Neetel Inside ニートノベル
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朝。
自宅の自室の、自分のベッドで目覚めた俺は二つの不満を抱えていた。
一つは、勝手に家に入って俺の部屋まで立ち入ってきた鎌鼬のこと。
昨夜、紗薬の『薬』によって正気を取り戻した転止を見たのを最後に、俺は意識を失った。
そして次に目が覚めた時、俺はもうベッドにいた。
あの鎌鼬共が俺をここまで運んだに違いない。
見るに堪えなかった俺の手足や全身の傷は完治していた。紗薬のおかげだろう。服だけは昨夜のまま、血染めのズタボロだったが。
「人ん家にずかずか入りやがって…」
なんなら外に放置したままでもよかったってのに。怪我の手当てだけは感謝しとくけど。
ひとまず起き上がり、枕元に置いてあった小さな壺を手に取る。
不満の二つ目だ。
「……」
ギリギリ片手に収まりきらない程度の壺の蓋を開けると、中には半透明のジェルのようなものが一杯に入っていた。
指に一掬いして、それを舐める。
甘い。
(お礼のつもりか)
間違いなく、紗薬のものだ。内外問わずあらゆる怪我を癒す、『鎌鼬の薬』。
連中の姿はなく、ただ枕元に置かれたこの小壺。
俺が人外をあまりよく思っていないことを知っているから、去る時も謝礼を形だけ残して消えていった。
もう俺の知る範囲に、鎌鼬はいない。
(勝手に面倒事を持ち込んで、終われば勝手に消えるってか)
それこそ、風のように。
不満といえば不満だが、それならそれで構わない。
わざわざ目の前に出て来られて頭を下げられても面倒臭いし、このくらいさっぱりしてた方がちょうどいい。
厄介な人外騒ぎが終わったのだと喜んで、いつも通りに学校へ行こう。
できればもう当分は、人外とお近づきにはなりたくないものだ。
「……」
ベッドから両足を下ろして、なんとはなしに思う。
今頃、連中はどこへ行ったのだろうか。
風の吹くまま、気の向くまま。元の三人に戻った鎌鼬はどこにでも行くのだろう。人々に語り継がれた通り、突風と共に人間に悪戯をしながら。
転止が転ばせ、夜刀が斬り、そして紗薬が治す。
仲良く意気合わせ、怪現象という形で人間と関わっているのだろう。
人を傷つけること自体は気に入らないが、同時に仕方ないとも思っている。
夜刀が言っていた通り、あいつらは自分が自分である為に鎌鼬を『する』。俺達が日々何気なく息を吸って吐くように。
なら、好きにしたらいい。どの道もう会うこともない。知らない街で、知らない人間に手を出す分には、俺もとやかく言うつもりはないさ。
どうせ、風にどこへ吹けと命じることなんて、できやしないんだから。
(………腹減った)
昨夜はかなり動いたから、空腹もそれなりだ。
時間的にもちょうどいい。母さんが朝食の支度をしている頃だろう。手伝いに行こう。
そう思い立った瞬間、居間の方向からその母さんの声が俺を呼んだ。
「守卯、しゅーうー!このぼろぼろの服なに!?血もいっぱい付いてるし、ダメって言ったのに、また危険なことしたんだねっ!?」
やべえ、バレた。一昨日戦った時のやつだ。
ってかゴミ箱に捨てたはずなのに、何故見つかった。母親ってのはどうしてこう見つかってほしくないものを見つける能力が高いんだ。
「うん、母さんそれねー、友達ん家でトマトパーティーやってそうなっちゃったんだー」
酷い棒読み口調で言い訳をしながら、母さんを誤魔化せるいい方法を考えながらも俺は自室を出た。
人ならざる者との関わりは終わり、人間の生活に戻る。
俺の望む平凡平和な生活に。



「…ねえ、本当によかったの?何も言わないで」
「いいんだようるせえな、何回同じこと言うんだテメエは」
「だって…一番迷惑掛けた身としてはね。色々謝罪したかったよ」
「守羽さんは、そういうの嫌みたいだったから。そんなことするくらいだったら、すぐにいなくなった方がきっと、よかったんだよ」
「そうだそうだ、その通りだ。ちゃんと礼に『薬』も置いてったんだから文句もねえだろ」
「そういう問題かなあ…」
「いいっつってんだろ、いつまでも転止はそればっかだな」
「夜刀はもうちょっと気にした方がいいと思うよ?」
「人間と人間以外なんて、必要以上に関わり合いにならねえ方がいいんだ。どっちにとってもいいことにゃならねえ」
「ふうん…そのわりには、結構仲良さそうにしてたみたいだけどね」
「どこがだ!つかテメエ暴れまくってたクセにそんなんわかるわけねえだろが!」
「夜刀と紗薬が呼び掛けてくれてたおかげかな、少しだけその間の記憶も残ってるんだ。守羽君?と夜刀がうまいこと連携して俺を止めてくれてた時もね」
「あれは…仕方なくだ。転止を元に戻すのに必要だったから、仕方なく手を組んでやった。それだけのことだ」
「そうなんだ。ふふ、ありがとね夜刀」
「テメエ、信じてねえだろ。そういう顔してやがる」
「いやいや、ちゃんと信じてるよ?うんうん、あんなに毛嫌いしてた人間とそこまで仲良くなれたなんて、俺が反転したのも悪いことばかりじゃなかったかなー」
「やっぱ信じてねえじゃねえか!」
「もうやめなよ夜刀。転止も、そこまで」
「はい、わかりましたよ紗薬さん。ところで、ちょっと小腹が空かないかい?」
「『薬』はさっき食べたばっかりでしょ?もうだめだよ」
「えー、少しくらいいいじゃないか」
「転止の少しは少しじゃないからだめ。治す分が無くなっちゃうよ」
「そっか、じゃあしょうがないね」
「んで、次はどこに行くよ?」
「転止、どこへ行く?」
「うーん、そうだなあ…。ま、風の吹くまま気の向くままってね。どこへでも行けるさ」
「適当な野郎だ」
「久しぶりだね、こういう適当な感じも」
「そうだね。…風なんてどこにでも吹けるし、誰にも読めやしない。俺達は俺達で、どこまでも行こうよ。三人で」
「もう勝手にどっか行くなよ」
「嫌だよ?またあんな風になっちゃうのは」
「平気さ。もうならないし、どこにも行かない。それに、どこへ行っても、我が愛しの妹と弟は付いてきてくれるし、止めてくれるだろう?」
「うん、もちろん。ね、夜刀」
「…まあな」
「よし。じゃあ行こうか。次の人間さんに悪戯しに」

       

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