Neetel Inside ニートノベル
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力を持ってる彼の場合は
第十話 都市に渦巻く噂と脅威

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「お前の狙いはなんだ」
人気のない道で、静音さんを背後に隠して人面犬を見据える。
人外の脅威や力は外見に左右されないことは知っている。どんなに小さく、どんなに無害そうな姿形をしていようと、圧倒的な力を保有しているモノはいるのだ。
目の前の犬ころとて、油断は出来ない。つい最近は風を操るイタチと戦ったばかりだしな。
人面犬は、俺に対する敵意が無いことを示す為か、おすわりのポーズで地面に座り込む。
「まずは君の実力を確かめたいと思うてな。気性の荒そうな者を見定めてちょっかいを出し、そして君に近づいた。残念ながら君の力は見れなんだがね」
やっぱり、あの不良共を怒らせて俺に擦り寄ってきたのはわざとだったのか。
「異能力者はこの近辺に君一人程度だと思っていたのだが、意外と多いようだな。あの割り込んできた少年然り、そこの少女然り」
「…私が異能力者だと、何故わかったの?」
不思議そうに、俺の背後から一歩出た静音さんが問う。
いくら普通の人間が持たざる異能を持つ人間とて、普通の人間との違いは異能以外には存在しない。外見も、内面もだ。
能力を見もせずに異能持ちだと判断できる手段など無いと思うのだが…。
人面犬は、すんすんと鼻を鳴らしながら、
「なに、犬としての性質上な。鼻が利くのだよ。単純な匂いにおいても、私の鼻は君達の異能を独特の匂いとして嗅ぎ分けられる」
いくら犬でも普通はそんな匂いを嗅ぎ分けられはしない。が、これが人外という要素を含んだ上で考えればそれほど不思議な話ではないことを俺は知っている。それは静音さんも同じだ。
「そう…」
納得したのか、静音さんはそれ以上何か言うことはなく、俺へ目配せする。すぐさま意図を察し、犬に視線を戻す。
人面犬の要件は俺にある。それを理解した上で割り込もうとするほど無遠慮ではない、ということを示した行動だろう。
たぶん話の内容次第では俺を止めようとしてくれるんだろうけど、それは話を全て聞いてからするつもりだろうな。
「ああ、私の狙いだったな。簡単な話だが、私を守ってほしいのだ」
「そうか、断る」
即答してやる。
「なれば、人間の犠牲者が出るな。君に関係ある者ない者、それこそ関係無しにな」
俺の返答を予期していたかのように、流れるように答える犬の発言に顔を顰める。
「そんな顔をするな。どの道、この街に来た時点で奴の狙いは私の次に君だよ、『鬼殺し』」
「その呼び方をやめろ犬ころ」
なんだってそんな将棋における奇襲戦法みたいな呼ばれ方をされなきゃならないのか。やったことをそのまま安直に当てはめて呼び名にするのも気に食わない。
ついでにこの犬ころの言い分も気に入らない。
「脅してるつもりか、それで」
「さて。ただ、私がこの街で逃げ続ければいずれ焦れた奴が憂さ晴らしに人間を標的にすることもあるだろう、という話だ」
「なら」
犬に近づいて、その首根っこを掴んで持ち上げる。
「先にお前をその口裂け女の眼前に放り投げてやれば終わる話ってことだな」
この柴犬を追ってきたという口裂け女の第一目標は人面犬だ。なら他に手を出される前にコイツを差し出してやればいいだけのことだろう。
そのあとで俺へ襲い掛かって来る可能性も極めて高いが、それならそれで別に構わない。
狙いが俺ならば、まだ。
「それはいいが、その場合は君も一緒に殺されてしまうぞ」
持ち上げられても抵抗の動き一つせずに、顔だけ動かして口を開く。
「その前に俺が殺す」
「都市伝説最古参の実力を侮らない方がいい」
犬のクセにやたら真面目くさった表情で、人面犬は言う。
「存在の発端はつい最近だが、人面犬わたしに比べれば口裂け女やつの存在濃度は遥かに上だ」
「……」
人外は、自らの力ーーーこの世界に実体を持って存在する『濃淡』というものがある。それは俺達人間の信心、信仰、畏怖畏敬などの感情、その蓄積具合によって大きく左右される。
怪物であれば、どれほど恐れられているか、どれだけの年月語り継がれているかによってその力の大小増減が変化する。
例えば、つい先日まで関わっていた『鎌鼬』。あれは江戸時代から言い伝えられてきた妖怪の一種であるとされている。
江戸期から語られて来た鎌鼬は、それだけの長い時間を多くの人々によって語り語られ聞きし聞かされてきた存在だ。その間には、目に見えない人を斬り裂く風の妖怪という恐怖や不安といった負の感情が蓄積され続けてきた。
人外はその想いの力を現実に顕現する能力の糧とする。
故に、古くから語られ、広く伝えられてきた人外は強大な力を有する。
都市伝説は、せいぜいが二、三十年ほどの歴史しか持たない。
だが、このジャンルには特徴がある。
恐ろしいまでの拡散速度。
まだインターネットも普及していなかった頃にも関わらず、人々の口伝のみでかなりの規模で話を膨らませ広がりを見せた。
語られた時間の浅さを補って余りあるほど、都市伝説は短期間で多くの人間に恐怖を植え付けた。口裂け女はその最たる例だろう。
おそらく、都市伝説のどれよりも速く、どれよりも広く伝わった存在。
人面犬の言う通り、都市伝説最古参たる存在。
蓄積された感情、溜め込んだ力は相当のものだろう。
「…だとしても、どの道お前の次に狙われるのは俺なんだろ」
俺を狙う理由はどうせ変わらず、力を得る為だと確信できる。むしろそれ以外に俺が狙われる理由がないからな。
幾分抑揚の抑えられた声音で、柴犬は答える。
「もちろん、私とてただ殺されるのを受け入れるつもりはない。ただ少しの間だけ匿ってほしい、ということだよ」
「だからそれが」
「守羽、それ…」
静音さんに遮られ、俺は彼女が指差す先を見る。
俺に掴み上げられた犬の後ろ足から、ぽたぽたと何か液体が垂れていた。
小便かと思ったが、その色が真っ赤であることを認めて思い直す。
血だ。
腹部から滲み出す血が、ぶらんと垂れた胴体から足へ伝って赤い雫を落としていた。
「お前」
「ふふ…奴から逃げる時にな。冗談では済まぬ程度には深い。さっきまではどうにか自力で塞いでいたのだが、もう限界だな…」
地面に下ろすと、人面犬は力なくぺたんと地に伏せた。
「少年、先程の問いだがな。答え方を間違えた」
「あ?」
「脅したつもりはない…ただ、力を貸してほしいのだよ。逃げるにせよ、闘うにせよ、な…」
顔だけ持ち上げて、柴犬は俺を見上げる。
傷は確かに深そうだが、別に今すぐ死ぬということもないだろう。それに、
「……」
今にも手を差し伸べてしまいそうな様子の静音さんがいる限り、この場で死ぬことはありえない。どうせ、俺が無視しても彼女は手を出してしまうから。
「俺にはお前に手を貸す理由がない」
「迫る脅威を、打ち払う力を持つ君が、見逃せるものかね。そういうものさ、人間は」
まるで全て見透かしていますよと言わんばかりの口振りで、深手を負った人面犬は存外に余裕を見せて最後にこう続けた。
「人は、失いたくないもの、守り抜きたいものがあると…何がなんでも動いてしまうものだ。理屈や常識を無視してでも」
「…お前に、何がわかる」
「………」
俺の言葉には舌を出した口を弧に描いて笑みのようなものを見せるだけだった。
持ち上げた頭をも地面に落とし、血に濡れた柴犬はそのまま気を失った。




「……ねえ、守羽」
「ええ…止めませんよ。どうぞ、お好きに」

       

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