Neetel Inside ニートノベル
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「そして私はあの家を去り、各地を浮浪していた。そこへ口裂け女の襲撃、負傷。ここから先は君も当事者だ、説明は必要なかろう」
「…ああ」
なんともいえない過去話を聞いて、俺の口は無難な返事しか出せなかった。
「私の言葉を全て鵜呑みにすることはない。ただ、私が人間を軽んじていないことだけは理解してほしいものだ」
「なんで、この話を俺に?」
人間を尊んでいるということを説明する為だけに、こんな話を俺にしたとは到底思えなかった。それくらい、カナの話は容易に他人に話していいような内容ではなかった。
俺の当然とも思える疑問に対し、カナはしばし顔を俯けてから、
「…君にこの話を、この事柄を聞かせておくことが、私にとっての義務だったからだ。『鬼殺し』と呼ばれている君のことは、前から気になっていた。おそらく君は『そういう』人間だと思ったから。だから私は君に干渉した」
「……そうか」
相変わらず主語の抜けた、意味の図りかねるものだったが、とりあえずこの人面犬は俺に会うべくしてこうして会いにきたらしい。
その目的も、語った意図も曖昧なままにして。
まあでも、今はそれでもいいかと思えた。
目下、俺は成すべきことを成すだけだ。
「俺に話すことは、それで全部か」
「ああ。聞かせるものはこれで全てだ」
犬の面で器用に神妙な表情を作るカナに、俺も一つ頷く。
「臭いは」
「まだ遠い。見つけるのに苦労しているようだ」
麦茶が半分ほど残っているコップを一気に煽り、縁側にトンと置く。
「じゃあ行くぞ。ヤツの矛先があらぬ方向に行く前に先手で誘き寄せる」
いつまでもこうしていてはいずれ静音さんに害が向きかねない。そんなことはさせない。
「そうだな、後手に回っては……む?」
一歩踏み出した俺に続こうとしたカナが立ち止まる。
「どうした」
「…神門、単刀直入に言うが」
カナは振り返った俺ではなく、家の中庭と道路とを区切る塀の上を見ていた。
その視線を追い掛け、俺は“倍加”を巡らせた。
「先手を打たれた。アレは尖兵だ」
「今度はなんの都市伝説だよ…!」
そこには猫が一匹いた。それは猫のシルエットをしていたからこそ、猫と判別できた。
逆に、猫としての形以外は全て失われていた。
全身を隙間なく埋め尽くす真っ白の布。
ミイラ男のように、その猫らしき生物は目も鼻も口も胴体も足も尻尾も全て、包帯でグルグル巻きにされていた。
ハァァ、と呼気を吐き出す口の部分の包帯を突き破って、鋭く長い牙が突き出る。
四本足全てから、本来の猫の爪の数倍はある長さのそれが伸びる。
自分で呟いた言葉を反芻し、そして目の前の猫らしき生物のわかりやすい特徴から考察する。
真白の包帯。あれはある種の象徴だ。あの口裂け女も右手全てを包帯で覆い象徴を獲得していた。そしてあれは、同時にあの大太刀の本来の所有者に通ずる共通項でもある。
全身に包帯を巻き、刀で人を斬り殺す都市伝説。
「トンカラトンだったか。こんな能力まで持ってやがったのかよ!」
「アレは斬り殺した相手を自らの同類にするとも伝えられている。口裂け女め、野良猫を斬殺して配下にしたな」
さらにそれだけではなかった。
強化された五感の内、まず聴覚がそれを捉えた。おかしな鳴き声とも悲鳴ともとれる音が空から聞こえ、次に視覚がその正体を見抜いた。
白い鳥、と最初は認識した。そしてすぐにそれが間違いだったと気付く。
正しくは白い包帯を隙間なく巻かれた鳥。
数は十ほど。
「白いからすか。亡きカール・ヘンペルがこの場にいたら手を叩いて喜ぶのではないか?」
「何言ってんだお前」
「カラスのパラドックスは知らないか。余暇があれば調べてみればいい」
「暇があればな」
無駄口を叩くのはここまで。
コイツらに見つかった以上、口裂け女にもここの居場所はバレたと見ていい。早いとこ人気のない場所まで移動しなければ。
「蹴散らしながら逃げるぞ。遅れんなよジジイ!」
「まったく近頃の若者は。老体を労わることを知らんな」



「ーーー」
邪魔になることはわかっている。
足手纏いになることは当たり前だ。
しかしだからといって、今現在身を削りながら戦っている彼を、ただ家に引き籠ったまま想うだけなのは嫌だった。
「…守羽」
自分にも、少なからず利用価値はある、と思う。
この身に宿る異能は、あるべきものをあるべき形に戻す。
あるべきものが割れたのなら、割れた前の状態に。
あるべきものが砕けたのなら、砕ける前の状態に。
傷ついたのなら傷つく前に、怪我をしたのならしていなかった状態に。
それは彼女の認識の内にあるものなら、あらゆるものをあるべき形へ戻す力。
“復元”の能力。
それは無機物、有機物を問わず。それは生物、非生物を問わない。
こと荒事には向かない能力だが、これでも彼の役に立ったことはある。
多少くらいは、力になれるのではないか。
彼が傷ついていることを思いながら部屋でただじっとしているだけなのは、彼女にはとても堪えられなかったのだ。
「ごめんね」
この場にはいない彼へ向けて、先に謝っておく。
彼には悪いと思っていながら、やはり彼女は彼のもとへ赴く。

       

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