Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第八話 三つの風の吹く先は

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「…オイ、生きてんのか?」
「おかげさまでな…」
受け身も取れぬままに地上へ頭から落下する、その間際。包み込むような風に落下速度が殺されて俺はふわりと地面に横たわった。
それを行ったであろう、目つきの悪い小柄な鎌鼬を見上げる。
「守羽さんっ」
上から追い付いてきた紗薬が、真っ青な顔で俺の隣に片膝を着いた。壺の中に手を突っ込むのを見て、言う。
「優先順位を、間違えんな…。俺より先にそっちだろ」
目の動きだけで方向を指し示す。
その先には、屋上から開いた大穴から差し込む月光に照らされて、仰向けで大の字に倒れた転止の姿があった。ぴくりとも動かないところを見るに、意識は見事に刈り取れたらしい。
手加減できる状況じゃなかったから本気でやったけど、死んでねえよな…?
「で、でもその傷…」
「死ななきゃすぐ治せんだろ?俺はあとでいい」
両手片足がまともに機能しない体で、どうにか上体を起こして近くの瓦礫に身を預ける。
「早くしろよ、目が覚める前にどうにかしろ」
「…ありがとうございます」
ぺこりと一礼して、紗薬は仰臥する転止のもとへ走る。
「ふうー…」
全身を駆け巡る痛みを抑えるように深く深呼吸をする。あまり意味はないが。
「守羽」
そんなことをしていると、人外が俺の頭上から名前を呼んだ。
「なんだよ、夜刀」
「お前、なんでオレらを庇った?」
その言葉に一瞬だけ硬直するが、すぐに答える。
「庇ってねえよ」
「オレがやられて、紗薬ごと転止が『鎌』を振り下ろそうとした時だ。オレらを気に掛けてなきゃ、両手がそんなザマになることもなかっただろ。もっと効果的に転止を倒せたはずだ」
あの時、転止の『鎌』はどちらも夜刀と紗薬だけを狙っていた。
一番の脅威である『鎌』がこちらに向かず、尚且つ意識も全て二人に注がれていた。
単純に隙だらけだった。
右手を犠牲に片方の『鎌』を破壊し、左腕を犠牲に直撃を受け切る。
ただ人外を倒すべく行動していた俺にとって、そんなことする必要は、全く無かった。
なら俺は、どうしてーーー。
「…はあ」
溜息が出る。
だから嫌なんだ。
「俺が殺してきた連中みたいな、怪物とか化物とか、そういうヤツだけならよかったのに。いるんだよな、たまに」
たまに……人間みたいに振る舞う人間臭い人外が。
人の形をして、人のように身内を想って、人と同じように感情を持って行動する。
それならもう、それは人間と大差無いじゃねえか。
本質が違っても、動物のような本能に左右されていても。
こうして兄の為に全力を賭して戦う人外なんかがいたら、その人外が目の前で命の危機に晒されていたら。
俺という人間は、結局こうしてしまうのだろうか。
だから嫌なんだ、人外と関わるのは。
「…お前こそ、よくもまあ転止の『鎌』を両方受けて無事でいられたな」
この話は続けていたくない。話を逸らす為に、俺は違う話題を振る。
実際これは気になっていたことでもある。転止の『鎌』は強力で、俺でも四十倍強化の腕でギリギリ骨で受け止められるくらいだった。それが両手。
バラバラに引き裂かれていてもおかしくないとすら思っていたのだが、案外夜刀は原型を留めていた。重傷ではあったみたいだけど。
「無事なわけねえだろ。もう片方の『鎌』も破壊されたし、危うく胴体が斜めに千切れるところだったんだ」
見れば、夜刀の両手の爪はどちらも根本から砕け散っていた。傷は治せても『鎌』の修復は『薬』では無理なのか。
砕けた爪をそのままに手の甲に収め、夜刀は倒れる転止の手当てを始めた紗薬の様子を遠目に見ながら言う。
「だがな、本当はこんなもんで済むはずはなかった。オレは即死してた方が正しい。転止が、本気だったらな」
「なんだよ、それは」
手を抜いてたってのか。
同じような会話を学校の屋上でしていたことを思い出す。
「本当ならオレは死んでた。紗薬も殺されてた。お前もそうだったかもしれねえ。でも全員生きて、勝った。多分その要因はオレらじゃなく、転止自身にある」
「鎌鼬の本能に打ち勝ったってか」
それはまあ王道で熱い展開だわな。
言われてみれば、そういう節はいくつかあった。夜刀の呼び掛けになんらかのアクションを起こしたり、紗薬の叫び声に反応して動きを一瞬止めたりはしていた。
実際のところはわからない、本人に訊いたところで、暴走中の自分の行動なんてどうせほとんど覚えちゃいねえだろうし。
大事なのは過程ではなく結果。
この言葉は俺も好きじゃないんだが、今回の場合はそういうことなんだろう。
何度か死にそうな目に遭った。けど誰も死んでいない。
暴走した鎌鼬が暴れた。けど最後はーーーまだわからんが、とりあえず倒して無力化させた。
そこに至るまでの要素・要因は色々あるだろうが、それも特に言及すべきことではないだろう。
なら別に、それをどう仮定しようが勝手な話だ。
圧倒的な実力差のあるもっとも強い鎌鼬である兄を無事に止められたのは、三対一だったからとか、きちんと陣形を組んだからとかじゃなく。
転止という鎌鼬の中で掛けられた、人外としての本能と仲間としての絆。その絆の方がより重かったから。
だから勝てた。
そういう風に思い込んでいても、誰も文句は言わんだろう。少なくとも俺は言わない、好きに考えたらいいさ。
あっという間に全身の傷を癒していく紗薬と倒れる転止をぼんやりと見つめながら、俺は最終的な『結果』がどう傾くのかを、ただじっと無言で待っていた。

       

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