Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

午後の授業もつつがなく終わり、放課後。
俺は何故か校舎裏にいた。いや何故かはわかっているのだが。
「おうコラ、クソ一年坊主が」
「調子こいてんじゃねえぞ、ああ?」
「ぶっ殺されてえのか!?」
ガラの悪い先輩方に三方を囲まれ、威圧されているこの状況。
なんだこのデジャブ。つい最近もあったぞこんなこと。
何事もなく終わると思っていた今日一日の学校生活も、どうやら平穏には終わらないらしい。
「あのー、俺が何かしました?」
「とぼけんなクソガキ!」
「わかってんだろうが!!」
「ざけやがって!」
三人の怒号を聞きながら、俺は嘆息しつつ足元に目をやる。
そこには、俺の靴にじゃれついている一匹の犬がいた。茶色と白の毛並み、同色の尻尾を振ってくるくると俺の周囲を回っている柴犬。
生徒が多くいる中で会うのはどうかと思った俺が事前に正門から少し離れた場所を待ち合わせに指定して、そこで待つ静音さんのところへと足早へ向かおうとした時のことだった。
いきなり校庭を走り回ってこの犬が俺のとこまでやって来た。三人の先輩を引き連れて。
そのまま俺は引き摺られるようにして校舎裏へ。
そして今に至るわけだが。
「躾のなってねえその犬、テメエの飼ってるヤツだろうが!人様の靴にションベン引っ掛けやがってクソが!」
「俺のは唾液でぐしゃぐしゃにされたぞ!どうしてくれんだああ!?」
「飼い主共々ぶっ殺してやるこのクソ犬!」
どっから入ったのか知らんが、この犬が先輩方に粗相を働いたらしい。で、何故か俺に懐いているのを見て俺が飼い主だと誤解しているらしい。それで絡まれたと。
また誤解で怒られてるのか俺は…。
「いや、うち犬飼ってないですので。知らないですこんな犬」
「んなわけねえだろ!」
「見え透いた嘘吐きやがって!」
「有り金全部置いておとなしくボコられやがれ!」
もうやだこの学校。不良多過ぎでしょう。
どうしよう。異能で返り討ちにするのは簡単だけど、こんなことにいちいち使いたくない。やっぱり逃げるのが一番か。
日の当たらない校舎裏は左右と背後が校舎の壁に阻まれて逃げ場は正面しかない。相手が三人なら、どうにか掻い潜れば逃げられるか。
最悪の場合、俺をこの状況に追い込んでくれたこの犬をぶん投げて囮にする手もあるな。
なんて思って逃げるタイミングを計っていたら、
「ーーーぉぉぉぉおおおおおおっしゃぁぁぁあああああああ!!」
そんな叫び声が真上から聞こえて、
「げふんっ!?」
それを見上げた俺達の内、俺を威圧していた先輩の一人が降ってきた絶叫の主に両肩を踏まれて地面に潰された。
腰と膝が心配になる崩れ方だったが、大丈夫だろうか。
呑気にそんなことを考えながら、俺は先輩を踏み潰したそいつに声を掛ける。
「今度はどうした、東雲」
「楽しそうな状況を見っけたから、混じりに来たぜ!!」
ぐっと親指を突き出すアホに、俺は片手を挙げて応じた。
いつもなら適当に流してあしらうところだが、今回はいいところに来てくれた。
「うおぉ!?なんてことしやがるテメエ!」
「ってか……お前どっから…!?」
「上から来たんだから上から来たに決まってんだろ!馬鹿か!!」
馬鹿に馬鹿扱いされた哀れな先輩二人は、唖然とした表情でもう一度上を見上げた。その先にある、三階の窓が開け放たれているのを確認して、表情を固定させたまま視線を戻す。
うんまあ、そんくらいならやるわな。コイツなら。
堂々と異能を使って飛び降りてきた東雲に言いたいことはなくもないが、今はいい。
「じゃ、この状況そのまま差し上げるわ。あとは任せる」
「なんだ、いいのか?オレが全部やっちゃうぞ!?」
「どうぞどうぞ」
横にずれて不良との間を空けてやる。
「オイ待てやコラぁ!」
「用があんのはテメエだっつ…がっ!」
「こっち見ろって!よそ見してるとすぐ終わっちまうぞ!!」
容赦ないハイキックで不良の一人が蹴飛ばされるのを尻目に、俺はその場を東雲に任せてそそくさと立ち去った。



「最近、俺の一日が平穏に過ぎないんですよ…」
昨今のラノベのタイトルみたいな感じになってしまったが、俺が伝えたい一言はそれに尽きた。
「いいことだと思うよ、私は」
その一言を受け取った彼女、静音先輩は優しく俺にそう返す。
「刺激があるのはいいこと。毎日をただ流れるままに惰性で過ごしていたら、損でしょ?せっかくの学生生活なんだから」
「そんなもんですかね」
「私もはっきりとは言い切れないけどね。きっと、こういう時間は過ぎてから想うと大事なものになるんだと思う」
なるほど。さすが静音さんのお言葉には説得力がある。後光が差してきて眩しい。
静音さんとの下校途中、この何気ない会話でさえ俺にとっては至福の時だ。こっちから楽しい話を振れないのが実に申し訳ないが。いつも口を開けば愚痴や不満を出してしまっているような気がするし。
でも静音さんはそんな俺のしょうもない話にもきちんと相槌を打ってくれる。やはり天使か。
学校から家まであと半分ほどの距離があるところまで歩いてきて、不意に視界の端に何か動くものを捉え、咄嗟に隣を歩く静音さんの前に片手を止め、素早くそれと静音さんの間に身を割り込ませる。
「犬…?」
静音さんの呟き通り、それはただの野良犬だった。どうにも人外との戦闘のせいで過敏に反応するようになってしまっている自分の体を恨めしく思う。
「………」
しかし、俺はそのまま目の前で「わんっ」と吠える犬っころを睨みつけていた。
ついさっき俺を不良のカツアゲ目標にロックオンさせてくれたあの柴犬だ。見分けられるわけではないがこのタイミングでこの犬ならまず間違いないだろう。
また厄介事を運んできたんじゃないだろうな。すぐさま注意深く周囲を窺うが、ガラの悪い連中がやって来る感じはなかった。それどころか道行く人の一人すらいない。
「可愛いね、守羽」
その犬っころが俺に何をしでかしてくれたのかを知らない静音さんは、歳相応の反応を見せた。しゃがみ込み、柴犬に手を伸ばす。
静音さんの手を見て、犬は舌を出して口を開き、

「可愛いも悪くないが、私はオスだ。格好いいと言われる方が心地いいのだがな」

渋い紳士然とした声音と口調で、言葉を放った。
「しゃ、しゃべったぁぁぁああああああああ!!」
なに、なんなのこの犬!新しいハッピーセットのおもちゃか何かか!?
いやそんなわけない。これまでの経験からして、思い当たる節はおもちゃではなく、
「人外かコイツ!静音さん下がって!」
大慌てで静音さんを柴犬から引き離す。犬はその様子をじっと眺めていた。
「案ずるな少年。害意は持ち合わせておらん」
またしても渋いオジサマボイスで言い、ゆるやかに首を振るった。
「じゃあ、なんの用だ犬ころ。どうせロクなことじゃねえだろうけどな」
「守羽、落ち着いて」
俺の右腕を両腕で抱えるようにして、静音さんが俺を促す。
「わかってますよ、至って冷静です。ですがね」
嫌な予感は拭えない。
俺へ接触してくる人外は、そのほとんど全てが俺にとっての厄介事そのものだ。
経験上から来る予感は、次に放った犬の言葉で確信に変わった。

「すまぬな少年。君が噂に聞きし『鬼殺し』であることを知った上での接触だ。君に一つの警告と、一つの頼みをする為にこの街へ逃げてきた」

(追ってきた連中の面倒事が終わったと思ったら、今度は逃げてきたヤツの面倒事かよ)
あの鎌鼬達のことを思い出しながら内心で呟き、大きく溜息を吐く。
「先に謝っておく。事態は既にこの街にまで浸透しかけている。私と、私を追ってきた奴によってな」
「お前は何だ。奴ってのは誰だ」
どこまで事態が浸透しているのかさっぱりだが、ひとまずこの犬からの情報は聞けるだけ聞いた方がいい。関わる関わらないのどちらにせよ、だ。

「こんな成りではあるが、私の真名は人面犬じんめんけんだ。その名が、人の世では一番通っているものだろう。奴もまた、世間一般では口裂け女と呼ばれている者だ」

人の言葉を解し、人の言葉を話す犬は、そうして二つの名を口にした。
そのどちらにおいても、俺達人間には『都市伝説』というジャンルで語り継がれてきたモノであることを理解し、俺は何度目かわからない溜息を溢した。

       

表紙
Tweet

Neetsha