者であると思いたいが。
ただ、二人の呼び掛けのせいか攻撃の頻度が鎌鼬の方に向き始めたのは良くなかった。
夜刀はまだいいとして、紗薬。
「く、う…っ」
やはり戦闘は不向きなのか、攻撃も防御もぎこちなく、無駄が多い。その無駄をカバーするように夜刀も動くが劣勢は揺るがない。
二人に攻撃が向いているとはいえ、俺の方も攻めあぐねていた。
確かに攻撃の手はこちら側が緩んでいるのは確かなんだが、俺自体の動きが最初に比べて鈍くなっているせいで結局プラスマイナスで打ち消されてしまっている。
そもそも左腕がうまく動かない。人間としての耐久度ギリギリの五十倍を引き出してぶん殴ったから、反動が重く腕を引く。
そして、何度目になるかわからない突風と暴風の中で、それは起こった。
「きゃっ…!」
紗薬の転倒。
間違いなく転止による『旋風』の結果だ。三人もの鎌鼬がそれぞれ移動・攻撃・防御・回避の全てに風を用いているせいで、どの風が何を狙ったものなのか判別しづらい状況にあったのが要因に挙げられるだろう。
足元を掬われて転倒した紗薬に襲い掛かる無数の斬撃を自らを盾として受け切る夜刀。しかし片方のみになった爪では限度があり、いくらか食らって血が噴き出す。
さらに転止は両手で大上段に『鎌』を構える。
傷を負い動きが止まった夜刀へ向けられる全力の『鎌』が二つ。代わりとばかりに風の斬撃は全て俺へと飛んでくる。迎撃に手一杯で割り込む余地がない。
「グ………アッァァアァアアアアアアア!!」
「「転止っ!!」」
苦しそうな叫び声と兄を呼ぶ二人の声が重なる。
上から振り下ろされた『鎌』は廃ビルの1/3をケーキでも切り分けるように分断した。
「ぐっ」
濛々もうもうと粉塵が舞う中、相変わらず斬撃は止まず迎撃を続ける。煙の奥から悲痛な声音が響いた。
「夜刀、夜刀っ!」
「……あ、がふっ!!く、そ…っ」
かろうじて煙の奥に横たわる一人とそのとなりに膝をつく一人のシルエットが見えるが、それだけだ。
倒れているのは夜刀だろう。
様子がわからないが、重傷なのは間違いない。
でも生きてたか。両手撃ちの『鎌』なんて俺でも防げないだろうに。
身体能力を全強化、四十八倍。
「おい、仲間内ではしゃいでんじゃねえよ」
一時的にだいぶ軽くなった体で斬撃に対応しながら、ヤツの意識をこちらへ向けさせる。
「人間だけじゃ物足りなくなって、とうとう仲間まで喰うか殺すか?くだらねえことすんな、そいつらが誰の為に命張ってると思ってんだ!」
「夜刀、待ってて…すぐ、すぐ治すから…!」
「ガガ、ギッ…アッアアアォォアアアア……!!」
転止は俺の言葉に反応し、次いで涙声の紗薬の方を向いた。
再度、両の爪を掲げる。
「っ!」
斬撃を回避しつつ飛び出す。
間に合うかーーー?
「もうやめてっ、転止ぉ!」
ビクッと、一瞬だけ紗薬の声で動作不良を起こした機械のように転止の動きが止まった。
「ぜあぁああ!」
その一瞬に五十倍強化の右拳で転止の片手を思い切り砕く。爪ごとやったせいで俺の右手も無事ではないが、それどころじゃない。
殴打と共に体を転止と倒れた夜刀、寄り添う紗薬との間に捻じ込ませ、鉛のように重たい左腕を持ち上げて念じる。
(左腕耐久力四十倍!!)
肉は断たれるが、骨の段階で受け止めきれるのは実証済みだ。
落とされる残った右の『鎌』の一撃を左腕を犠牲にして受ける。
前は空中だったせいで地面に叩きつけられたが、今は地に足着けた状態。脚力も相応に“倍加”させてどうにか踏ん張る。
屋上の床に無数の亀裂が走るが崩落は免れた。
(左腕…骨もやばいな…でもまあ)
捕らえた・・・・
「紗薬!くたばる前に夜刀の傷を治せ!」
背後の夜刀がどんな状態かはわからないが、死にそうならそっちを優先してくれた方がありがたい。
どの道、ここから先は割り込まれても困る。
何か策があるわけではない。特殊な細工をするわけでもない。
刃が中ほどまで食い込んだ左腕の筋力を、今できる最大限まで“倍加”させる。鉄のように硬質化した肉が、刃を逃がさぬようにがっちりと挟み込む。
左腕はこの有様、右手もボロボロ。
残ってるのは、
(脚力三十倍ッ)
『鎌』を左腕で封じたまま立ち上がる勢いそのままに膝蹴りを腹に入れる。
「ゲハッ!」
首の筋力を強化し、後ろから前へ振り子のように突き出す。
呻く転止の顔面に額が直撃し、鼻血を噴きながら仰け反る。当然、左腕がヤツの右の刃に食い込んで離さない以上、俺も連られて前に出る。
さながら不慣れで不恰好なダンスのよう。
自分のことながら情けない戦い方だと思うが、関係ない。
こんなことは何度もあった。
勝たなきゃ死ぬ。負けたら殺される。
そういう状況で、漫画やアニメのようにカッコいい戦闘なんてそうそうできるか。
情けなくても卑怯でも恰好悪くても、勝てれば万々歳だ。勝てばよかろうなのだの方の意見に俺は大賛成派なんだ。
膝蹴り、膝蹴り、頭突き。
立て続けに出せるものは全て出す。
左の爪は砕け、右の爪は俺の左腕と仲良くダンス。
『鎌』さえ封じれれば大した脅威は無い。繋がっている以上、風を纏う高速移動も俺を引き摺る形になるので使用不可。
斬撃はーーー無視。
今も背中を裂き、額を斬って斬撃が飛び交っているが、これは皮膚や肉は裂いても両断までする威力は持たない。頸動脈や眼球、その他斬られて困る部分さえしっかり防御できていればなんのことはない。
なにより俺は必死だった。ここで倒せなければ死ぬのだから、斬撃なんかに意識を割いている暇はない。
相当一方的に攻撃を食らわせて転止の動きがかなり鈍ってきたと踏んだ頃合いで、俺は左腕の“倍加”を解除。ずるりと爪が腕から離れ激痛が倍増する。
解除と同時、跳び上がって転止の顎に十何度目かになる膝蹴り。クリーンヒットして転止の体がまたも宙に浮く。
今度はしっかり最後まで叩く。
もう風を纏う力も残っていないように見えたが、ここで手を抜くわけにもいかず。
中空に身を投げ出している転止の少し上まで跳び上がり、全力全開。
(右脚力、六十倍!!)
念じ、半月を描くように振り落とす右足の踵が、正確に転止の腹部を捉えた。
ブチブチと、脚の筋組織が千切れる嫌な音が伝わる。これは腱までイったかもしれない。
「いっ……けえええぇぇええええええぇぇぁぁぁあああああ!!!」
それでも最後まで、勢いを殺さず力を込めて踵落としを押し通す。
振り抜いた衝撃は転止を貫き、凄まじい速度で垂直落下。屋上の床に衝突するだけに留まらず、階層を次々とぶちいて廃ビルの中を地上まで落ちていった。
「ぜぇっ!はあっ、…かっはぁ!はっ…!」
両腕は使い物にならず、六十倍強化の反動により右足も大破。左足一本で着地を行うにはあまりにも体はボロボロで。
どうしようもないまま、荒い息を吐く俺は落下した転止を追うように地上まで直通の大穴へ落ちていった。

       

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